賃上げをめぐり明るい報道が相次いでいますが放課後児童クラブの世界は取り残されています。国も社会も理解を!

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。子どもの育ちを支える学童保育、保護者の安定した生活を支える学童保育、そして社会を支える学童保育を支援する「学童保育運営支援」の重要性と必要性を訴えています。学童保育の問題や課題の解決に向け、ぜひ皆様もお気軽に、学童保育に関するお困りごと、その他どんなことでも、ご相談やご依頼をお寄せください。講演、セミナー等をご検討ください。

 賃上げをめぐって景気の良い報道が相次いでいます。大手企業はもとより、中小企業においても、多くの企業が賃上げに踏み切っているという報道もあります。NHK首都圏ナビのニュースの報道を引用します。
「ことしの春闘は大手企業を中心に高い水準の賃上げ回答が相次いでいます。多くの中小企業ではこれから交渉が本格化する予定です。連合と中小企業の経営者でつくる全国中小企業団体中央会は22日、意見を交換し、今後も取引先に価格転嫁の重要性を訴え、連携して環境整備に取り組むことを確認しました。」
「大手企業に続いて中小企業でも交渉が進んでいて、このうち連合に加盟する中小企業の2割にあたる777社の賃上げ額は平均で月額1万1916円、率にして4.50%となったことがわかりました。これは去年の同じ時期を3153円、率にして1.11ポイント上回っていて、比較できる2013年以降で最も高くなっています。ただ、従業員1000人以上の大企業の賃上げ率と比べると現時点で0.78ポイント下回っています。」(引用終わり、3月25日公開)

 放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)の業界は、営利の広域展開事業者の他は圧倒的に中小企業です。中小企業基本法では、サービス業は資本金又は出資の総額が5,000万円以下、常時使用する従業員が100人以下、となっています。いわゆる零細企業に相当する小規模企業者は常時使用する従業員が5人以下です。学童保育業界は、いわゆる零細企業に相当する事業者も相当数あるでしょう。このような業界で、はたして賃上げが可能なのかどうかを本日は考えてみます。

 私の結論は「国の補助金の大幅増額と、保護者を含む社会全体の理解が得られない限り、賃上げは事実上不可能」です。賃上げの動きから取り残されている業界です。それは残念ですが、構造上、どうしても、賃上げを求める公労使の流れに乗りたくても乗れない仕組みだからです。(なお本日のブログでは、国の補助金を受けずに営利で展開している学習支援系の民間学童保育所は対象外です。通常の営利企業と同様ですので)

<賃上げの原資が増えない限り無理>
 児童クラブの世界は、その運営に係る費用を、補助金で半分(5割)まかない、残りを児童クラブ利用者の保護者が負担(利用料、月謝)するという方針です。法律で決まっているわけではありませんが、国は「運営費の基本的な考え方」として常に示しています。収入の5割を占める補助金が大幅に増えない限り、賃上げに回す原資が確保できません。いま、物価高で、おやつの商品や食材、水光熱費がぐんぐん上昇しています。その上昇分すら、補助金増額が追い付いていません。まして賃上げに回す余力はありません。
 では残り5割を占める、保護者からの利用料収入を増やせるでしょうか。これも否、です。児童クラブの利用料はクラブ運営事業者が単独で決定できる料金ではありません。公的な児童福祉サービスである以上、その利用料は市区町村の了解を得て設定されることが通例です。となると、住民負担が増える利用料引き上げに、市区町村が容易に同意しません。当然です。利用料収入も、簡単に増やせないので、賃上げの原資は確保できません。
 なお、市区町村がもっと予算を出せばいいという意見があります。福祉なのだから損得度外視でしっかりと予算を付けることが必要だという、もっともなご意見です。しかし現実を考えない意見は机上の空論ですし、それ以上に有害です。理想論にこだわって理想論の世界が実現できない限り前進しないのは、現実の改善を実は阻止しているからです。現実に市区町村が児童クラブに予算をさして増やさない実情で、市区町村がもっと予算を出せばいいと叫んでいるのは理想論を叫ぶことで賛同者を集めて悦に入っている万年野党の考え方です。もっとも忌避するべき考え方です。

<事業者の種類によっても困難さがある>
 児童クラブの運営事業者は、営利企業、非営利法人(NPOや社会福祉法人など)、そして任意団体(保護者会、地域運営委員会)が主なものです。営利企業は後で触れます。ここでは非営利法人や任意団体について考察します。
 これら非営利の法人や団体は、保護者そのものが運営に当たっていたり、保護者出身者が運営担当、運営責任者となっているケースが目立ちます。その出自、つまり保護者であるというバックボーンから、賃金引き上げに際してマイナスのイメージが働くことが往々にしてあります。賃上げに必要な保護者の負担金(利用料等)をアップしようとしても、自分たち保護者側の経済的負担が増えることを回避したく、保護者負担額の引上げに消極的になるのです。偏見もあります。「子どもたちと遊んでいるだけで、もっと給料が欲しいの?こっちだって給料が増えないのに。自分たちの毎月の支払が増えるのは嫌だ」という、育成支援という専門的な業務に対する無知、偏見が、保護者運営の児童クラブにおける経営者たる保護者の中に色濃く残っていると、なかなか職員の賃上げに踏み込めないのです。
 その正反対として、非営利法人の経営者、役員がまったく無償で事業運営を担うケースがあります。その場合は得てして経営者や役員は非常勤、つまり本業が他にあって児童クラブ運営は熱意は十分であっても非常勤という状況です。これは組織運営に係る費用を極力抑えて現場に資金を投下したいという善意、熱意の現われですが、これは悪手です。やってはならない手法です。まず、「公共の児童福祉サービスである児童クラブ運営という事業を安定的かつ継続的に実施するには運営組織そのものが安定して運営されている必要があるが、経営者や中核となる役員が非常勤では、組織運営が不安定としか見なされない」。これは、競争による児童クラブ事業者の選定においても決定的に不利になります。そして、「非営利法人の運営者は給料(報酬)を得る必要がない。現に、そのように運営できていますよね」という、社会が非営利法人の運営担当者に向ける誤解、無理解を生じさせる可能性が極めて高いのです。非営利法人であっても事業を行う者は、事業の運営責任を負います。それに応じた報酬を得ることは当然です。「非営利だから、無報酬や低賃金が当然」という誤解、無理解は、今もなおこの社会に残っています。

<営利企業に関する懸念>
 全国各地で広域展開事業者が児童クラブ運営を担っています。それは年々、規模を拡げています。広域展開する非営利の法人もありますが、急激にシェアを拡大しているのは営利企業です。それらの企業が雇用する児童クラブ職員数は多いので、それらの企業が賃上げをすると児童クラブ業界に対する波及効果は相当期待できるのですが、現実は期待薄どころかまったく期待できません。
 当然、営利企業は利益を確保するために存在しています。安定した収益が計算できる児童クラブ運営事業は、実に効率的な補助金ビジネスです。仮に、国が賃上げの原資として補助金を相当に増額したとしても、その増額分の多くが企業の収益として吸い上げられてしまう可能性が排除できないのです。厚生労働省が行った放課後児童クラブ対象の調査を私は折にふれて引用していますが、現状に置いてすでに営利企業を含むであろうその他法人の年間の収支差額は約285万円。NPO法人は約90万円です。営利企業は300万円近い純利益を1クラブごとに確保しています。それをNPO並みの約90万円にまで下げれば、それだけ営利企業系の児童クラブで勤務している職員の給与として配分できるのですが、そうはしていない。今後も補助金が増えても、企業本体の利益を増やすだけに終わるでしょう。
 営利企業系の児童クラブで勤務する人は多くが最低賃金か、それに近い賃金水準ですが、「その条件でも応募してくる人を働かせているだけ。何が問題ですか?」ということです。それはその通りです。企業が提示した雇用労働条件を承知の上で求人に応募してきた人を勤務させているだけの話です。それが企業の論理です。実際、高年齢者は年金との兼ね合いでそれほど高い賃金は必要としていない例も多く、最低賃金レベルで働ければ十分。しかも高年齢者はますます増えており労働力の供給に置いて雇用側において不安はありません。どんな人でもいいのです。求人に最低賃金レベルの報酬を承知の上で申し込んでくる労働力が、今はそれなりに豊富なのです。
 当然、そこには「質の高い育成支援が実践できる人材かどうか」という観点は重要視されていません。人がいない、人手不足だと嘆く児童クラブの運営事業者は、事業者が求める程度の業務を実践できるかどうかの判断によって不採用にするケースが多いはずです。だれでも採用していれば人手不足にはなりません。

<構造を打開するには>
・「次元の異なる」補助金の増額です。「これは余裕をもって職員に分配できる」ほどの補助金増額が必要です。なお、補助金は「サンイチ」の割合で国と都道府県、市町村が負担します。補助金を増額しても市区町村が予算を組まなければ意味がありませんので、ここは期間限定でもいいので、国の負担を大幅に増やすことが必要です。市区町村が児童クラブに渡す資金を増やすため財政的な負担を軽減する工夫が必要です。
・公設民営クラブの場合は、市区町村が条例などで職員の賃金について下限を設定するなどして賃上げを下支えする。例えば賃金条項のついた公契約条例を市区町村が制定して、公設の児童クラブで働く常勤職員の時給の下限を決めることです。また、指定管理や事業委託のいずれの形態でも仕様書や契約書が必ずありますから、そこにおいて職員の賃金水準について改善を事業者に求める旨、契約に盛り込むことも必要です。
・保護者、社会は「児童クラブにかかる費用」が低額であることが絶対費用という考え方は「実は間違っていた」と認識すること。「必要なコストは当然に負担しなければならない」という理解を持つこと。児童クラブの業界はその理解を「保護者、社会に持たせること」が必要です。そのためには、質の高い育成支援を当然、実践していることを大前提として、その上で、職員が安定して生活できる賃金、人件費を提示して「保護者の皆さんには、あとこれぐらいの費用負担が必要です」と合理的に説明ができるようにしておくことが必要です。市区町村にも、必要なコストの負担において必要以上に住民の反発を恐れてはなりません。とかくクレームが来るのを嫌がるために住民からクレームが来そうな施策を回避する傾向が市区町村にありますが、「必要なことは必要だ」という気概を持ってほしいですし、そのためには、事業者が堂々と保護者に対して、コスト負担の合理的な理由を常時、説明することが必要です。乱暴な言葉であえて申せば「理解の無い住民、誤解したままの住民ばかりでは、同じ水準の議員しか議会に送り出せず、同じ水準の行政サービスしか実施できない低レベルの自治体となる」ということです。やはり住民、納税者たる有権者が、正しい理解を持つことが必要です。事業者の努力が必要です。
・要求実現を目指して活動することです。私は児童クラブの経営者でしたが、それでも職員同士の連携、連帯による雇用労働条件の改善を求める活動は重要だと考えます。通常は労働組合となります。憲法に規定されている権利ですから堂々と行使したらよいのです。経営側からしても、合理的な思考で賃上げを目指す労働側の動きは有益です。組合活動を奨励しましょう。
 ぜひ児童クラブの世界も賃上げを求める労使交渉をそれぞれの事業者において行うべきです。私は実際にそうしてきました。職員の労働組合と、基本給はもちろん賞与についても労使交渉の場を設定しそこで組合からの申し入れや経営側の提案などの交渉を行ってきました。保護者が多く参加するNPO法人ですが、このような「春闘ごっこ」であっても、保護者の理事や職員の双方に、「賃金はこうやって決まっていくのか。賞与をこれだけ出すには、現状のこの資金繰りではこれだけしか出せないのは無理はないな」ということを目の当たりに学ばせることはできます。特に職員が、経営について関われる機会を持つことは、その職員の将来のキャリアを考えた上で有益になることがあるでしょう。事業者にとっても、賃金の決め方などを含めた組織運営、企業経営について合理的な思考を持つ職員が増えることは有益です。
 どうしても経営側、事業者側が利益確保に固執し、賃上げをしないという状況であれば、職員が団結して行動することも私は推奨します。もとより、ワーキングプア状態の児童クラブ業界です。職員に最低限度の賃金分配もせずに事業者の利益を確保することを優先する事業者であれば、職員はストライキでもなんでもすればいいのです。それは経営側の失態です。私は児童クラブの職員の劣悪な雇用労働条件の改善を求めてこの世界に身を投じましたが、経営側の立場にも最大限の理解を示しているつもりです。職員がストを打つような状況は、ストをもたらしたヘマをした経営者が無能であり、失格なだけです。
 待遇に不満のある職員はしっかりと労働組合を組織して活動することを勧めます。そしてどれほどひどい待遇であるか、実名で世間に堂々と発信すること。実名を出さずに職員が個人で文句だけ垂れてもそれは愚痴です。個人のストレス解消にはつながるかもしれませんが、社会的には無意味です。そのあたり、専門職の自覚とプライドをもって、事態改善のために必要な行動は何かを理解してほしいと私は願っています。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。

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