放課後児童クラブの「保護者会」は任意参加、「やれる人が参加」する時代になっていく。職員に必要なスキルは?

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)の保護者会(父母会)のあり方を根本的に考え直す時期に来ていると私は考えています。強制参加の保護者会ではますます児童クラブが弱体化すると考えているからです。
 ※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。

<強制参加の保護者会における問題点>
 放課後児童クラブに欠かせない(と半ば常識になっている)保護者会。私も保護者会が活発に活動してクラブ運営を支える役割を担っていた保護者会の役員を、会長など様々な立場で5年間務めました。保護者会が果たしてきた役割を自分なりに理解してきました。その楽しさを含めて。
 しかし今、冷静に考えると、保護者会のあり方を根本的に問い直し、改めてこれからの時代の保護者会のあり方を構築するべきだと考えています。

 それは「強制参加」という名目で多くの保護者を追い詰めている実態の解消が必要だと考えているからです。よくPTAに関して強制参加は憲法上の権利を主張して強制参加は憲法違反だ、と訴える方がいます。私はそこまでせずとも、児童クラブ保護者会への強制参加には利益より不利益が大きいと考えており、強制参加させる方が不合理であるので強制参加の慣行は辞めるべきだという立場です。要は「やりたい人がやればいい」という立場です。

 強制参加の不利益とは、私が考えていることは次の通りです。
・日々の生活における時間的な余裕がない保護者を強制参加させることで、さらにその保護者の子育て生活を圧迫する。機会の平等をうたう保護者会が結果的に子育て生活の厳しさを加速させる。
・強制参加というお題目があるがゆえに参加者に係や役員という「立場」を与える必要があり、「任務があるから立場が必要」ということではなく「人を処遇する立場が必要で、立場に必要な任務を考える」という本末転倒な状態になる。すでに役割を終えて必要がない役職や活動についても存廃について合理的に検討を加える機会を遠ざけている。
(なお、児童クラブの事業運営を全部又は一部でも担う立場にある保護者会に関しては、本来は児童福祉サービスを受ける立場である保護者に「管理運営責任、使用者責任を担わせ、万が一の場合の損害賠償責任をも負わせることにつながる」という問題があります。それは重大な問題ですが、本日のブログの内容においては取り上げません。)

 ややこしく考えなくても、「仕事と子育てを両立させるために学童に入ったのに、学童の仕事に追われて時間がない。食事も子どもの宿題を見るのも時間がなくて夜遅くにずれこんでしまう」という子育て世帯があるなら、子育て世帯の子育て支援のはずの児童クラブが逆に子育て生活を大変な状態に追い込んでいることの不合理さについて、真剣に考えていかねばならない、ということです。

<保護者会の本質を見誤っていることが問題だ>
 保護者会の必要性を訴える人は、えてして「クラブにおける様々なことを保護者が分担して担うことで、クラブ職員の負担を減らさなければならない」と言います。また「クラブで保護者同士がつながる、連携することで、共同の子育てをする。そのためにも保護者会が必要だ」とも言います。

 まず、児童クラブが安定して運営していくために必要な様々なことを保護者が分担してこなしていくことについて考えます。それは2つの点で解消できると考えています。「事業運営に必要なこと=業務上欠かせないことであれば、それはクラブ運営事業者が行うべきだ」ということと、「業務上欠かせないことではなく、クラブにおける子どもの生活に関しての快適性向上や利便性向上に関することであれば、それは希望者を募り、任意の参加者で担うべきだ」ということです。
 運営事業者が行うこととなれば、場合によっては保護者の経済的な負担が増える可能性も当然あります。例えば、施設の整備点検を保護者会が無償で行っている場合です。ちょっとした草むしりぐらいならともかく、穴が開いた箇所を保護者が修繕する、エアコンの掃除をするとなっている場合、本来は施設の整備点検は事業者が行うものですから、事業者が行うこととしたとき、業者を依頼するために追加で予算が必要となるでしょう。それを保護者世帯が負担するのは、それはやむを得ないということです。
(もし、保護者が毎月支払う利用料を増やしたくない、けれども状況を良くしたいというのであれば、保護者が自分たちで、手弁当でやるしかありません。私たちはお金は出さない、でも事業者が業者を頼んでやってほしい、というのはできません。出したお金の範囲内で維持されるその状態を受け入れるべきです。もちろん、国や行政がお金を出すべきだと保護者が要求することはむしろ当然でしょうが)
 事業者が予算を出すまでもないこと、事業の本質に関わらないことは、クラブを利用する保護者が「する、しない」を考えて行動することです。子どもたちがクラブの外へ出かける(いわゆる所外保育)ときに、保護者が付きそうとした場合が典型例です。保護者会で「行事係」を決めておき、所外保育の付き添いをする人を事前に決めておくこともあるでしょう。私はそれは、「やれる人がやればいい」という考えです。なんで事前に係を決めておくのか。それは参加してくれる保護者がいなくなることを心配しているからでしょうが、保護者を「あて」にしていることが問題です。職員たちの引率、安全管理で可能な範囲での行事にすればよいだけです。「それでは、子どもたちが思う存分楽しめない」といっても「できる範囲の事しかやりません」となるだけです。「保護者は参加しません、職員たちだけでやってください、でも子どもたちには制約なく思う存分、所外で楽しませてください」というのは無理です。虫が良すぎます。もっとも、保護者がお金を出し合って臨時に誰かを雇って引率補助の仕事を行われる、というのであればまた別でしょうが。

 保護者同士のつながりや連携についてです。「それは強制的に会合に参加させることで実現できるのですか?」と問いたい。私はもちろん、児童クラブにおける保護者同士の連携については極めて重要と考える立場です。放課後児童クラブ運営指針にも保護者連携組織の役割が記されていますが、保護者同士が子どもの育ちについて、児童クラブにおける子どもの生活について、クラブ職員と一緒に考えて意見を出すことで、児童クラブにおける子どもたちの生活がさらに充実することは、とても重要だと考えています。さらには、子育てや、子育て生活についての課題や問題、悩み事を他の保護者仲間から得られるヒントや助力で解決できることは、子育て生活の負担や心配を劇的に軽減させることができます。悩みを打ち明けられることだけでも、気分は楽になるものです。
 ですから、児童クラブにおいて保護者同士が知り合いとなり、仲良くなり、いろいろなことを話せる関係となる保護者が増えること、増やせる機会ができることはとても大事です。しかしそれは「強制参加」でなくても容易にできることです。むしろ強制参加で、日々の生活にさらに余裕が無くなっている保護者に、「さあ、私たちが集まって子育て生活を充実させる方法を考えましょう」と言われても「だったら今すぐ会議を終えて家に戻らせてくれ」と言われるのがオチです。

 保護者会は何のためにある?保護者を必要とする場面は確かにあるでしょう。それは強制参加で割りあてることは本当に合理的ですか?本来は、「手伝える人」や「それは大事だから参加したいと思う人」だけで成り立たせることが重要なのではないですか。保護者「会」という「会」、それは組織体を指しますが、組織体が先にあるのではないのです。参加したい、必要だと思う、だから加わるんだという「人」がいることが大事なのです。その「人」が複数、恒常的に集まれば、それは組織体に変わっていくこともあるでしょう。

 これは、自発的参加、つまりボランタリズムです。無償(対価、報酬、見返りを求めない)で、自分を含めて他者にために役に立つことをしたい、環境や状況が好転するように尽くしたいという自発的な思いです。日本の社会はどうもボランティアというのは「私はボランティアでタダ(無料)で参加するから、その分、責任は負いませんよ。だってタダなんだから」「あの人たちはボランティアだから、あまり責任は負わせられないね」という誤った理解が広まってしまっていますが、本来は、自発的に参加ということのみの差であって、責任については報酬に反比例して負わなくてよい、ということではまったくありません。
 お金を受け取ろうが、受けまいが、責任を負うことは変わりありません。PTAにも言えることですが、自発的に参加した人は、参加していない人やまったく興味関心のない人の事も含めて、その範囲内にいるすべての人に最善の利益をもたらすような活動をしなければなりません。「タダで引き受けたのに誰も感謝しやしない」ことで他人に八つ当たりをするような性格では、とても務まらないほど崇高かつ重要な参加形式が、自発的参加であり、任意の参加であり、ボランタリズムなのです。

<保護者会任意参加時代のクラブ職員に求められるスキル>
 これはずばり「ファシリテーション」、つまりファシリテーターとして行動できるスキルです。児童クラブにおける子どもたちの過ごし方、成長の様子を児童クラブ側は保護者に伝える必要は必ずあります。普段の「おたより」や、お迎えに来た保護者への話しかけだけでなく、定期的に、(それは学年別でまったく問題ないのですが)保護者を集めてクラブにおける子どもたちの育ちについて、クラブ職員から情報を提供することは、私は今後も必要なことだと考えています。(むろんそれは組織体としての「会」である必要はなく、クラブ側が〇月〇日土曜日午後3時に集まってくださいという呼びかけで十分)

 保護者が年に3回でも集まる機会があれば(まして毎月又は2カ月に1回ぐらいの頻度で集まるのであれば)、クラブ職員は、保護者に対して、ただ「こんなことがありました、こどもたちはこうして過ごしていました」と伝えるだけではダメです。それは、保護者がその場にただいるだけです。クラブにおける子どもたちの成長や生活を、クラブ職員と保護者が「一緒に」考えるのであれば、クラブ職員側からの一方的な情報提供に陥ってはいけません。

 その場に集まった、つまり「出席者」である保護者をどうやって「参加者」にさせるか。参加者とは、「一緒に考えて、意見を出して、議論を形成していく」存在です。クラブ職員が一方的に話しかけるだけでは、クラブにやってきた保護者を参加者にさせてはいません。クラブの職員は、情報を提供する主催者でありつつ、その場の会合の進行における展開を工夫し、そこにいる人を話し合いの場に参加させるため興味関心をひきつけられるようにしなければなりません。

 人は、自分が「参加している=誰かのために必要な存在となっている」とき、役割を見いだせるものです。児童クラブにおける会合に、本来の意味で参加できたとき、児童クラブにおける自分の存在について意味があると信じることができます。それが重要なのです。その気付きを保護者にもたらせるか、もたらせないか、クラブ職員のファシリテーション能力が求められるのです。本来、放課後児童クラブで働く職員、支援員は、他者と交わることで任務を果たす仕事ですから、コミュニケーション労働者そのものです。よって児童クラブでの職員として優れた資質がある者は当然、コミュニケーション能力も高いはずですから、会合における出席者とのコミュニケーションにも不安はないでしょう。あとは、ファシリテーションに必要な技術を磨けばよいのです。

 クラブ職員がファシリテーターとして保護者を「引き込んで」いくことが可能となった場合、まず間違いなく、クラブにおける保護者の集まりは活発になります。職員が中心となって保護者同士の連携を構築していくのですが、ファシリテーターとして優秀な職員ほど、職員が中心にあると思わせず、実際にそういう立場に立つことなく、保護者同士の連携、つながりを構築することができます。
 こういう状態になれば、保護者の自発的な参加は大いに期待できることになります。それら自発的な参加者である保護者たちが必要に応じて協議相談して、何が必要であるか、不必要であるかの判断が(もちろん職員も加わって)できるようになります。参加していない保護者にも十分な利益がもたらせるように当然の配慮をしつつ、子どもたち及びクラブ全体の利益になるような活動方法を決め、実行することができます。
 そのような状態になって「やっぱり恒常的に保護者が集まっていろいろと決めたほうがいいよね」となれば、「真に必要な保護者会」が誕生することになるでしょう。強制参加の保護者会では見えない景色が見えているはずでしょう。

 クラブの事業運営に保護者会が関わっているとしても根本的に同じことです。保護者会運営の児童クラブであっても、「なんで毎年、会長が変わる必要があるの?」を考えてください。組織運営に興味関心があって、時間的に余裕があって、組織運営に関するスキルも備わっている人であれば、毎年、その人に担ってもらってもいいのです。「それでは、役員をやらない世代がでるし、無役のままで終わる人もいるから不公平」という意見ほど、ばかげた意見はありません。「やりたい人がやる。それで何が問題ですか?」です。自発的にやりたいということは先に述べたように、極めて重いものです。やりたければどうぞ。ただしやるのであれば、完璧にやってください、です。周りの人が「それでは引き受けてくれる人に申し訳ない」というのであれば、皆で相談して、何らかのお礼を提供すればよいだけ。事業運営に関する、つまり法的に責任を負う立場を自発的に引き受けているのであれば、私は利用料の免除など事業に関する負担の軽減を提供することが本旨だと考えていますが。

 <おわりに>
 強制参加というのは、「みんな参加することが平等」という誤った理解をもたらしている最悪の手法です。まして「今までやってきたんだから、次の世代も当然やるべき」というのは、単なる復讐劇です。私たちがこんなに苦労したのに、それがなくなるなんてありえない、という人は、己の器の小ささを恥じなさい。次の世代がもっと充実した児童クラブ生活を楽しめるようにすることが優れて理性的な人間の行動です。
 また、(強制参加を前提とする)保護者会こそ学童保育の発展を保障する、と主張する業界団体があるなら私は「あなたがたが固執してきたからこそ、保護者会に対する保護者の誤った認識を広めて嫌悪感を醸成させ、結果的に保護者を完全な顧客する営利の広域展開事業者による児童クラブ進出を結果的に手助けした。子どもの育ちを保護者が考える機会を作ることができる児童クラブ運営の機会を失わせてきたのは、あなたたち業界団体だ」と言います。学童保育の発端は保護者会運営クラブであり、その伝統を基盤にしてきたことは過去の事実として、「これまでやってきたことが正しい」と盲信し、自分たちの存立基盤を脅かされると勝手に思い込み、時代に即した運営の仕方を考えて実践してこなかったことは、重罪です。子どもの育ちを考えることができる児童クラブが絶滅しかかっているのは、業界団体の「自己の利益に固執した頑迷さ」であると私は言いたいし、言っていますし、これからも言っていくでしょう。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

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