放課後児童クラブ(学童保育)の運営事業者は、日本版DBSの対応次第で、生き残れるかどうかが左右されます。

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。子どもの育ちを支える学童保育、保護者の安定した生活を支える学童保育、そして社会を支える学童保育を支援する「学童保育運営支援」の重要性と必要性を訴えています。学童保育の問題や課題の解決に向け、ぜひ皆様もお気軽に、学童保育に関するお困りごと、その他どんなことでも、ご相談やご依頼をお寄せください。講演、セミナー等をご検討ください。

 子どもと関わる業種に、性犯罪歴がある人物が関わることを防止する仕組みの「日本版DBS」について、また報道が多くなってきました。犯罪歴の照会期間や、照会の結果で性犯罪歴があった人物を雇用していた場合に解雇を可能とする方向で政府が検討しているという内容です。2月23日6時22分にインターネットで配信されたNHKニュース記事を一部引用します。
「子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないことを確認する制度「日本版DBS」の導入をめぐり政府は、犯罪歴を照会する期間を、禁錮刑以上の場合は、刑の終了後20年などとする方向で調整しています。」
「このうち性犯罪歴を照会する期間については、過去の再犯の状況なども考慮し、▽禁錮刑以上の場合は刑の終了後20年、▽罰金刑以下は執行後10年などとする方向で調整しています。」
「雇っている人に犯罪歴が確認されれば、子どもに関わらない部署への配置転換などを求め、場合によっては解雇も許容されるなどとしたガイドラインを整備することを検討しています。」(引用ここまで)

 当ブログでも日本版DBSについては以前から取り上げています。私のスタンスは、「まず現状において放課後児童クラブ(いわゆる学童保育)には、常習的に性犯罪を繰り返す人物が容易に採用されやすい野放図な状態にあるため、この状況を改善するために日本版DBSの放課後児童クラブ適用は必要である」ことと「過去に性犯罪を行ったもののその後更生した人物に対して基本的人権を一部制限する制度であることは間違いない。憲法に定める基本的人権の観点で全く問題がないとはいえない制度であることは承知なので、制度については常に検討が加えられ、子どもの最善の利益とあらゆる人間に保障される基本的人権保護の整合性について改善できることは改善し続けることを望む」というものです。

 そしてもう1点、「放課後児童クラブは認定制度、つまり日本版DBSへの対応が万全であるとして国から認定されて初めてその制度の運用が可能となる方向である以上、保護者の安心感を確保するために事実上、その認定は放課後児童クラブを営む事業者であれば必ず行うことになる。保護者からも認定を求められるであろう。つまり認定されない事業者は今後、放課後児童クラブの運営から淘汰されていく。まして営利の広域展開事業者のような規模の大きな株式会社は当然ながら早期に認定を得て、市区町村に対して、日本版DBSへの対応が万全であることの利点をアピールするであろう。それは認定を得るに困難であろう小規模の地域に根差した学童保育の事業者との決定的な差として、今後の公募の際に影響するであろう」と考えています。

 なお、日本版DBSの制度とその問題点については、放課後児童クラブに大変詳しい弁護士(社会福祉士であり、さらに放課後児童支援員の資格も有されている)鈴木愛子氏のブログ(弁護士aikoの法律自習室)をぜひご覧になってください。わたしも鈴木弁護士のブログで勉強しています。
(https://ameblo.jp/aikosuzuki-law/entry-12830299068.html?fbclid=IwAR0ezKdL-PmEFrq0ODStYLhy-sTsoN2lj9HKWZMOgrFW6DdB9koY9xwTDN8)

 さて、この度報道された件について私なりに考察します。
・性犯罪歴を照会する期間と、解雇について
 禁錮刑以上の場合は刑の終了後20年、罰金刑以下は執行後10年などとする方向で調整とのことです。さらに、照会の対象となる性犯罪歴は刑法犯罪に加えて盗撮などの条例違反も加えられそうです。これについては私は賛成です。盗撮は児童ポルノの製造流布にもつながる悪質な犯罪であり、放課後児童クラブは児童数に比して従事する職員数が極めて少ない職場であり、子どもにとって「第二の家庭」として基本的にはリラックスして過ごす場所ゆえ、悪意を持って子どもを盗撮しようとする者にとって、その行為が容易に実行されやすい環境に、残念ながらあります。盗撮を犯すような者を雇用しないためには必要な対応でしょう。

 実務上、大変気がかりなのは、性犯罪歴照会の対象者については新規採用者だけでなく、すでに雇用して従事している者も含められるという方針であり、解雇に関してガイドラインを設定するということです。現にクラブで従事している者を照会した結果、過去に性犯罪歴があったとした場合、どういうことになるのか。報道では、子どもと接しない部署への配置転換を求めるほか、やむを得ない場合には解雇もできる方向性で調整が進んでいるとのことです。

 放課後児童クラブの事業者には、子どもと関わらない、子どもと接しない部署が、ほとんどありません。バックオフィスとして本部事務局があったとしても、保護者が子どもを連れて各種手続きに来ます。そもそも、本部だけで数十人が勤務している大企業ならともかく、専従の役員と事務担当職員の総勢でも数人程度の小規模事業者が多い放課後児童クラブ運営事業者で、過去の性犯罪歴が明るみになった人が現実的に本部事務局で何ら人間関係に支障をきたさずに従事できるとは私は思えません。もちろん、高度のプライバシー情報ですから照会結果を把握している人物はごく限られますが、照会作業を含めすべて同じ部屋で業務を行っているのですから完全に他の事務担当職員が知らないような環境を維持することは難しいと考えます。
 そうでなくても、性犯罪歴でなくても過去の犯罪歴を嫌悪し忌避する風潮が残念ながら極めて根付い日本の社会では、前科のある方の更生は大変厳しい環境にあるという不条理があります。より交際範囲が狭い企業、会社や団体組織の内部であればなおさらです。

 要は、すでに雇用していた者に性犯罪歴があった場合、雇用し続けることが不可能といってよいでしょう。

 では、代わりにすぐ他の人が見つかるのでしょうか。ただでさえ人手不足の学童業界です。でも、辞めてもらうことになるわけですから配置基準を割り込むことがないように代わりの人員を採用して配置しなければなりません。補助金が交付されなくなっては一大事です。
 また、罰金刑で10年程度の照会可能期間となっていますが、仮に採用されてから9年間、まったく問題を起こさず責任ある仕事をこなし、優良職員として勤めてきた人物に10年前の性犯罪による罰金刑が科されたことが判明したとき、解雇できるのかどうかが問題です。犯罪を犯した人の更生の問題とも関わりますが、9年間、問題なく勤めてきた人物を解雇したとして、それが社会正義になるのか。再犯による被害防止は達成られるでしょうが、安定した職を失った人のその後の生活や人生はどうなるのか。それこそ自暴自棄になって別の形で重大な結果をもたらしかねない恐れを新たに生むことになりやしないか。そもそも、事業者が解雇したくてもそれに反発し、労働紛争となる恐れも十分にあります。小さな事業者ではそれだけでも時間と人手、費用がさかれるために痛手となります。

 このあたりは、国が、小規模、零細規模の学童保育の事業者にも分かりやすい、適用しやすいガイドラインを示すことが必要です。しかし実のところ、小規模や零細規模の事業者にはそんな心配は不要かもしれません。というのは、小規模や零細規模の放課後児童クラブ事業者が、消えてなくなる可能性が高いと私は考えているからです。

 これが最大かつ最悪?の問題です。子どもを学童に通わせる保護者は当然ながら、「1人も性犯罪を起こした過去が無い人物が職員となって子どもと接していることの証明」を求めるでしょう。ということは、放課後児童クラブ事業者は、日本版DBSの認定を受けざるを得ないことを意味します。

 日本版DBSは現時点で、事業者が犯罪歴を照会することを求める制度です。よって事業者に、個人の犯罪歴という極めて高度なプライバシー情報を取り扱い、保持し、守る制度の構築が求められます。現任者はもちろん退職者にも厳重な秘密の秘匿が求められ、事業者は規則規程で厳格に制度を構築せねばなりません。それができてようやく認定が受けられるでしょう。このことは実のところ、小規模や零細規模の放課後児童クラブ事業者には荷が重いのです。
 犯罪歴という情報の管理は、マイナンバー(個人番号)以上に厳密な秘匿が求められるはずです。ちなみにすっかり軽んじられていますがマイナンバーも厳格な情報管理が事業者に課せられており、番号の取扱者が個人番号を正当な理由なく外部に提供した場合は懲役4年または罰金200万円以下(併科あり)となっています。日本版DBSによる犯罪照会歴は、これと同等もしくはそれ以上となるのではないでしょうか。もっとも、一般の個人情報でも第三者への提供には1年以下の懲役または罰金が科せられていることもあまり意識されていないようですが。

 一方で、各地で放課後児童クラブの運営を任される数が急増している、営利の広域展開事業者にとっては、そもそも全国規模の大きな企業ですから、こうした情報管理体制を構築するのは、元来が当たり前です。日本版DBSへの対応もとりたてて難しいものではないでしょう。つまり相対的な問題で、保護者会由来の地域に根差した学童保育の事業者や、そもそもが任意団体である保護者会や地域運営委員会による事業者にとっては事実上不可能と言える犯罪歴情報の管理運用体制が、営利の広域展開事業者にとっては朝飯前ということです。
 このことは、指定管理者や事業委託における公募による選定、公募プロポーザルによる選定において、決定的に、営利の広域展開事業者が有利となることを意味します。当然ながら、日本版DBSへの対応は選定基準に盛り込まれることになるからです。
 (なお、現在でも、職員の欠員について営利の広域展開事業者は資料やプレゼンテーションで、その対応に問題ないことをアピールしますが、実態は非常に寒々しいことが、市区町村や選定委員にはまったく知られていません。日本版DBSの対応についても同様に、見た目の対応はしっかりと構築できているものの、実務上の担当者の配置や意識は必ずしも資料やプレゼンのアピール通りではない事態は、想像ができると私は考えています。要は、見掛け倒しではないか、ということです。)

 日本版DBSの対応ができない地域に根差した学童保育の事業者、保護者会や地域運営員会は、日本版DBSの制度運用が本格化するこの数年後には、事実上、放課後児童クラブの運営から撤退することを社会から迫られることになると、私は考えています。何より、保護者が子どもの安全保障を求める意識は当然であって、そのために日本版DBSの確実な適用を求める限り、制度対応ができない事業者は、事業を行うチャンスを与えられないのです。

 私は、「日本版DBSは、地域に根差した学童保育の事業者の死刑宣告」であるとも考えます。ですが、子どもへの性加害を防ぐためには日本版DBSは取り入れざるを得ない。よって、死刑宣告をはねのけられえるための事業体へ、一日も早く変化を遂げる事こそ、地域に根差した学童保育の事業者が今、直ちに取り組むことです。このままでは、「子どもの育ちを、職員と保護者と一緒に考えていきたいね」という、日本の学童保育の世界が培ってきた伝統は確実に消滅します。絶滅します。絶滅が嫌なら日本版DBSへの対応をすぐに考えていくことです。まずはこの先の事態の推移を常に見守り、規則規程類の整備と、情報管理に必要なシステムの整備(事業者内のネットワークの整備等)にとりかかることです。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。

 (このブログをお読みいただきありがとうございました。少しでも共感できる部分がありましたら、ツイッターで萩原和也のフォローをお願いします。フェイスブックのあい和学童クラブ運営法人のページのフォロワーになっていただけますと、この上ない幸いです。よろしくお願いいたします。ご意見ご感想も、お問合せフォームからお寄せください。出典が明記されていれば、当ブログの引用はご自由になさってください)