学童保育の信頼を損ねた広域展開事業者による職員の架空配置(水増し報告)。報告書に見た「絶望の内容」とは

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。子どもの育ちを支える学童保育、保護者の安定した生活を支える学童保育、そして社会を支える学童保育を支援する「学童保育運営支援」の重要性と必要性を訴えています。学童保育の問題や課題の解決に向け、ぜひ皆様もお気軽に、学童保育に関するお困りごと、その他どんなことでも、ご相談やご依頼をお寄せください。講演、セミナー等をご検討ください。

 学童保育業界に衝撃を与えたワーカーズコープ・センター事業団による職員数水増しによる補助金の不正受給問題について、昨年(2023年)12月28日に、第三者委員会による調査報告書が事業団に提出されました。報道記事を引用します。
「全国で児童館や学童クラブなどの管理・運営を受託している「労働者協同組合ワーカーズコープ・センター事業団」(本部・東京都豊島区)が、東京都内の複数の区に職員数を水増しする虚偽の報告をしていた問題で、同事業団は28日、第三者委員会による調査報告書を公表した。事業団によると、全国9自治体の38事業(うち都内は7区32事業)で虚偽報告をしていた。不正に受給した委託料は各自治体と協議のうえ、今後返還するとしている。」
「事業所や現場の職員は虚偽だと認識していながら、「職員不足のほうが問題だ」ととらえ、実態と異なる報告を黙認していた。」
(以上、朝日新聞有料記事より2023年12月28日21時00分)

 報告書の概要を見ました。まず、事実と異なる内容を行政庁に報告していた行為を、「不適切報告」と「重大な不適切報告」の2つに区分しています。不適切報告とは、「勤務実態と自治体への報告内容との間に齟齬があり、報告作成者が齟齬を認識していたか、認識できる状況にあった場合」としています。そして、「重大な不適切報告」になると、「不適切報告において勤務実態と自治体への報告内容との齟齬が大きく、悪質と認められる場合」と、定義しています。
 そして概要に記載された「総評」では、「不適切報告及び重大な不適切報告は総じて法人全体、事業本部単位等で組織的に行われたものではなく、一部の事業所ないし現場が個別に行ったもの」と結論しています。

 これらの行為の原因として4つ指摘しています。
① 人員不足、それに対する法人全体としての取り組み不足。
② 自治体とのコミュニケーション不足。
③ 法人本部・事業本部・現場におけるコンプライアンス意識の低さ。
④ 法人本部・事業本部による現場の管理体制の不備。

 報告書(本体)には、人員不足について21ページに記載があります。不祥事の主な舞台となった東京都新宿区内の事業所に関する記述です。
「平成27年に落合第4小学校の現場を受託することになって以降人手不足が深刻となり、平成29年からは大量の退職者の発生などの要因も加わり、通常の採用活動では人を確保できず、名義貸しによって不足人数を埋めなければ配置人数を充足することは到底困難な状況となっていた。
 以前には、紹介派遣を利用したこともあった。紹介派遣の方が職員を採用できる可能性はより高いが、コストが高く原価率が上がり一時金の支給率が下がったことがあった。事業本部経費で採用費用を捻出することを現場から求めたが、事業本部が事業本部経費を使用することを拒否したため実現しなかった。
 このような絶望的な人員不足は、もはや現場で対応することは難しく、全社的に取り組む課題といえる。(以下略)。本件虚偽報告の原因の一つが深刻な人員不足にあったという事実は明らかである。」

 ここに「絶望」という文言が出てくるのです。

 私の感想です。この事案そのものが残念ですが、優秀すぎる弁護士の方々があつまった品位の高い報告書ゆえに、物事の指摘に慎重な言い回しが多く、もっと歯切れのよい結果分析であればよかったと思います。その中で、先に紹介した「絶望」という文言がより目立つ結果となっています。

 具体的な点で気になったことが3点あります。まず1点目は、コンプライアンスの絶対的な欠如です。報告書には、令和4年までコンプライアンス研修が行われていなかったと指摘しています。この年にワーカーズコープは、保育所運営に関して2,000万円の補助金返還となる不祥事を起こしたということです。報告書では、この返還も今回の事案と同様の職員数不足が原因となっていたということですが、前例があっても再発防止策の構築がまったくできていなかったということはあまりにも稚拙です。全国各地で事業展開を行う巨大な組織ですが、全体的にコンプライアンスへの意識が薄かったということは、信じられないほどです。

 2点目は、人員不足への対応について。人員不足の解消を現場任せにしていたことです。報告書では、職員数水増しの主な舞台となった東京都内のことについて、現場からの再三の要請を上位組織である事業本部が、名義貸しの件を報告したメールを受信していたことなどから不正を把握し黙認していたと指摘しています。しかも、メールの送付先である事業本部の管理職がそろってヒアリングで名義貸し名簿の存在を「知らない」と供述したことを、報告書では「信用性がない」と厳しく断罪しています。職員数不足の解消を現場から何度も要望されたのに取り合っていなかったことも報告されています。「本件のような極限的な人員不足は現場では対応困難であって、事業本部で対応すべき事案である」と指摘しているのです。
 職員の採用は事業者として取り組むべきことです。それを現場に押し付けていた組織統制のあり方は、ひどすぎます。ガバナンスも機能していません。それはもちろん、コンプライアンスが大事だと思われていなかったからです。

 3点目。職員数水増しという不正を直接に行った現場の行為は厳しく問われますが、この巨大な組織は、どうして現場を救おうとしなかったのか。つまり、組織として、何を大事にしたかったのかが全くうかがえないことがどうしても理解できません。そもそも働く人の権利を大事にしようとする理念で存在している組織です。令和4年からは、新たに制度が整った労働者協同組合に移行したばかりです。しかし、報告書を読む限り、面倒なことはすべて現場での解決を求める組織の体質がうかがえます。
 私は、「絶望」だったのは人員不足だけでなく、現場を救ってくれない組織に対して職員も「絶望」していたのだろうと思い、心が痛みます。

 学童保育の世界の人手不足は全国すべての地域で共通する難問です。人手不足を招く原因は賃金を高く設定できないことにあり、その原因の1つは収入に限りがあること、つまり補助金が少ないことです。その点、制度上の原因なので事業者だけで完全に人手不足を解決することはできないと私は考えます。(最も、株式会社が指定管理者として施設の運営を任されているパターンですと、利益を確保した結果、低い賃金水準しか設定できないという構造となり、それも大問題です)
 しかし、絶望的な人員不足に際して、少なくとも行政と取り決めた配置基準を守れる程度の人員の確保は、組織を挙げて取り組めば実現に至った可能性は高いと考えます。また、当然ながら、組織として行政に事実を報告し、必要な対応について協議を申し入れること、協議することも必要です。
 もちろん、当初から過大な補助金を得るという目的でなはく、人員数について虚偽の報告をして、その結果として交付される補助金を得ることでも、どちらも不正受給には違いがありませんから、絶対にあってはなりません。

 ワーカーズコープは前にも記載した通り、全国各地で放課後児童クラブや児童館の指定管理者となっています。今回のこの不祥事で、全てではないでしょうが、指定管理者の公募に応募できなくなる事態になっているようです。それはつまり、他の、株式会社系の広域展開事業者にとってビジネスチャンスともなります。それは現状、「学童保育の貧困」の拡大を意味することになります。

 学童保育の広域展開事業者にて雇用される学童職員はもれなく低賃金を余儀なくされる現状である以上、今回の不祥事でワーカーズコープが撤退した空白地に株式会社の広域展開事業者がチャンスとばかり進出することは容易に想像できます。こうして、全国にまた学童保育の貧困が広がっていきます。それを思うと、この事案は単なる一つの事業者が招いた不祥事ではなく、学童保育の世界に致命的なダメージを与えた不祥事になるでしょう。私は大いに危惧しています。

 育成支援を大事にした学童保育所、かつ、社会に必要とされる学童保育所を安定的に運営するために「あい和学童クラブ運営法人」が、多方面でお手伝いできます。弊会は、学童保育の持続的な発展と制度の向上を目指し、種々の提言を重ねています。学童保育の運営のあらゆる場面に関して、豊富な実例をもとに、その運営組織や地域に見合った方策について、その策定のお手伝いをすることが可能です。

 子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。萩原は2024年春に「知られざる学童保育の世界」(仮題)を、寿郎社さんから刊行予定です。ご期待ください!良書ばかりを出版されているとても素晴らしいハイレベルの出版社さんからの出版ですよ!

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