学童保育は人手不足であり「人材不足」。資質、能力が十分な人ばかりではない現実。今しばらく我慢の時が必要

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。子どもの育ちを支える学童保育、保護者の安定した生活を支える学童保育、そして社会を支える学童保育を支援する「学童保育運営支援」の重要性と必要性を訴えています。学童保育の問題や課題の解決に向け、ぜひ皆様もお気軽に、学童保育に関するお困りごと、その他どんなことでも、ご相談やご依頼をお寄せください。講演、セミナー等をご検討ください。

 学童保育の世界は言うまでもなく人手不足です。人手不足とは、職員、社員、スタッフを雇いたくて募集をしているけれども応募してくる人が少なく、欠員状態となっている状態です。なお、人材不足は、職務を何ら不安なく遂行することができる優れた職員やスタッフが少なく、能力的に不安がある職員やスタッフで運営を余儀なくされている状態とします。当然、人手不足であれば人材不足に陥りがちですね。

 人手不足を嘆くと、SNSでは短絡的に次のような反応が返ってくることがあります。「給料が低いから人が応募しない。給料を高くできない会社の問題。そんな会社は潰れて、しっかり給料を払える会社が市場を担っていけばいい」。たぶん、社会で働いたことが無い人か、経営にまったく携わったことのない人が、「ぼくのかんがえるりそうのしゃかい」を夢見てまったく知的思考を働かせることなく吐いた意見ですね。
 人を雇わなければ事業は継続できないのは当然ですから、そのような状況の企業、事業者は、経営上、可能な限りにおいて賃金を上げて人を募集します。当たり前です。学童保育の世界だって同じです。問題は、その可能な限りまで引き上げた学童保育の世界の賃金の額が、世間一般の人から「魅力的だ」と思われないことです。可能な限りまで引き上げた賃金の額がまだまだ低いことです。つまり、引き上げられる賃金の額が高くないこと。なぜ高くないかは、「収入が限られる事業形態で、人件費に回せる予算が限られているから」という構造的な問題があるからです。

 どれだけ人手不足が深刻なのか。東京都内の学童保育事業者がインターネットに掲載している求人広告を見てみます。杉並区内の事業者が常勤職員を募集していますが、「年収305万7600円~417万4800円」で、「月給20万8000円~28万4000円」、試用期間3カ月の間の給与と雇用形態に変更はない、という雇用条件です。これは学童保育の世界では優れた条件です。初任給20万8000円に、みなし残業代が入っているのかどうか定かではありませんし、物価が高い東京都内ですから、余裕を持って生活ができる賃金であるとは言えませんが、学童保育の世界で働きたいという人で、実家暮らしであれば安心して勤められるでしょう。しかしそれでもおそらく、人が集まらないのでしょう。まして、地方など別の地域で、額面15~17万円、つまり手取りで10万円台前半で募集をしている学童保育の事業者は、何年たっても人が集まりません。

 また致し方ないことですが、学童業界から比較的高い賃金条件であったとしても、離職者は必ず出てしまいます。マッチングの問題にはなりますが、学童保育の仕事は、突き詰めれば突き詰めるほど責任も使命も無限大に重くなる仕事です。子ども、保護者の生活、日常を支える仕事は責任感がそれだけ重いのです。その重さと、賃金や雇用労働条件を比べてしまって離職を選ぶことも、珍しくありません。もちろん、働くこととなった事業者の組織的な風土、社風、あるいは個々の職場の人間関係に悩んでの退職もごく一般的にあります。小人数職場における人間関係のこじれは、あっという間に退職にまで発展しますから。もともと、抜群に給料が高いわけではないですし、何より、「どの地域も学童保育は人手不足だから、ここを辞めても、すぐ次の職場が見つかる」という、雇用の流動性が極めて高いので、採用されてもすぐ離職、ということが当たり前なのです。

 厚生労働省が調べている求人状況をみてみます。学童保育所職員という調査項目はないので、比較的近い職種を挙げてみます。令和5年12月の有効求人倍率で、「介護サービス」は4.20倍、「生活衛生サービス」が3.40倍。なお、「サービス職業」全体の有効求人倍率は3.24倍です。介護の世界の人手不足はデータ上からも一目瞭然です。私が思うに、学童保育の職員は、介護サービスと同等またはそれ以上の人手不足だと感じています。

 このような状況がもう何十年も続いています。しかしもうそろそろ、この状況を打ち止めにしなければなりませんね。構造的状況を変えるために、粘り強く政府や社会に状況の改善を訴え続けることと、それをさらに強化することが必要です。来年度は常勤職員2人配置の補助金が新設されるようですが、それも、学童保育の現場の厳しい状況を訴え続けた結果、人手不足が深刻であると国が認識したことでその解消のために対応した施策です。ですから、改善点が必要なことは、粘り強く、かつ、大きな声で、社会に訴えていく必要があるのです。

 また、個々の事業者も工夫を重ねてなんとかこの人手不足であり人材不足である状況をしのいでいく必要があります。すでにもう続けていることとは思いますが、さらに何かできることはないか、考えてみましょう。
・仕事の中で、得手不得手がある、得意分野と苦手分野がある職員については、得意分野における仕事の量を増やす代わりに苦手分野は他者でカバーする。その組み合わせを考えた人事配置を行うこと。また職種も創設すること。
・社会人として優れた能力を持ちながら、種々の事情(扶養の枠や育児、介護等)で非常勤で働いている人がいるとしたら、その人の事情の範囲内においてであっても能力を発揮してもらえる地位や職種を用意すること。
・近隣の事業者と提携し、マッチングを強化すること。ある事業者では、なかなかその組織の目指す理念に溶け込めないとしても近隣の別の事業者にはピッタリ合うこともある。よって人事の相互交流制度を通じて職員、スタッフが少しでも満足した働き方ができるように努力する。

 学童保育業界では、新たに採用した人、特に中途の経験者に対して、すぐに「使えない」というレッテルを張ることが多いように私には思えます。子どもとなじむのに時間がかかる、事務書類の処理に時間がかかる等、数か月のうちに評価を定めてしまう傾向があるように思えます。人手不足が著しいがために、役立つ人材が欲しくてたまらず、採用後ほんのわずかな時間しかたっていないのに、役立つ人材のレベルまで到達していない段階ですでに「使えない」人材と決めつけるという風潮です。これは、事業者側に問題があります。
 学童保育の仕事は高度なコミュニケーション能力が必要な仕事です。つまりコミュニケーション労働ですが、誰しもコミュニケーションが得意とはいえません。もちろん、コミュニケーション能力が必要ですよ、と採用前にしっかり説明してそれを理解した人を採用しなければなりませんが、そうしてこなかった事業者には、コミュニケーションがあまり得意ではない人もいるでしょうし、応募してきた人が思っていた以上のコミュニケーション能力が求められて面くらっている状況もあるでしょう。また、書類の仕事が苦手な人もいるでしょう。しかしそれらは、事業者が研修で教えることでもあります。学童保育の事業者は、ある程度のレベルまで採用した職員を育てることを、どれだけ熱心にしているでしょうか。中途採用だから経験があるはずと、安易に考えていませんか?もちろん、採用された新人職員側にも、熱心に研修や勉強を通じて自分のスキルを伸ばすという意欲を持つことは必要ですが、極端な人手不足状況においては、事業者側の、新人職員を「使えるレベルまで、なんとか伸ばす」努力こそ、不可欠なのです。

 ちなみに、使えない職員を安易に辞めさせることはできないことを示す例があります。「片山組事件」と呼ばれるもので、最高裁判所の判決で、次のように示されています。(最高裁判所の判決は、法令と同じく、社会が守らなければならない規範力を持ちます。判例、といわれています)
「就業を命じられた業務について労務の提供が十分にできないとしても、他の業務であれば労務の提供ができますと職員側から申出があった場合は、債務の本旨に従った履行の提供がある(労働契約の趣旨に従っている)と解するのが相当である」。つまり、本来の仕事は十分にできなかったとしても「他の仕事ならできます」と職員が言っているときは、事業者としては「あなたはこの仕事ができないから辞めてください」と安易には言えない、ということです。要は、配置転換でその者が働ける職場があるかどうかをよく考えなさい、ということです。正規職員が能力的に厳しいのであれば、準正規職員のような職種を作って(当然、職務に応じて賃金は下がるでしょうが)、その者が十分な経験を積むまで育てていく、ということです。

 長い目で見れば、学童保育の世界も、わずかずつですが雇用労働条件は改善しています。残念ながら、営利の広域展開事業者は企業の主目的である利益の確保が最優先のため職員の雇用労働条件は決して優れたものではなく、しかもそのような職場が増えていますが、労働市場の単純原則で、「ひどい雇用労働条件のところには、なかなか人が集まらない」のですから、ひどすぎる雇用労働条件である限り、事業を満足に行えるだけの職員数が揃わず、結果として事業者の事業遂行能力を問われることになります。そうなれば、賃金は上げざるを得ないでしょうし、次の指定管理者選考においては、そのひどい運営実績に対する厳しい評価で次の指定管理者に選ばれない、ということもあるでしょう。地域に根差した学童保育の運営事業者は、多くが非営利ですから、その利点を生かして、すこしでも職員の雇用労働条件を改善させることは、営利の広域展開事業者との差別化になります。

 種々の工夫、それは人件費の効果的な分配方法に尽きますが、それを駆使しつつ、補助金の状況が徐々に改善していくまで、我慢しながら運営を続けていきましょう。人を育てることが、学童保育事業には大事ですから。

 育成支援を大事にした学童保育所、かつ、社会に必要とされる学童保育所を安定的に運営するために「あい和学童クラブ運営法人」が、多方面でお手伝いできます。弊会は、学童保育の持続的な発展と制度の向上を目指し、種々の提言を重ねています。学童保育の運営のあらゆる場面に関して、豊富な実例をもとに、その運営組織や地域に見合った方策について、その策定のお手伝いをすることが可能です。

 子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。萩原は2024年春に「知られざる学童保育の世界」(仮題)を、寿郎社さんから刊行予定です。ご期待ください!良書ばかりを出版されているとても素晴らしいハイレベルの出版社さんからの出版ですよ!

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