滋賀県長浜市プール死亡事故で検証委員会による報告書が提出。重要な内容ですが学童保育運営支援の視点では残念

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。子どもの育ちを支える学童保育、保護者の安定した生活を支える学童保育、そして社会を支える学童保育を支援する「学童保育運営支援」の重要性と必要性を訴えています。学童保育の問題や課題の解決に向け、ぜひ皆様もお気軽に、学童保育に関するお困りごと、その他どんなことでも、ご相談やご依頼をお寄せください。講演、セミナー等をご検討ください。

 昨年7月26日に滋賀県長浜市で、学童保育所(正確には、放課後児童クラブ)の所外活動として行われたプール活動で小学1年生の児童が死亡した事案について、長浜市は第三者による事故検証委員会を設置し、事故原因等について検証を続けていました。その報告書が1月9日、長浜市に提出されました。報道記事を引用します。
「去年の夏、滋賀県長浜市のプールで学童クラブの小学1年生が溺れて死亡した事故について、市が設置した有識者による検証委員会は「学童クラブは子どもの泳ぐ力を把握していないなど危機管理や安全配慮の意識が希薄だった」などとする報告書をまとめました。」
「報告書では「学童クラブはプール活動の実施までに参加する児童の泳ぐ力を把握していなかったり、事故が起きた際の指揮命令系統が明確になっていなかったりするなど、危機管理や安全配慮の意識が希薄だった」と指摘しています。」
(以上、NHKの滋賀NEWS WEBより1月9日19時19分掲載)

 報告書の中核部分は上記記事にあるとおり、危機管理や安全配慮の意識が希薄だったという指摘です。長浜市役所が公表している報告書の41ページ部分から記載されています。そこには例えば、以下の指摘がされています。
・プール活動の安全に関するマニュアルはなく、実施している屋外活動に十分適用できるマニュアルとは言い難
かった。
・(マニュアルについて)支援員などの間で共有や活用がされておらず、実効性のあるものではなかった
・支援員などの間での事前打ち合わせが十分でなく、事故発生時の役割分担もできておらず、指揮命令系統が明確でなかった
・毎年利用しているからという理由で現地の下見を行っておらず、活動当日に参加する支援員がプールの構造や特徴及びプールの利用ルールを事前に十分に把握していなかった
・プール活動の実施までに、参加する児童の泳力や年齢に応じた特徴の把握や、参加児童数に応じた十分な監視体制の構築ができていなかった。

 まさにその通りだと私も思います。マニュアルの不備、マニュアルがあっても実効性がない、過去の特に事故事件が起きていないという経験値に基づいただけの活動計画、それゆえの安全管理体制の不備と、不備である状態にあることにすら気づかない、極めて低い安全管理への意識。これらはすべて致命的です。

 報告書は、とてもよくまとまっています。学童保育の運営に従事する者、管理運営を考える立場にいる者(現場クラブの施設長や正規職員は当然、含まれる)は必読だと私は思います。
 しかし、運営支援を掲げる私は、この報告書は「形式はとてもまとまっているが、学童保育の世界ゆえに起きた事故であるという認識を持たなかったことで、学童保育の活動で起きるかもしれない重大事故の再発防止に資する役割は限定的である」と判断します。

 その理由は、「なぜ、職員が、そのような行動を選んだか。それで良しとしたか」に関する追及と分析が、この報告書に欠けているからです。

 例えば報告書の10ページに、事故発生前後における事態の推移が時系列で報告されています。2人の支援員がプールに入って監視していたこと、亡くなった児童がプールに入ったところを支援員、アルバイトとも誰も見ていないことなどが記載されています。では、その当時、プールに入って監視していたという支援員は、「何をしていたか」について記載はありません。(もちろん、子どもと一緒にいたのは当然ですが、子どもと一緒にいて、何をしなければならないかと考えた上で、何をしていたのかが、記載されていないのです)
 それよりさらに重要なことで、「プールに入っていた支援員が実施していたという監視行動は、具体的にどのような行動だったのか」について、報告書には記載がありません。もっと言えば、支援員はプール活動における子どもの管理監督、監視、とりまとめ、それらについて、「何をすれば、子どもたちの安全を守ることができるかと考えていたのか」についての報告がありません。全体を監視する職員を専任で配置していないことも明らかになっていますが、なぜ全体を監視する職員を置かなくても良いと判断したのかについても、調査されていないようです。

 13ページに、児童が意識を無くした状態で発見されたとき、子どもや職員がどの位置にいたのかが分かるような図が掲載されています。プールサイドにいたとされるA支援員は、その時、なにをしていたのか、何を考えていたのか、報告書に記載はありません。プール内にいたB及びC支援員は、何をしていたのか、特に亡くなった児童と近いところにいたC支援員は、その時、何を最優先に意識して行動していたのか、報告はありません。

 つまり、支援員という職業に就いていたことから自然と身についてしまう思考、考え方、価値観と、それらに基づいた行動ということに踏み込んだ調査がないのです。私の想像では、学童職員は子どもと関わることを最も重要な要素とします。それは遊びであったり、話や感情に向き合ったりすることです。子どもとの対等なかかわりを尊びます。プールに一緒に入っても、少しは事故や異変が起きないように注意する気持ちはあっても、おそらくは子どもが楽しめているかな、子どもが喜んでいるかなということを主に気にしている「はず」です。子どもと関わるという意識に、子どもの身体の安全を最優先して守る行動が必要という意識は相対的に薄らいでいてもおかしくないだろうと、私は推測します。

 例えば、プールサイドにいたというA支援員は、どういう視点をもって、プールの様子を見ていたのか。もしかすると、「子どもたちは、楽しく遊んでいるかな。あ、あの子は楽しそうだ、この子はあまり他の子どもと関わって遊べていないな」など、「プール遊びを楽しんでいるかどうか」の視点をもって全体を見ていたとしたなら、泳げないことによる異変の兆候を見逃すことになっていたかもしれないのです。(報告書には、A支援員が子どもたちに行った注意事項を列記しています。そこに「思い切り楽しく遊ぼう」という声がけがあったと、されています)

 学童保育で働く職員、支援員の、こうした心理的な特質にも、調査が及んでいないことに、私は大変残念に思います。学童保育の世界は、はっきり言えば、特別に変化している世界です。人手不足が常態化していることもあり、かつ、何より「子どものために存在するのが学童であり、支援員の仕事である」という子ども絶対至上主義の思考が根付いています。「今、働いている職員数で、やりくりする習性が身についている。そのやりくりは、子どもたちを楽しませたい、喜ばせたい、その目的を実現するためのやりくり」が、当たり前であり、そのやりくりができることが素晴らしい支援員であるという考え方がはびこっている世界です。おかしいのです。通常なら、「この活動をする上で、この職員数では子どもたちの安全が確保できない。よって、活動を中止する。又は活動を変更する」という思考になるはずですが、学童の世界は。こどもを悲しませたくないという意識、子どもを楽しませることが学童だ、という意識や思考が先に立つので「どうしたら子どもたちが楽しめるかな、職員がしっかり何人分も働けばいいね」と、なりがちなのです。

 今回の報告書では、「監視に死角が生じており、プールの広さや児童数に見合う監視体制が構築されていなかったと言える。」(43ページ)とあり、職員数の決定的な不足による監視体制の不備にも言及されています。しかし根源にある、不足している職員数の中でどうすれば安全が確保できるかと職員が考えたその理由については、検証されていません。また、クラブを運営し職員を雇用して教育研修を施している事業者が、教育研修の過程において、支援員ら職員に、所外活動における子どもの安全管理について、どのような意識が重要であるかを示してきたのかについても報告はありません。つまり、「土台を調べずに、その上に載っている建築物だけを調べた」というのが、この報告書なのです。

・子どもファーストが、子どもの命や人権を守ることではなく、子どもを楽しませるという意識に誤解されている
・職員の行動の判断基準が、自分たちの活動レベルに子どもたちの活動を収めることを前提に組み立てられている
・学童保育の世界と、一般的な社会における、安全管理体制に関する意識との乖離

 この3点をに切り込まなかった点で、残念です。委員会の目的に、「本件事故の検証は、特定の組織や個人の責任の追及、批判及び関係者の処罰を目的とするものではない」とありますが、重大な結果をもたらしたことに、組織や個人の責任は切り離せません。職員たる個人が安全管理にどのような考えをもって普段からの育成支援に臨んでいたのか、また、職員にどのような安全管理の意識を植え付ける研修を組織は考え、実施してきたのかについての調査こそ必要なのです。支援員にも、事業者にも、安全管理に対して、どういう意識で、どういう行動をしたのかを調査し、報告することこそ、再発防止に資するための体質改善に役立つことです。

 またこれは各別に私の個人的な感想ですが、どうしても腑に落ちない表現があります。報告書の「はじめに」に記載されている文章に、「亡くなられたお子様は、本件事故をとおして、プール活動における安全性についての警鐘を鳴らしてくれた。」とあります。そんなことは絶対にないと私は思うのです。それは検証委員会に従事した方々の感想でしょうが、亡くなった子どもは、そんな警鐘を鳴らすために命を落としたのではない。無念で無念で納得がいかないまま亡くなったはずです。こんな無残で悲惨な事故はありません。警鐘を鳴らすためにという表現は、この手の報告書や報道記事にありがちな表現ですが、私は、亡くなった犠牲者に対して大変失礼な表現だと感じます。

 この事故は、この長浜市のクラブだけが持っていた特異的な状況が起こした事故ではないのです。学童保育の世界にはびこっている意識が招いた事故だと私は考えていましたし、いまもそう考えています。一刻も早く、学童保育の世界に根付いているであろうその体質を変えねばならないのです。

 育成支援を大事にした学童保育所、かつ、社会に必要とされる学童保育所を安定的に運営するために「あい和学童クラブ運営法人」が、多方面でお手伝いできます。弊会は、学童保育の持続的な発展と制度の向上を目指し、種々の提言を重ねています。学童保育の運営のあらゆる場面に関して、豊富な実例をもとに、その運営組織や地域に見合った方策について、その策定のお手伝いをすることが可能です。

 子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。萩原は2024年春に「知られざる学童保育の世界」(仮題)を、寿郎社さんから刊行予定です。ご期待ください!良書ばかりを出版されているとても素晴らしいハイレベルの出版社さんからの出版ですよ!

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