保育所などで相次ぐ「一斉退職」の報道。放課後児童クラブにも起こりうること。事業者の姿勢が今こそ問われる

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。子どもの育ちを支える学童保育、保護者の安定した生活を支える学童保育、そして社会を支える学童保育を支援する「学童保育運営支援」の重要性と必要性を訴えています。学童保育の問題や課題の解決に向け、ぜひ皆様もお気軽に、学童保育に関するお困りごと、その他どんなことでも、ご相談やご依頼をお寄せください。講演、セミナー等をご検討ください。

 最近、保育所などで職員が一斉に退職するというニュースが相次いでいます。この年度末の時期に職員がまとまって退職するということは極めて異常事態です。報道を紹介します。

「大阪堺市にある認定こども園で常勤の保育士のほとんどが今月末で一斉に退職の意向を示していることが市や園への取材で分かりました。市と園は子どもたちの受け入れが難しくなるおそれがあるとしています。(中略)園によりますと、園長を含む常勤の保育士12人のうち園長を含む10人が今月末で一斉に退職する意向を示し、園を運営する社会福祉法人に退職届を提出したということです。保育士らは、運営法人の一部の役員によるパワーハラスメントなどの不適切な対応があり、子どもたちを預かる環境が整えられていないと訴えているということです。」(NHK NEWS WEB 2024年3月14日 18時16分)

「宮城県登米市にある認定こども園で、2月から3月にかけて保育士の半数以上に当たる10人が退職したことがkhbの取材で分かりました。県と登米市は、保育の態勢に問題が生じないかなど園に聞き取りを行っています。(中略)県や登米市によりますと17人の保育士のうち2月に1人、3月9人の計10人が退職しました。こども園では0歳児から5歳児まで約100人を預かっており、保護者の間に不安が広がっています。」(khbニュース 3/21 (木) 11:40)

「掛川市千羽の(注:固有名詞は伏せて引用します)保育園の大半の保育士が、3月末で退職する意向であることが、市などへの取材で分かった。園は新規採用を増やして運営を継続する。市によると、教育方法などを巡る園の改革方針と保育士らの意見の相違などから、19人のうち15人近くが辞める見込み。市は2月下旬に退職希望者が10人以上いることを把握し、3月12日に指導監査を実施。13人の新規採用で4月以降も運営できる基準を満たしていることを確認した。 保護者にも不安が広がり、19日までに8人が市の転園手続きを済ませた。」(中日新聞2024年3月20日 05時05分 (3月20日 05時05分更新))

 また昨年春にも東京都小金井市の認可保育園でも、在籍する常勤保育士の7割が出勤しなかったため臨時休園したと報道が相次ぎました。堺市の件では、運営法人のトップが職員を「コマ(駒)」呼ばわりするなどパワーハラスメントがあったとも報道されています。

 保育所やこども園の運営は株式会社や社会福祉法人、学校法人が多く、保護者会やNPO法人が多い放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)とは運営主体の形態がまったく似ている訳ではありませんが、社会福祉法人が保育所とあわせて児童クラブを設置しているクラブは珍しくありません。また保護者会、NPO法人という組織形態が、職員の一斉退職を防ぐ特別な仕組みがあるわけではまったくありません。

 職員の一斉退職は当然ですがすべからく、「もうこの組織、この会社では働けない。無理!」と職員の我慢の限界を超えたから生じます。異様な職場環境や劣悪な雇用条件が要因です。職員数の欠員が常態化して業務量が過大となった状態が続いたことによる職員の疲弊、経営陣や管理職による恣意的な組織運営が典型的でしょう。そしてもちろん、低賃金がさらに職員の一斉退職を促します。

 これらのことは、放課後児童クラブの世界が、まったく無縁であると言い切れますか?断言します。学童の世界にそっくりそのまま存在しています。ただたまたま、報道されていないとか、「普段からあまりにも職員の退職がありすぎて、人手不足が当然であり、ニュースにすらならない」という状態でしょう。しかし、同時期に多くの職員が退職することになって事業の運営が不可能になることにでもなれば、いまや小学1年生の約半数が利用する、社会インフラとして重要な存在となった児童クラブですから、保護者の育児と仕事の両立が困難になる事態が生じたら、大騒ぎになって当然です。また保育所やこども園と同様、職員の配置によって補助金交付の条件が設定されている業態である以上、職員の一斉退職は事業運営にとっても大ダメージです。

 私は学童業界における懸念として、保護者運営やNPO法人という運営形態と、営利の広域展開事業者による企業参入の2パターンにそれぞれ、職員の一斉退職を招きかねないリスクの存在を感じています。

 前者の保護者運営やNPO法人における運営の特徴は、運営に当たる人物(主に役員)同士の人間的な関係、それは信頼感や使命感、理想を共有することによる「つながり」を原動力に、事業運営という難しい任務に向き合っているということがあります。いわゆる「ゲマインシャフト」的な要素が基盤にあると私は考えています。極端にいえばルールによる統治よりも「運営に従事する人間同士の関係、つながり」による統治、ガバナンスです。これらは往々にして、「おなじ世界観や使命感、組織運営に対する方向性への理解を共有できるか否かによって、仲間であるか、そうではないかを判断されてしまう」という状況を生みます。もし、職員が、運営方針や業務方針に異なる意見を発したときに、異端として排除されるという危険性をはらんでいるのです。実際、何よりもルールやコンプライアンスを重視して組織運営にあたってきた組織のトップが、「仲間同士で仲良くやりたい、もっと楽して運営したい、そこまで市民や保護者に尽くす必要なんてない」という社会奉仕の精神より自分たちの利益や欲望を優先する役員たちに追い出されるという、ガバナンスがまったく機能せずコンプライアンスがまったく守られないという不正な状況に陥っても平然としている、呆れた組織すら存在しているのですから。
 仲間同士で仲良く運営というのは、それが法令違反にならない状態で機能されているのであれば問題は表面化しないでしょうが、雇用労働条件の改善や法令の変化に伴う動きにも、前向きに対応するという意欲を欠きます。仲間でぬくぬく運営できていれば、無理に組織の運営の仕方を変える必然性を感じないからです。利用者からの負担金や補助金を交付されて児童クラブという事業運営を行うことは立派な事業でありビジネスです。ビジネスは人治ではなく法治でなければなりません。堺の事案はまさに法治ではなく人治ゆえに起こったものでしょう。その点、学童の世界にも十分、起こりうることです。

 そして営利の広域展開事業者の運営でも、同じように職員の一斉退職が起こりうる危険性があります。この場合はひとえに、職員の待遇のあまりにもひどい状況の放置が原因となる可能性があると指摘しておきます。営利の広域展開事業者は補助金ビジネスとして利益を確実に確保することを至上命題とします。そのため、職員数の配置もギリギリまで抑え、当然、職員個人に費やす人件費も抑制します。つまり「人手不足で、給料も安い」という状況が固定化しています。ワーキングプアが常に存在しています。しかも、NPO法人や保護者会とは正反対に「極端な法治主義」です。とても現実の運営に即しているとは言えない硬直化した社内ルールを持ち出して「それは規則にない」「そういう決まりはない」ということで現場の要望や依頼をことごとく跳ね返すという状態が横行しているといいます。現実に、都内で補助金の不正受給をした広域展開事業者(その事業者は非営利でしたが構造は同じ)の不正に関して外部の調査委員会がまとめた検証には、現場の苦境を上部がとりあわない実態が暴露されています。
 状況は違いますが、営利の広域展開事業者が新たに指定管理者に選定されたり事業委託で受託者に選ばれた際、それまで別の事業者が運営していた児童クラブにて勤務していた職員を引き継いで雇用しなければ、事業の安定した引き受けはできません。その際、充実した雇用労働条件や職場環境を、新規の事業者が提案できなければ、それまで勤務していたクラブ職員は新規事業者への採用を選ばずに一斉に退職します。これもまた、一斉退職による事業継続への重大な影響でしょう。学童の世界は今後、このパターンが増えていく可能性が高いでしょう。実際、宇都宮市で起きた事例ですし、愛知県津島市でもこの構図に似た状況に陥っていた可能性があります。

 先日、旧ツイッター(X)に、児童クラブ職員からと思われる方からの気になる投稿がありました。「法人と市が癒着している。現場の状況を無視している。トラブルが起きてからでは遅い」という内容です。これは私に言わせれば、大変危険な状態です。何が危険なのか。法人と市の癒着が危険、というものではありません。職員が、法人の運営姿勢を理解していない、知らされていないことが危険なのです。職員が、自分を雇用している会社、組織の運営方針を知らない、共感していないということは、職員が悪いのではありません。そういう状況にしている会社、法人組織の運営方法に重大な欠陥があるのです。そして、職員が自分を雇用している組織に対して信頼を持っていない、理解をもっていない、そういう状況が積み重なると、職員の一斉退職という最悪の結果を招きかねないのです。

 職員一斉退職による事業運営の困難な事態は、安全安心な子どもの居場所を提供できないことによる不利益、保護者の仕事と子育ての両立の生活を脅かす不利益と、絶対に起こしてはならない事態です。一斉に退職しないで数人の退職で直ちに事業運営が困難にもなるほど、小規模や零細規模の事業者が多い学童業界でもあります。確実に職員の大量退職は防がねばなりませんし、それは事業運営に当たる役員の手腕にかかっています。ガバナンスを最重要と考えてコンプライアンスを常に最優先した事業運営を行うことですが、工夫も必要です。その工夫については次回以降にご紹介していきましょう。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。

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