何度でも言おう。親や放課後児童クラブ(学童保育所)職員から暴力、暴行を受けたら、すぐに通報だよ!
放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)の運営者と働く職員をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表で「あい和社会保険労務士事務所」の萩原和也です。放課後児童クラブ(学童保育所)運営支援アドバイザーであり、放課後児童クラブの労務管理や事業運営をサポートする社会保険労務士です。放課後児童クラブを舞台にした人間ドラマ小説「がくどう、 序」が、アマゾン(https://amzn.asia/d/3r2KIzc)で発売中です。「ただ、こどもが好き」だからと児童クラブに就職した新人職員の苦闘と成長、保護者の子育ての現実を描くハッピーサクセスストーリーです。お読みいただけたら、アマゾンの販売ページに星を付けていただけますでしょうか。そして感想をネットやSNSに投稿してください! 最終目標は映像化です。学童の世界をもっと世間に知らせたい、それだけが願いです。ぜひドラマ、映画、漫画にしてください!
前日(2026年5月26日)に引き続き、プロ野球監督によるこどもへの暴力行為とそれに伴う監督辞任についてとりあげます。これだけのショッキングな事案ですのでSNSがこの話題でもちきりになるのは無理もないでしょうが、わたくし萩原からすると「?」の見解も多く見ます。どんな意見を持とうが投稿しようが開かれた場であるSNSにおいては自由ですので「ダメ!」とはまるで考えません。それはそれとして、こどもの健全育成に間接的とはいえ関わる仕事をしており、数年前までは実際に関わりながら児童虐待防止や解決の最前線にいた身ですので、この事案に関してわたくしの思うところを吐露します。萩原個人の意見や思想の紹介ですので、クレームは付けずにそっとしておいてください。
(※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。)
<「手紙」はよくなかった>
はっきり言います。前監督の長女が書いたという手紙が会見の時、代理人によって読み上げられました。どうしてそんなことをしたのか、まったくの悪手ではないかとわたくしは考えます。これは、この国の社会を今なお支えている「家父長制社会」を支える「年長者を敬う感情が漂う世界」であれば、「パパごめんね私も悪かったよ」ということで「そうかそうか、家族仲直りしてよかったな」ということを意識したのか無意識なのかわかりませんが、そういう効果を狙ったものとわたくしは感じます。
しかしこの事案は、親子であろうが何だろうが別人格の人間に対する暴力行為をめぐる対応の問題です。父と娘の謝罪は家族の中で行われればよろしい。それをメディアの前で読み上げることを許可した方の見識は、わたくしには理解できません。
この手紙の最も問題なのは、暴力行為を受けた側が自身の非を公言したことと、関係機関に連絡した結果で起きた出来事について責任を感じていることを明らかにしたことによって、保護者や監護者からの暴力行為、虐待行為を受けている者が関係機関に連絡したことによって生じる結果について配慮を余儀なくされると感じる人が出てくる可能性をもたらしたことと、わたくしは考えます。つまり「児童相談所や警察に連絡したら、親が逮捕されるかもしれない。そうしたらどうなってしまうのか」と、暴力や虐待を受けている側へのストレス、逡巡を生みかねない効果を、あの手紙の読み上げにわたくしは感じたのです。
悪手も悪手、愚策です。ただし、今なおはびこる義理人情風土とその風土が大切と思う方々には聞いていて感動的な手紙の内容だったでしょう。「これこそまさに雨降って地固まる、だな!」とワンカップ片手に笑顔の方もいそうです。ここが変わらない限り「こどもまんなか社会」の到来はまだまだでしょう。
<逮捕への誤解>
逮捕=犯罪者、という意識がやっぱり根付ていることが明白になったのではありませんか。無罪推定の原則など、この国の逮捕大好き報道からはまるで風の前の塵です。逮捕された=犯罪行為を現に行った、という意識があまりにも多く、この国の社会に根付いています。
それは何十年も何度も繰り返されるドラマや映画や文芸作品の影響があるかもしれません。わかりやすさを優先するテレビドラマは、とりたてて冤罪をテーマにするストーリーでなければ、視聴者には明確に犯罪の被疑者が示され、それをボスやゴリさんやデンカやヤマさんやジーパンやロッキーが追いかける(古すぎ!)という勧善懲悪ドラマがウケるのです。そういうのを見ていると、犯罪の被疑者=逮捕されて当然であって、逮捕=犯罪解決のゴール、という意識が市民に受け付けられても不思議ではありません。一時期、そのような刑事ドラマの構造をぶちこわしかけたのが、あの青島刑事の番組でしたがその番組もやがて定番の刑事ドラマの枠に落ち着いてしまったようですが。
かといってそれらドラマや映画や文芸作品が悪いとはわたくしは考えません。もっと学校教育で、逮捕や起訴、裁判といったことや人権についてしっかりと時間をとってこどもたちに教えるべきなのです。これこそ問題です。金融教育など盛んにやりたがっているようですが、政府は自らの首を絞めています。社会構造をしっかり教えないでいて、金融教育は順序が違います。
とにかく覚えましょう。逮捕は特別な事情があってこそ裁判所が許す特別な措置であること。逃げようとしたり証拠をなくそうとしたりと、犯罪の事実解明を妨害することを考えている人は逮捕されてもやむをえないのですが、そうでない場合は逮捕されるのはよろしくないこと。まして逮捕=犯罪の解決ではありません。実際のところ、行われた行為のうち何が犯罪だったのかは、正式に起訴されて裁判になってから示されていくものなのです。逮捕された者に人権がないということなど、まったくありません。どんな人間にも基本的人権はあります。(だからこそ、こども性暴力防止法はとても異質な法律なのですよ。)
なおこの逮捕ですが、こども性暴力防止法において欠かせない前提の理解です。特定の性犯罪で逮捕された人物すべてがいわゆる日本版DBS制度の対象となるのではありません。有罪となっていなければ当然に日本版DBS制度の対象にはならない。それは法律家であれば前提すぎる話ですが、一般の人、つまり逮捕=有罪という理解を持っている人にはわかりにくいことです。逮捕されたら必ず裁判になって有罪(たまに無罪)になる、という理解があまりにも根付いています。児童福祉や教育に関わる人、とりわけ現場にいる人たちには、なかなか教わる機会がなかった分野ですので、このあたりの周知も併せて必要になっていると考えます。
<長女を責める言論?>
X(旧ツイッター)でわたくしは、当該事案における児童相談所や警察の措置に賛成を示す意見を多く読んでいるせいなのか、その意見とは反対の立場の投稿、ポストはあまり画面に表示されません。ですが、意図的に見てみようとすると、とてもたくさんあるんですね、驚きました。こどもが大げさにしたから監督の地位を追われたんだとか、選手としてレジェンド級の名選手がこれではとか、AIに相談して児相に連絡する程度のこどもだからこんな誰もが喜ばない結果を招いたんだとか、それはもうひどい内容です。それこそまさに長女さんへの人権侵害です。
この事案で、こどもを責める意見が生じるのは、まあ人間ですからいろいろな思想、考えや意見があって当然とはいえ、わたくしにははななだ残念です。そういう意見を持つ人とは仲良くできなさそうです。
<児相は問題ないが、あえて申す>
この事案によるとりあえずの結末は監督辞任ですが、その結末に納得がいかない考え方の人たちが長女さんを責め、そして児相や警察も批判している向きが多いようです。警察の対応については法律家さんの投稿でも意見が分かれているようですが、児相の対応について批判的なポストは法律家やこども関係の方ではほとんど見かけません。それは安心です。ごくたまに、現場勤務の人と思われるアカウントから「勇み足だったのでは」という趣旨の投稿を見かけましたが、そう思うこどもに関わる現場勤務の人は、あえて申せば、こどもと関わる仕事を辞めて他の仕事に就いたほうが良いとわたくしは感じます。もちろん面と向かってそんなことは言いませんが。
当該事案では通報をしてきた長女さんが18歳であったことが制度のすき間だったという指摘をみました。その通りだと考えます。法律上の児童は18歳未満ですから児相が対応するのは18歳未満であって18歳からの相談にがっつり取り組むことはまずないでしょう。よって当該事案のように成人同士のいざこざであれば、もしかすると児相側にあるであろう対応マニュアル的なものでは、そういう場合はこうするように、ということで警察に連絡をつないだという想像をわたくしはします。まして、夜でしたからね。
わたくしは繰り替えますが警察に110番した今回の児相の対応は正しいと考えます。あえて申せばこれは国や都道府県、児相設置自治体に申したいのですが、「もっと児童相談所の役割をアピールするべきだ」ということと「児童相談所の人員体制を今の何倍にも強化しないと、とても対応においつかないよ」ということです。わたくしも現役(という言い方は変ですが)時代、児相がとても大変で職員が疲弊しているのを目の当たりにしてきました。その結果、「このままでは確実にこどもは殺められる」程度のひどい事案に直接介入することだけで精一杯で、その程度のひどい事案ですら担当者が何件も事案処理を抱えているので、単発的な相談にはまともに対応できにくいでしょう。児相のような施設、それは児童クラブもそうでしょうが、それらは提供するサービスや役務が投下された予算の何倍もの収益を生み出すような事業ではありません。そういう存在になかなか予算が投じられない今のこの国の社会構造を変えねばなりません。児相も児童クラブも、社会で人間が安心して暮らせるための安全装置です。その安全装置に予算を使わないこの国の社会、その安全装置こそ大事だと理解を広めないこの国の社会の意識が、この国の社会のひずみをもたらす元凶ではないかとすら感じます。
このブログをこどもが読むとはなかなか考えられないので保護者さんや児童クラブ職員さん、運営者さんや行政関係者さんにぜひとも伝えたい。「せめて児童クラブに来ているこどもたちには、大人からひどいことをされたら、遠慮なくわたしたちに知らせてね。話がしにくかったら、110番通報していいんだよ、警察に連絡していいんだよ」と、話してください。
責められることはありません。当該事案だってわたくしは「皆が皆、これがいいかなと思って選択して行動した結果」の積み重ねに過ぎないと考えています。
<報道には言いたい。一面的すぎる>
報道姿勢にはSNSでかなりの批判が出ているようですね。前監督をさらしものにする、という点です。行き過ぎた社会制裁はそれこそ人権侵害だと。その見方にわたくしは半分同意で、半分は首をひねってしまいます。
まず言いたいのは、メディアはいつまでたっても情緒的な報道を繰り返すのか、ということです。ただしそれはメディアだけが悪いのではないと言いたい。「この国の社会が、人々の多くが、そのような報道を結局は求めている」という姿勢があるからです。テレビでいえば、誰かが涙を流して謝っている、そのシーンについてコメンテーターがあれこれ論じているコーナーの分単位の視聴率が良いから、そういうシーンを求める番組構成が延々と続くのです。視聴率が高い時間を持つ番組は「高く売れる」のです。テレビコマーシャルの値段を上げられるのです。テレビとりわけニュースショーやワイドショーの現場は分単位の視聴率で「これをこう取り上げたら数字が上がった。やっぱりこれでいこう。この切り口でいくぞ」ということの繰り返しです。
前監督がカメラの前で反省の表情を見せる。横で手紙が読み上げられ神妙な表情を見せる。そこで視聴者がチャンネルを変える手を止める。視聴率が上がる。
ただこれは、人間であれば、喜怒哀楽に興味関心を持つのは当然です。だってそれが人間らしいから。喜怒哀楽をもっともストレートに伝えるのがワイドショーやニュースショーですから、そういう場面が多く放送されるのは当然です。新聞など文字メディアだって、児童相談所の仕組みや役割を解説する記事より、情緒的な記事のクリック数のほうがはるかに多いでしょう。勢い、そういう記事が目立つように配信されていきます。
なお、長い時間を割くニュース番組で、当該事案がトップで扱われることに違和感を感じるという投稿を多く見かけました。わたくしは、社会に影響ある立場の人や組織(=プロ野球)が関わっていることと、本質的にこの事案は児童虐待にこの社会がどう向き合うかの問題であることから、トップ扱いにすることに異議はありません。ただしそれは次のことを考えているかどうかによってわたくしの評価は変わります。
それはですね、当該事案で、児童相談所の役割や児童虐待が疑われるときの警察の対応など、きめ細やかに報道したり取材して伝える内容の番組や記事を用意しているかどうか、に左右されます。当日ではなくても数日後にしっかり伝えるための布石であれば理解できます。しかしながら、 敷居の高いといわれる高品質メディアを自負している報道機関は初報やストレートニュース(=事実関係のみを伝える手法)はしても、そこから先の解説記事な報道は手掛けないことが多いのも、わたくしは昔から不可解と感じることです。
情緒に訴える報道は新聞でいえば「軟派=社会面」それも「遊軍(ゆうぐん)=街ネタ、つまり本来は市井の人々の喜怒哀楽を拾って伝える部署(もっとも最近は大事件や大事故、調査報道チームに充てられますが)」の記事です。その軟派記事の優劣が新聞の部数を左右するといわれた時代が昭和の半ばまでにありました。いまなおその意識は残っているのでしょう。そういう記事、わたくしは大好きですが、児童虐待という社会の構造のゆがみを報じるには、同じ社会部でも法律や警察や中央官庁の記者クラブ詰め記者、硬派といわれる政治部の記者、そしてこどもの実態を取材する文化生活班の記者が一体となって取材して積み上げる記事こそ、必要なのです。テレビでそれができるのはNHKやTBS(報道特集)ぐらいでしょうが、多くの国民がはらずも注視することになった当該事案を切り口に、この国にいまなおはびこる児童虐待の隠れ道ー親子の情愛で片づけてしまい結果として更なる悲劇を生みかねないーについて徹底的に追及していただきたい。
<ぜひ再起を>
前監督の社会人、野球の職業人生がこれで終わることはないはずです。前監督がその道を選んだのは大人の判断として尊重するとして、社会が前監督の社会人人生、職業人人生を事実上終わらせるようなことがあってはならない。昔から言うじゃないですか、「罪を憎んで人を憎まず」。当該事案の刑事処分がどうなるかわかりませんがどんな結論であれ、自らがおこなったことへの反省を踏まえて、その素晴らしい野球センス(監督としての采配センスはどうかはあえて触れませんが)を再び野球界で発揮できる機会が早期にやってくることをわたくしは歓迎します。
せめて読売グループには、今シーズン終了後には読売巨人軍のファームや3軍などのスタッフの座を用意してそれからまた徐々にその能力や成果に応じた地位を提示していってほしいと、切に願います。
<実名報道の在り方>
最後に取り上げたいわたくしの関心事です。とても難しい。結論は出ません。難しすぎます。ある立場に立つ者のすべてに満足できる結論は、とても得られないのではとわたくしは考えます。ましてわたくし自身、実名報道を基本とする新聞記者出身です。法律家にとても根強い、実名報道による基本的人権の侵害に対する懸念や憂慮はよくわかりますし、それをもって実名報道こそなくすべきだという主張にも理解はします。しかし、メディアの問題はとても大きくても、実名報道が完全に否定されることには抵抗があります。それは絶望的な抵抗なのでしょうが。
当該事案では、どうして児相からの連絡を受けて警察官が臨場して逮捕したことがメディアですぐに報じられるのかに疑問の声がかなり上がっています。当該事案の個別的な状況は分かりません。わたくしのつたない事件記者経験でいえば、警察(それは所轄署か、都道府県警察本部の広報かは別として)が公権力の行使である逮捕について、報道機関に「広報」することは一般的にあります。そして、すべての逮捕事案が広報されるものでもありません。警察側に隠しておきたい逮捕や身柄拘束は報道機関に知らせないということもあります。現にわたくしが関わった児童クラブ職員の逮捕事案については広報されませんでした。報道機関は、警察はすべてにおいて広報せよ、報道するかどうかは報道機関が自主的に判断するという建前を持っています。それでこそ、不当な人権侵害が生まれやすい逮捕という公権力の行使に対する監視の一翼を担う、という論理です。ただそれには重要な指摘は当然昔からあって、報道機関にそんな重大なことが任せられるのか、報道の自由はそこまで含むものなのかという議論です。
当該事案ももしかしたら警視庁内部で「記者レク」があったのかもしれません。それで一斉に報道機関が取材し、報道したのかもしれません。当該事案は民放テレビ局が第一報で報じたようです。もしかするとそのテレビ局の「サツ回り(警察担当記者)」が、所轄の渋谷署に常駐していて、ただならぬ雰囲気を察知して警察幹部に取材した結果かもしれません。想像はこれくらいにしておいて、過去に警察による不当逮捕やでっち上げ事件があり、それはいまなお続いているということを思うと、警察はもちろん社会の治安を守るため多くの警察官、警察職員が懸命に勤めているのは承知していますが、組織として過ちを犯すことは過去にも今にもあって、それを少しで抑止できるのであれば、実名報道ができるルートや手段は、報道機関においてもっていても良いのではというのが、わたくしの考えです。
最も、逮捕された被疑者や被疑者を担当する弁護士の意向を先に確認してから実名報道するしないを決めればいいじゃないか、という意見にわたくしもうなずくところはあります。そうであっても、逮捕され勾留されている被疑者と代理人弁護士が報道機関に報道については意思を発信することを捜査機関側が認める必要があります。
報道による社会的制裁、つまり水に落ちた犬をたたく風潮があまりにも強すぎる日本という社会において、逮捕された者の権利をどこまで守っていくかについて、もう真剣に取り組んでいく必要があるともわたくしは考えます。
<まとめ>
この衝撃的な事案で国民の関心、記憶がまだ新しいうちに、こどもへの暴力、とりわけ家庭内での暴力行為への対応と、事件報道そして被疑者の人権、社会的制裁の功罪、いわゆる「失敗」した人への再起への支援の仕方について、メディアが率先して議論を興していってほしいと切に期待します。
そして何度でも言いますが児童クラブの関係者は児童虐待は許さないとして、人権の砦に身を置く者として、こどもへの虐待を起こさないこと、起きているならすぐに見つけ出すことに、常に意識を鋭敏にしておいていただきたい。ましてクラブ職員がこどもに虐待するなんてもってのほかです!
(お知らせ)
<社会保険労務士事務所を開設しました!>
2025年9月1日付で、わたくし萩原が社会保険労務士となり、同日に「あい和社会保険労務士事務所」を開業しました。放課後児童クラブ(学童保育所)を中心に中小企業の労務サポートを主に手掛けて参ります。なお、放課後児童クラブ(学童保育所)に関して、労働関係の法令や労務管理に関すること、事業に関わるリスクマネジメント、生産性向上に関すること、そしていわゆる日本版DBS制度に関しては、「あい和社会保険労務士事務所」を窓口にして相談や業務の依頼をお受けいたします。「あい和社会保険労務士事務所」HP(https://aiwagakudou.com/aiwa-sr-office/)内の「問い合わせフォーム」から、ご連絡のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
☆New!
こども性暴力防止法に関する諸課題を5人の弁護士が各々の専門分野に関して紹介、説明するYouTubeチャンネルが開設されました。このほど、第1回の動画が公開されました。放課後児童クラブの関係者さん、とりわけ運営や就業で関わっている方には必見です。児童クラブに運営者としても関わってこられた鈴木愛子先生ももちろん参加されています。チャンネル名は「こどもを守る弁護士チャンネル」です。2026年5月16日に「こども性暴力防止法を考える」が配信されています。
https://www.youtube.com/watch?v=uUlx8XaKMso&t=4324s
☆
放課後児童クラブ事業を考えている民間企業の方へ朗報! 児童クラブ参入の手引きとなる「埼玉県 放課後児童クラブ新規参入スタートブック」が公開されました。全40ページ。フルカラー。冊子は2部に分けて埼玉県福祉部こども支援課のページで公開されています。なお本スタートブックは弊会が作成受託しました。
(前編)
https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/166938/r0803_houkago-jidou-club-startbook01.pdf
(後編)
https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/166938/r0803_houkago-jidou-club-startbook02.pdf
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「Wedge ONLINE(ウェッジオンライン)」にて2026年4月13日、「「こどもが学童に入れたから仕事も安泰!」なのか?小1、行き渋り、夏休み…いくつも存在する“学童保育の壁”とその対処法」という記事が公開、配信されました。(https://wedge.ismedia.jp/articles/-/40473)。わたくし萩原が編集部の依頼に応じて寄稿しました。ぜひご高覧ください。
なお、近く新記事掲載が予定されています。
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「一般社団法人あい和学童クラブ運営法人」は、引き続き、放課後児童クラブ(学童保育所)の一般的なお困りごとや相談ごとを承ります。児童クラブの有識者として相談したいこと、話を聞いてほしいことがございましたら、「あい和学童クラブ運営法人」の問い合わせフォームからご連絡ください。子育て支援と児童クラブ・学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と児童クラブ・学童保育担当者の方、議員の方々、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。
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(ここまで、このブログをお読みいただきありがとうございました。少しでも共感できる部分がありましたら、ツイッターで萩原和也のフォローをお願いします。フェイスブックのあい和学童クラブ運営法人のページのフォロワーになっていただけますと、この上ない幸いです。よろしくお願いいたします。ご意見ご感想も、お問合せフォームからお寄せください。出典が明記されていれば引用は自由になさってください。)
