「日本版DBS」法案が国会審議入り。実施に向けて必要なこと、肝に銘じなければならないことがある

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。日本版DBSといわれる通称「児童対象性暴力防止法案」が9日、衆議院で審議が始まりました。政府は今の国会で成立を目指すとしています。いずれ成立するでしょうから、放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)は制度実施に向けて備えなければなりません。
 ※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。

<日本版DBSとは>
 まず日本版DBSの概略と現状を紹介するために、国会審議入りを報じた報道記事を引用します。
「子どもに接する仕事に就く人に、性犯罪歴がないか確認する制度「日本版DBS」を導入するための法案が衆議院で審議入りしました。加藤こども政策担当大臣は、情報管理については適切な運用を行っていくとして、早期成立に理解を求めました。」(NHK NEWS WEB 5月9日16時39分配信)
「法案は、子どもを性被害から守るため、学校や保育所・幼稚園、国が認定した学習塾や放課後児童クラブ・スポーツクラブなどに、子どもと接する仕事に就く人の性犯罪歴の確認を義務付けることを柱としていて、こども家庭庁が情報照会システムを構築する。性犯罪歴がある人は刑の終了から最長20年、子どもと接する仕事に採用されないなど就業を制限する。雇用主側が子どもの訴えなどから「性加害の恐れがある」と判断した人には、配置転換などの安全確保措置を行う。既に働いている人に性犯罪歴が確認されれば、雇用主側は子どもと接する業務からの配置転換や、子どもと2人きりにならないようにするなどの安全措置を講じ、最終的には解雇も許容される。照会の対象とするのは有罪判決が確定した「前科」に限定し、期間は、拘禁刑(懲役刑と禁錮刑)の場合で刑終了から20年、罰金刑以下は10年とする。不同意わいせつ罪など法律違反の他、痴漢や盗撮といった条例違反も含む。」(FNNプライムオンライン 5月9日13時6分配信)
 ※注:太字はいずれも私が施したもの

 性犯罪歴がある人物は10~20年の期間、子どもに接する職場で働くことができなくなります。また、すでに子どもに接する職場で働いている人に対しても性犯罪歴を確認することが求められるので、その結果、性犯罪歴が確認された場合、事業者は各種の安全措置を実施しなければなりませんし、過去に性犯罪歴があった職員を場合によっては解雇することも可能となるものです。

 学校や保育所は「日本版DBS」制度は必ず実施しなければなりません。放課後児童クラブは学習塾と同様、政府が認定した事業者(実施する会社や法人、団体のこと)、つまり「制度をしっかり運用できますね」というお墨付きが得られれば、制度を実施することになります。

<放課後児童クラブの世界に必要なこと>
 児童クラブは日本版DBSについて必ず実施しなければならないというものではありません。しかし、これまでの現実として、学校や保育所で働いている期間に性犯罪等を含めてトラブル、問題、事件を起こした者の行きつく先として放課後児童クラブの世界が利用されていたことがあります。それはもちろん、そのような人物を積極的に受け入れていたわけではなく、「過去にどういう問題を起こしたのか、性犯罪に限らず、知る方法が全くなかった」からです。もちろん、極度の人手不足ですから、教員免許や保育士資格を持っている方が求人に応募してくれば大歓迎という事情も働いていたでしょう。
 その結果、放課後児童クラブの世界で性犯罪が多発していたかといえば、決してそんなことはありません。誤解は禁物です。ただ、過去に性犯罪の前歴がある方でも採用されやすい職業である、ということだけです。もちろん、その状況を捉えて「子どもへの性犯罪への発生リスクが一般的な職場と比べて、高い職場である」ということは残念ながら否定は完全にできないとは私は考えます。
 なお性犯罪のおよそ7割が「初犯」と言われています。大体において罪を犯すのは「初めて罪を犯す人」です。その点はしっかり覚えておきたいところです。

 児童クラブの世界は日本版DBSを「必ず」導入しなければならなくなるでしょう。制度上は認定制度、つまり「うちは制度を実施します」という事業者が政府からOKをもらえたら実施するのですが、当然ながら、「うちは日本版DBSに完璧に対応しています!」というアピールは、保護者や、放課後児童クラブを設置する市区町村にとっては重要な安心材料になります。他の事業者に負けないために、児童クラブを運営する事業者は、こぞって日本版DBSの導入に動くでしょう。
 保護者は当然ながら「うちの先生には全員、性犯罪の前科がないこと」を当たり前に求めます。よって日本版DBSの認定事業者になることを当然、求めるでしょう。
 市区町村は当然ながら「児童に対する性犯罪のリスクを少しでも低下させるため、制度を導入できる認定事業者を選ぼう」ということを考えるでしょう。
 指定管理者の選定や業務委託に係る公募型プロポーザルにおいて、事業者を選ぶ際の審査基準、選定基準において、「日本版DBSへの対応ができていること」という事業者に5点や10点が配点される可能性が極めて高いと、想定しておかねばなりません。

 日本版DBSの実際の導入について、非常に厳格な事業者内部のルール構築、情報管理システムの構築が求められることを考えると、児童クラブを運営している保護者会や地域運営委員会のような任意団体や、1~2施設のみを運営する法人にとっては、制度導入にあたって実施しなければならないハードルは極めて高くなるのではないかと、私は想像します。具体的にどのようなことを実施しなければならないのかは、法案が成立してから国から徐々に提示されていくのでしょうが、個人の究極のプライバシー情報を取り扱い、管理することになるのですから、事業者に求められる管理体制は極めて高度なものになるでしょう。

 これは任意団体やごく少数の児童クラブを運営する法人にとって間違いなく重荷となります。認定事業者にならなかったならば、保護者の不安を招くこと、行政から児童クラブ運営の機会を取り上げられる可能性をも考えなければなりません。そうなることを防ぐためには認定事業者になることを目指さねばなりません。よって、日本版DBS時代の児童クラブ事業者で、保護者が子どもの育ちに関わっていくことを重視する伝統的な育成支援を事業の柱とする事業者は、任意団体(保護者会、運営委員会)であるなら法人化することが必要となるでしょうし、少数のクラブを運営する小規模の法人ならば、他法人と合併、合流等で事業規模を拡大することが重要となるでしょう。私の考えでは、100以上のクラブを運営する程度の事業規模であれば、充分な余裕をもって制度に対応できるでしょう。充分な余裕とは、仮にすでに雇用している者に過去の前歴が発覚した場合において、解雇をせずに子どもと関わらない事業場に配置転換できて雇用を継続できる余裕があるだろう、ということです。

 よって、伝統的な育成支援を大事にする児童クラブの事業者は、今こそ事業規模を拡大せねばなりません。これは喫緊の課題です。これに取り組まなければ、「うちは、日本版DBSへの対応は問題ないですから」という大手の広域展開事業者がさらに児童クラブ運営の機会を広げるだけになります。自分たちがやりたい、大事にしたいという育成支援を実施することができなくなるのです。児童クラブの運営ができなくなったらすべてが水の泡になるのですよ。
 逆の見方をすれば、大手の広域展開事業者や、その地位を目指す事業者(各地における児童クラブ運営数が100~数100以上)にとっては、またとないビジネスチャンスです。私がそのような事業者を率いているなら、小規模の事業者が乱立している地域に一気に営業攻勢をかけて、ごっそりと運営の機会をいただけるようにします。

<いくら重要な制度でも、肝に銘じなければならないことがある>
 私は過去、何度もブログで示しているように、日本版DBSという仕組みそのもには賛成しています。基本的人権の1つである、職業選択の自由を制限する極めて重大な法案ですが、「子どもの人権を守る>職業選択の自由の制限」ということに社会はおおむね賛成でしょう。子どもに接する職業には就けないが、他にも仕事はたくさんあるのだから、ということです。子どもの安全安心な生活を守ることの利益で得られることの結果が、過去に性犯罪を犯した人の職業選択の自由を制限することによる不利益を上回るということでしょう。

 私は上記には賛成なのですが、とても気がかりなことがあります。日本人の国民性なのでしょうか、「極端に一方の立場に偏りがち」という性質なのか、「過去に性犯罪があった。だからあの人は絶対にダメ。ただちに解雇」となることが半ば標準化してしまうのではないかということです。どんな罪でも、罪を償うことでその人に対する不利益は消されます。日本版DBSといえども最長20年を過ぎれば職業選択の自由が制限される不利益も無くなるわけです。
 しかし、一度張られてしまったレッテルをはがす、はがさないは、最終的には人間の感じ方です。そこに私は一抹の不安を覚えます。確かに10年近く前、許されない性犯罪を起こして罰金刑を下された。それから10年近く、反省を続けて今の生活に至っている。そのような人に対して「あなたは、過去にやらかしてしまったのだから、次もやらないとは言えません。うちの会社には、子どもに接しないで済む職場はないので、解雇しますね」と、当たり前のように厳しい処置が下される可能性が高いのではないかと私は危惧するのです。それは最近の日本の世の中における、「ほんのわずかな過ちでも、過ちは過ち。正義に反することは許さない」という風潮から懸念してしまうのです。

 先にも書きましたが性犯罪は初犯が7割です。日本版DBS制度の認定事業者になりさえすれば児童クラブにおける子どもへの性加害を防げるわけではありません。大事なのは、いかにして初犯を防ぐか、です。それが最も重要な安全確保措置なのです。
・児童クラブ事業者が、常に法令遵守の意識を醸成すること。職員には当然として、子どもにも、保護者にも、性犯罪をはじめ他者の権利を侵害しない、違法なふるまいをしないことを徹底的に伝えて理解に至るようにすること
・事業者は、性犯罪行為を起こすような余地、隙を起こさないような職場環境の工夫をする。死角の撲滅、監視カメラの設置、職員数増員など。
・事業者は、職員の業務執行の改善を行う。例えば、職員が子どもと2人きりになるような行動を禁止する
・事業者は、職員の早期発見行動を義務づける。職員同士が業務上の振る舞いについて、互いに、冷静に、不審な点があるかどうかを確認する。

 これらを徹底しましょう。

 <おわりに>
 放課後児童クラブの勢力図に激変をもたらすことは間違いありません。子どもへの性加害を防ぐ、という目的には誰も反対できませんし、反対することは現実的でもありません。ただその結果、本来なら制限したり排除したりする必要がない分野にまで、制限が及ぶような事態になることは、防がねばなりません。子どもを守ることは大事です。ただし、子どもを守ることを大義名分に「排除の論理」を拡大解釈して適用し、国民の基本的人権を削り取っていく風潮にこの社会が染まっていくことだけは避けなければなりません。特に雇用労働面において労働者が一方的に不利になる状況を作り出すことは、究極的には社会不安を招きかねません。「排除の論理」が跋扈(ばっこ)することだけは、避けなければならないのです。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

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