放課後児童クラブの労働時間管理には、どのような方式が望ましいのでしょうか。管理していないのはダメですよ。
放課後児童クラブ(学童保育)運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所もおおむね該当します)は他の業態、業種と比べるとなかなか複雑な労働時間の管理が必要です。すべてがうまくいく労働時間の管理方法はなかなかありませんが、その中でもより良い方式はなんでしょう。運営支援が考えました。
(※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。)
<労働時間の管理>
放課後児童クラブが他の業態、例えばスーパーマーケットやコンビニ、製造業などと比べて決定的に異なるのは、「突発に生じる所定外労働が極めて頻繁に発生する」ということです。所定外労働とは、「事業所が定めている職員の労働時間=所定労働時間を超えて労働すること」です。例えば、午後1時から午後7時までの勤務時間が定められている職員が、育成支援上の問題が急に発生したことで、その対応のために午後8時までの勤務、つまり時間外労働を余儀なくされた、という場合です。こういうことは、実に頻繁にあります。今日は私、数日後に同僚の職員が、それぞれクラブ閉所時刻を過ぎても保護者との対応のために所定外労働、時間外労働を行った、ということは、まったく珍しくありません。
保育所や幼稚園も、保護者対応で所定外労働をすることがあるでしょうが、その頻度は児童クラブの方が圧倒的に多いのですね。
これが、児童クラブにおける労働時間の管理を複雑にしている最大の理由です。
では、労働時間の管理とはそもそも何でしょう。簡単に申せば、事業主が雇用している労働者の労働時間を正確に把握し、法令に違反する労働時間を生じさせないことによって適正に管理することです。正しく管理された労働時間をもとに、事業主は、労働者に、労働時間に応じた賃金を支払います。よって、労働時間の管理を適正に行うことは事業を正しく遂行していることになりますし、労働時間の適正な管理こそ、安定した企業、事業の経営、運営そのものといえます。
<大前提は決まり=就業規則の整備>
では児童クラブで働く人の労働時間をどのように管理するのか。管理するための基準、決まりが無ければ、管理はできません。通常では、職場におけるルールは就業規則が最も重要な役割を果たします。就業規則に所定労働時間や勤務の始業と終業の時刻、休憩時間、休日の日数などがしっかりと規定されていることが、大前提となります。
就業規則は1つの事業場で常時働く人が10人未満の場合は作成する義務はありません。児童クラブの場合、1つのクラブを1つの事業場として解釈する場合、1施設2クラブという大規模クラブでもない限りは常時働く人が10人を超えることはなかなかないでしょう。とすると労働基準法上では就業規則を作成する義務はないことになります。ただし、就業規則を作成していない場合、その職場におけるルールは基本的に労働基準法に従うことになりますが、それではいろいろと不都合が出てきます。というのは、労働基準法は細かいところまで定めていないのですが、定めていないことは適用できないので、実務上、困ったことが出てくるからですね。
例えば、職場で、とても素晴らしいことをした職員に何かしら表彰をしたいと事業者が考えても、決まりが無い以上、組織として表彰することはできません。経営者が私費を払うのなら別ですが、会社や組織の経費で表彰はできません。もっと困るのが制裁、懲戒です。残念ながら職員が好ましくないことをしてしまった。懲戒解雇したい、出勤停止の処分をしたい、始末書を提出させたい、いろいろありますが、「これこれこういうことを職員が行った場合は、こういう処分を科す」という決まりが無ければ懲戒処分は不可能です。
<労働時間の管理その1:特に何もしない>
労働時間の管理ですが、まず考えられる方法は「変形労働時間制を除いた労働基準法通り」です。つまり、1週間40時間、1日8時間の労働時間を厳守することです。なお、時間外労働=残業は、労働基準法としては違法です。法令遵守を絶対的として考えて事業者の経営、事業の運営を行うことが当然ですから(国から補助金をもらう事業者が法令遵守を知らんぷり、では社会正義をバカにしすぎです)、残業は不許可になります。仮に1日10時間働いてしまったら当然、割増賃金を支払うことになります。よって、特に何もしない労働時間の管理をする場合には、絶対に「36協定」だけは導入しましょう。これすら行わない事業主には、児童クラブを営む適格性はありません。クラブで働く人をあまりにも軽視しています。保護者運営だからといって言い逃れはできません。保護者運営だろうが株式会社運営だろうが、「児童クラブという事業」を営む上では同等です。協定がよく分からない、作成が大変だ、届出が面倒だということである人が人を雇う立場になってはいけません。それは犯罪と等しいことと運営支援は強く非難します。
この原則通りの労働時間管理は、とても単純です。何の工夫も必要ありません。ただし、事業主も、労働者にも、どちらにも損なことが多いです。どんなことでも週40時間を超えたら割増賃金になります。所定労働時間を1日8時間としたならば、結局のところ、仕事への準備の時間や片づけの時間も労働時間として算入しますのでどうしたって1日8時間を超える労働になり、毎日のように時間外割増賃金の支払いが必要です(もちろん所定労働時間を1日7時間や7時間30分にすることは可能です)。労働者にとっても、週に1日の法定休日(もしくは4週間に4回以上の休日)さえ与えられれば他に休日は不要になりますから、週休2日は実現しないことになります。
労働時間とはちょっとズレますが、特に決まりを設けなければ、柔軟な働き方を可能とする「時間単位の年休」の行使も不可能です。時間単位の年休は、日にち単位で年間5日分の時間を、「労使協定があれば」、時間単位年休(よくいう、時間休)として使えます。こういうことも、決まりがなければ行使できません。
メリットはあります。労働時間の計算がすごい楽です。単純に、タイムカードやICレコーダーで記録された、日々の勤務時間を単純に算定すれば支払う賃金が計算できます。
つまり、業務は楽だが費用的にはかさむ、本当に最低限の利便性しか保証されないのが、労働基準法通りの、つまりは特に工夫をしない労働時間管理となります。
<労働時間の管理その2:1か月単位の変形労働時間>
労働基準法では、変形労働時間制とフレックスタイム制という制度が認められています。(他にも、みなし労働時間制という制度もありますが児童クラブでは適用が困難ですので除外します)。変形労働もフレックスも、簡単にいえば、「週40時間、1日8時間を超えているかどうかを判断する際に、どの期間を単位として比べるか、あるいは事業主が決めるか、働く側が決めるか、その違い」ということです。事業主が1か月単位で判断するなら1カ月単位の変形労働時間制です。働く側が3か月単位で決めるのなら3か月単位のフレックス制度、ということです。なお、上記の「何もしない=労基法通り」というのは、1日単位で判断する、ということに他なりません。
おおよそでいえば、判断するに使う期間が長くなればそれだけ柔軟な制度になる、と言えるでしょうか。
私は児童クラブには1か月単位の変形労働時間が向いていると考えています。特に、所外活動を比較的行う児童クラブや事業者で1日の職員の労働時間が10時間を超える勤務日があるなら、1か月単位変形が望ましいと考えています。というのは、1か月単位の変形労働時間は、1日の労働時間の上限が無いからです。例えば、所外活動で日帰りキャンプに行くとき、職員は朝の準備から戻って来ての片づけを含めて、朝7時から夜9時、10時までの勤務が可能性として考えられます。事前に、その日帰りキャンプの日にちを朝7時出勤、夜10時退勤のシフトにしておけば、その日は、時間外労働が生じないことになります。
それを聞くと、もれなく働く側から「そんな十数時間も働いて残業代が出ないなんておかしい」という声が上がるでしょう。気持ちとしてはまったく分からなくも、ありません。ただし、結局のところ、「法律で認められているから、問題ないんですよ」ということを理解してもらうしかありません。また、「キャンプの日は長く働いてもらうけど、その長く働いた分、他の日は短い労働時間で働くことになるので、差し引きゼロですよ」という答えを理解してもらうしかありません。「他の日は他の日だ、その長く働く日のことが問題なんだ」とどうしてもこだわる方は、私に言わせれば「事業主が決めたルール、仕組みを理解できない者は、どうぞ他の職場で働いてください」ということです。
1か月単位でも1年単位でも同じですが、変形労働時間制は万能ではありません。むしろ、その運用はかなり難しい。それなりの知識が無い人では知らず知らず、法令違反を犯してしまうことがありえます。一番多いのが、「1か月を期間として、その期間内の各週に割り振って平均して週40時間を超えていないからセーフ」というものです。次の2点は絶対に守らねばなりません。
「事前に、1日ごとに、始業と終業の時刻、つまり労働時間を確定させておくこと。それを職員に周知させておくこと」
「児童クラブに大変多い、急な公休日出勤や勤務日の入れ替えでは、法定労働時間を超える超えないの判断を慎重に行うこと」です。
前者は、「必ずシフトを先に作って職員に知らせておくこと」です。なお、勤務のパターンを事前に確定して就業規則に記載しておくことも必要です。例えば「A勤務:午前10時出勤、午後7時退勤」「B勤務:午前11時出勤、午後6時退勤」というように、出勤と退勤のパターンをあらかじめ決めておくことです。それをシフト作成のときに利用するのです。これをしないで、任意に出勤と退勤の時刻を都度決めておくことでは、変形労働時間制を導入したとは言えません。
後者は給与計算で注意が必要です。例えば、火曜日がシフト上で休みになっていた職員が、その日に10時間勤務の同僚職員が急に病気で休むことになったので代わりに出勤し、その代わりに水曜日の10時間出勤を休みにした、ということにします。火曜の休みを水曜に変更した、ということですね。この場合、「もともと水曜日が10時間出勤だったのだから、急に出勤する火曜日を同僚が予定していた10時間勤務としても、週の労働時間の合計時間に変化はないから、残業代は出ない」と事業者は判断しがちです。これは間違いです。
なぜなら、火曜日はもともと休みだったので、1日8時間という法定労働時間が適用されます(例外的に、就業規則に、火曜日の出勤は所定労働時間を10時間とする、と定めてある場合は別)ので、8時間分はそのまま労働して問題ないですが、残り2時間分は、時間外労働となって割増賃金の支払い、つまり時給+0.25%分の支払いが必要となるのです。
ですので、児童クラブのように、極端に長い労働時間の日がある場合は1か月単位の変形労働時間制は便利ですが、同時に、「同僚職員や自分自身の都合で急な休みやシフト変更が多い」場合は、1か月でも1年でも、変形労働時間制との相性はあまり良くないのも事実です。これを防ぐには、「事前の休みはもれなくシフトに盛り込む」ことと「休みの予定が分かったら早めに申し出てシフト変更を行う」ことで対応してください。
<労働時間の管理その3:1年単位の変形労働時間>
児童クラブで変形労働時間制を導入する場合はこの1年単位変形を取り入れている事業者が多いようです。というのは、夏休みを極端な繁忙期である「特定期間」とすることで、集中して勤務時間を伸ばすことが可能となるからです。もっといえば、休日の日数もその期間は減らし、他の期間に公休日を増やせることができるからですね。
1カ月単位と異なり、厳格なシフト管理はさほど必要ではありませんが、それでも30日前までにシフトを決めておくことは必要です。また、日ごとや週ごとの労働時間に上限がない1か月単位とは異なり、1年単位変形では、1日10時間、1週間52時間の上限があります。この時間を超える勤務シフトは原則、組めないことになります。初めから残業ありきのシフトを組むことはおかしいですからね。(キャンプなどで明らかに勤務時間が10時間で足りないが、確信犯的に10時間でシフトを組んで残業必須、ということに結局はなりますが、そういう働かせ方が職員のモチベーションにどのように悪影響を及ぼすか、事業主は真剣に考えねば、事業主失格です)
1年変形で面倒なのは、これまた児童クラブで大変多い、年度内の途中退職です。年間単位で法定労働時間を超える、肥えないの判断をする制度ですから、年度内で退職する職員が出た場合、それまでの期間での判断が必要となります。4月採用の職員が夏に目いっぱい働いて9月末で退職する場合、めいっぱいシフトの勤務時間を伸ばしていたなら、後の期間で緩やかに調整して平均値を減らしておくはずが、平均値を減らせないままで退職となるので、かなりの時間外割増賃金の支払いが必要となります。
あまりにも職員の入れ替わりが激しい児童クラブ、事業者では、1年単位変形は導入を避けたほうが良いでしょう。必要以上の割増賃金支払が必要となります。ただし、「しっかりと時間外割増賃金の清算をしてくれる事業者」であればの場合です。それすら行わないで知らんぷり、という程度の低い事業者の方が、多いのでは?という印象を私は持っています。というのも「変形労働時間?詳しくわからないから」という事業者が法人であっても多いですから。
いまは補助金によって給与計算含めて勤怠管理を外注(外部委託)するクラブも増えてきていますが、あまりにも職員の急な休み、出勤、シフトの変更が多すぎるのが児童クラブの働き方です。外部委託するとしても、多くの社会保険労務士はびっくりするでしょう。結局、面倒くさいことはしないということで、「違法に目をつぶってしまう」つまり勤務時間計算を「まるめて(=はしょる)」しまったり、正しい労働時間に見合った賃金支払をしないということになりがちです。それは不正ですし、たいていの場合、働く側、給料をもらう側が損をします。
よって、特に変形労働時間制を取り入れている事業者が給与計算を外部に委託する場合は、児童クラブ職員の働き方、勤務形態を熟知した人に依頼する、委託することとしてください。
<まとめ>
労働時間の適正な管理は、働く人の立場、権利を守ることであり、事業主、事業者側の安定した経営、運営にも資することです。どちらもトクをするはずです。それをゆがめたり適当に運用しようとするから、どちらかが損をする、ということになります。
児童クラブで使うお金のことを考えてください。そのお金は、通常は、「保護者からいただくお金」であり、「税金からなる補助金」ですよ。どちらも、1円たりとも無駄に使ってはなりません。児童クラブのために有効に使われなければなりません。必要以上に事業者の利益(=役員の報酬)に化けることは社会正義に反することです。無駄にお金を使わないために、適正な労働時間の管理がその第一歩、いわゆる一丁目一番地であることは、児童クラブに関わる全ての人が理解しておくべきなのです。
<おわりに:PR>
弊会代表萩原ですが、2024年に行われた第56回社会保険労務士試験に合格しました。これから所定の研修を経て2025年秋に社会保険労務士として登録を目指します。登録の暁には、「日本で最も放課後児童クラブに詳しい社会保険労務士」として活動できるよう精進して参ります。皆様にはぜひお気軽にご依頼、ご用命ください。また、今時点でも、児童クラブにおける制度の説明や児童クラブにおける労務管理についての講演、セミナー、アドバイスが可能です。ぜひご検討ください。
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放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、2024年7月20日に寿郎社(札幌市)さんから出版されました。本のタイトルは、「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。学童に入って困らないためにどうすればいい? 小1の壁を回避する方法は?どうしたら低賃金から抜け出せる?難しい問題に私なりに答えを示している本です。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。注文はぜひ、萩原まで直接お寄せください。書店購入より1冊100円、お得に購入できます!大口注文、大歓迎です。どうかご検討ください。
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現在、放課後児童クラブを舞台にした小説を執筆中で、ほぼ完成しました。とある町の学童保育所に就職した新人支援員が次々に出会う出来事、難問と、児童クラブに関わる人たちの人間模様を、なかなか世間に知られていない放課後児童クラブの運営の実態や制度を背景に描く小説です。新人職員の成長ストーリーであり、人間ドラマであり、児童クラブの制度の問題点を訴える社会性も備えた、ボリュームたっぷりの小説です。残念ながら、子ども達の生き生きと遊ぶ姿や様子だけを描いた作品ではありません。例えるならば「大人も放課後児童クラブで育っていく」であり、そのようなテーマでの小説は、なかなかないのではないのでしょうか。児童クラブの運営に密接にかかわった筆者だからこそ描ける「学童小説」です。出版にご興味、ご関心ある方はぜひ弊会までご連絡ください。ドラマや映画、漫画の原作にも十分たえられる素材だと確信しています。ぜひご連絡、お待ちしております。
「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、議員の方々、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。
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