<運営支援ブログミニ35>ある放課後児童クラブ(学童保育所)職員の思い出。現実に絶望し理想を追った。
放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)の運営者と働く職員をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表で「あい和社会保険労務士事務所」の萩原和也です。放課後児童クラブ(学童保育所)運営支援アドバイザーであり、放課後児童クラブの労務管理や事業運営をサポートする社会保険労務士です。
今回はミニ版。わたくし萩原は何人もの素敵な、素晴らしい児童クラブの職員と出会ってきました。その中でとりわけ鮮烈な記憶が残っている、ある元職員のことをつづります。
(※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。)
<こどもがどこにもいない>
わたくしが放課後児童クラブを運営する非営利法人の主宰者だったころ。新緑がまぶしい時季、遠い地に住む学生から「将来、学童で働きたい。ついては見学をしたい」というメールが届いた。私にはその送信者の名前に心当たりがあった。こどもたちの活動を支える社会学の実践研究者から「もしかしたら相談が届くかも」と事前に知らされていたからだ。まだ「こどもまんなか」なんて言葉なんて存在しないころ、こども本位の居場所を作るために奮闘していた実践者として知る人ぞ知る人の家庭に育っていた彼だった。
近くにホテルを借りて数日間の見学となった。私がとある学童に彼を連れて行った。職員同士の打ち合わせの時間帯からこどもが登所して多くの保護者が迎えに来るまでの数時間、学童で過ごして実際の学童の業務の様子をつぶさに見てもらうことにしたのだ。「わざわざ埼玉まで学童の見学に来るということはそれ相当の決意は持っているだろう」と私は思った。ならば全部見てもらおう。進路を決める判断材料になればよいと考えた。
さて夕刻、彼を迎えに行った。初めての体験で気も高ぶっていたように見えた。その時にはひととおり感謝の言葉を口にしていた。翌日の午前中、運営本部事務局で彼に話を聞いた。「どうだった?」と尋ねる私に彼は何ら躊躇することなく言ってのけた。「こどもがどこにもいませんでした」。
(それは面白い)と私は思った。「どういう場面でそう感じた?」と私は尋ねた。彼はそう聞かれたかったのだろう、「夏休みの学童キャンプに向けてクラブの歌を決めようという時間があったんです。先生は最初、みんなで決めようと言って、歌決めに入ったんですよ。で、こどもたちがあの曲がいい、この曲がいいとどんどん意見を出したんです。そうしたら先生が、あの曲は難しい、その曲はちょっとね、と言ってこどもたちが挙げた曲にどんどんダメだしするんです。結局、先生が言った曲がキャンプの曲になったんです。この曲でいいよね、と先生が言ったとき、こどもたちの顔は笑顔じゃなかったですよ」と堰を切ったように話し出したのだった。まるで心の中のあふれんばかりの思いを早く外にぶちまけたかったのだろう。(昨日の高揚感に見えたものはこれだったのか)と私は振り返った。
見学の数日を終えて彼は故郷へ戻っていった。その時、私は彼に言った。「いろいろ不可解なことが見えたかもしれない。もしその気があるならあえて飛び込んでみてくれないか」
のちほど履歴書が届いた。翌春、彼は正規職員として埼玉の児童クラブで働くことになった。法人は制度として市内居住と市外居住で住宅手当の額に差をつけていた。むろん市内居住の人を増やしたいため市内居住の住宅手当の額が高かった。そのことは当然、彼に説明してあったのだが、彼が借りたアパートは市外。といっても10メートルそこらで市内に入るような場所だった。そういうことにはとんと無頓着な彼だったが、こどものことについては何より熱く語る彼だった。
<現実を知る>
彼の親は、今でいえばこどもまんなかの意識を徹底的に具現化しようとする活動をしていた。メディアにも時々登場する知名度のある人だった。彼もこどもをとりまく現状や、こどもが直面する諸課題についてそれなりに知識を得ていた。それでも児童クラブの現場で目の当たりする子育ての現実、こどもの現実には驚きとショックの連続だったようだ。
「萩原さん、どうにも理解できないことがあります」と彼は言ってきた。働きだして2年目のことだった。「学童は本当にこどものためにあるんですか。こどもを縛り付けるだけの存在になっていませんか」。彼は真顔だった。
「もちろんこどものためにある。縛り付けているかどうかは、縛り付けられていると思うこどももいるだろうし、そう思わないこどももいるだろう。主観の話を客観的に語ろうとしても結論は出ないよ」と私は返したことを覚えている。
その時はその程度のやり取りで終わった。数日後、彼とコンビを組んでいる中堅の正規職員から相談があった。理論派の彼と、ある意味でフィーリング重視、その時々の周囲の人の気分をうまく折り合わせることが得意な情緒派の彼女とは、水と油であったので細かいところで行き違いはあったものの、あまりにも違うタイプであることでそれなりにうまくいっていた、ように思えた。2年目はどうやらそうもいかないことがこの相談で明らかだった。
「彼、こどもがしたいことを学童でやらせたいというんですよ。それはそう思うんです。でも学童ではできないこともありますよね。こども全員が全員、やりたいことがバラバラだったら職員はどうこどもの面倒を見ていけばいいのか。できませんよね。でも彼は、そうでもいい、こどもがやりたいことをやらせるのがこどもが過ごす時間に大事だって言うんですよ。どうしたらいんですか」
彼は何よりこどもの権利、人権を絶対的に重視していた。親もこどもの人権を何より守ることを掲げて活動していることも彼の主義主張に色濃く影響したのであろう。そのころの彼は「こどもがやりたいことを妨げられるのは、こどもにとって生きる権利を妨害されている」という考えに陥り始めていた。
「なあ、学童が守るのはこどもの安全安心というこども自身の存在そのものだよ。多くのこどもが過ごす集団生活の場所では、1人1人のやりたいことをすべてかなえるということは、どうしたって無理なこと。最大多数の最大幸福という観点で、100の満足は得られなくても80の満足を得られるような過ごし方を考える取り組みでやってみてくれないか」
私の話に彼は「現実にできないことぐらいわかってますよ。でも僕は納得がいかないんです」といつも繰り返した。
それでも仕事を投げやりにすることはなく、保護者たちからもそのひたむきな姿勢は高い評価を受けていた。「保護者のお父さんたちからよく飲みに誘われるんですよ」と笑顔を見せていた。それは2年目も変わらなかった。
「そりゃ、こどもにとって一番いいのは自宅で好きなだけゲームをしたり寝っ転がったり漫画を読んだりすることさ。それでは保護者が安心できない。万が一の事態を考えて、その万が一の事態になったときに取り返しがつかないことになるのは明白だから、そうはならないための学童ということだよ」と私は彼に話したものだが、もちろんそんなことは彼に受け入れらないことは分かっていた。ただ私は「学童はこどものためであり親のためでもある」という視点で話していて、彼は「学童で過ごすこどもの時間と、こどもにとっての学童の価値」についていつも考えていただけの違いだった。
<終焉>
彼なりに、こどもの過ごす場所はどんなものが理想なのかを児童クラブの仕事を通じて探していたのであろう。3年間務めたあと、彼は退職した。惜しいとは思ったものの、引き留めることはしなかった。「学童はとても大事な場所だというのがよくわかりました。ただそれが本当にこどもにとっていい場所であるかどうかは何とも言えません。今はいったんこどもと関わる仕事とは離れて、自分の考えがまた明らかになったら、こどもに関わる仕事に就くかもしれません」と話していた。理想と現実が常に自分の中で衝突しあっていた3年間だったということだ。こどものためってどういうこと? 学童でこどものいうことを聞いてあげられない自分の無力さについても悩む日々だったという。
風の便りで彼は結婚し、農業にいそしんでいるということを聞いた。とても安心したのを覚えている。もともと私の実家は農家がルーツであるだけに農業はとても過酷であることを私は知っている。それは自分の思うようには決してならないということだ。自然、気象は人間の思うようにはならない。しかしそれは農業において人間が全く無力ということでは決してない。人が手を入れることで、肥料や農薬を適切に使うことで収穫も品質も向上する。それはただの偶然ではなくて人間が考え、計算し、編み出した農法つまり理論によって導かれる。児童クラブだって同じことだと私は思っている。最終的には、実際に関わる人の姿勢であり向き合い方であり熱意である。もちろん人が人らしく安心して暮らせる土台は必要であるが。
そんなことからももう7、8年は過ぎた。児童クラブは当たり前に社会に存在し、多くの子育て世帯を支えている。社会の人に私は伝えたい。そこで働く人たちはただ単にこどもが好き、こどものためになりたいという思いで働いているのではない。こどもの幸せとは、こどもの権利とは何かを常に哲学者のように自身に問いながらこどもと、保護者と向き合っている職員だっている。社会が児童クラブに「子育ての代替機能」を期待するのは結構だが、そこで従事する生身の人間の深い思いにも時には目を向けてほしい。悩みぬいて児童クラブの職を離れる有望な人材だっているのだ。わたくしは、なかなか世間からとりあげられない多くの児童クラブ職員の献身的な活動こそ、現代社会が機能している根底にあると信じている。
(お知らせ)
<社会保険労務士事務所を開設しました!>
2025年9月1日付で、わたくし萩原が社会保険労務士となり、同日に「あい和社会保険労務士事務所」を開業しました。放課後児童クラブ(学童保育所)を中心に中小企業の労務サポートを主に手掛けて参ります。なお、放課後児童クラブ(学童保育所)に関して、労働関係の法令や労務管理に関すること、事業に関わるリスクマネジメント、生産性向上に関すること、そしていわゆる日本版DBS制度に関しては、「あい和社会保険労務士事務所」を窓口にして相談や業務の依頼をお受けいたします。「あい和社会保険労務士事務所」HP(https://aiwagakudou.com/aiwa-sr-office/)内の「問い合わせフォーム」から、ご連絡のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
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放課後児童クラブ事業を考えている民間企業の方へ朗報! 児童クラブ参入の手引きとなる「埼玉県 放課後児童クラブ新規参入スタートブック」が公開されました。全40ページ。フルカラー。冊子は2部に分けて埼玉県福祉部こども支援課のページで公開されています。なお本スタートブックは弊会が作成受託しました。
(前編)
https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/166938/r0803_houkago-jidou-club-startbook01.pdf
(後編)
https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/166938/r0803_houkago-jidou-club-startbook02.pdf
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「Wedge ONLINE(ウェッジオンライン)」にて2026年4月13日、「「こどもが学童に入れたから仕事も安泰!」なのか?小1、行き渋り、夏休み…いくつも存在する“学童保育の壁”とその対処法」という記事が公開、配信されました。(https://wedge.ismedia.jp/articles/-/40473)。わたくし萩原が編集部の依頼に応じて寄稿しました。ぜひご高覧ください。
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「一般社団法人あい和学童クラブ運営法人」は、引き続き、放課後児童クラブ(学童保育所)の一般的なお困りごとや相談ごとを承ります。児童クラブの有識者として相談したいこと、話を聞いてほしいことがございましたら、「あい和学童クラブ運営法人」の問い合わせフォームからご連絡ください。子育て支援と児童クラブ・学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と児童クラブ・学童保育担当者の方、議員の方々、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。
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(ここまで、このブログをお読みいただきありがとうございました。少しでも共感できる部分がありましたら、ツイッターで萩原和也のフォローをお願いします。フェイスブックのあい和学童クラブ運営法人のページのフォロワーになっていただけますと、この上ない幸いです。よろしくお願いいたします。ご意見ご感想も、お問合せフォームからお寄せください。出典が明記されていれば引用は自由になさってください。)
