放課後児童クラブにも奇跡はあっていい。でも原則は「普通」。普通が限りなく充実すれば、それこそ奇跡になる

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。奇跡と称される放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所もおおむね該当します)の話があります。奇跡はとても素晴らしいですが、私は普通の充実こそ必要だと考えています。(児童クラブの運営形態に関する利点、不便な点の第3弾は後日取り上げます)
 (※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。)

<報道から>
 富山県舟橋村にある民設民営の「学童保育所」については以前から報道があったので私は知っていました。つい最近もメディアが取り上げ、SNSでも反応があったようです。まずは報道を引用して紹介します。
 日経XTREND(クロストレンド)2024年10月24日配信の「費用ゼロ円の学童保育、日本一小さな村に全国から視察 富山の奇跡」の記事です。(会員限定記事です)
「今、この村で熱視線を浴びているのが、無料の学童保育fork toyamaだ」
「子育て世代の「働く」「育てる」の両立を支援するため、社会全体で子育てを担う「みん営」(「みんなで営む』」の意)をコンセプトに掲げる学童保育施設fork toyama(フォーク・トヤマ)だ。」
「村の中心部にある広い庭付きの古民家を改修するため、22年8月から10月にクラウドファンディングを実施し、約250人から860万円を調達。銀行融資と自己資金も加えた計4500万円を投入し、古民家を「安心・安全に過ごせる施設」にリノベーションした」
「fork toyama の運営上の特徴は、(1)「保育料がゼロ(保育に関わる費用はおやつ代などの実費のみ保護者負担)であること」、(2)「子供たちが様々な生き方の選択肢と出会える、外部の大人と関われる地域拠点であること」の2つだ。」(引用ここまで)

 また、ウェブメディア「doors TOYAMA」が2023年11月8日に配信した「日本一小さな村に誕生したカフェが、新しい学童〈fork toyama〉を支える仕組みとは?」との見出しの記事では、次のように紹介されています。
「子どもたちが通う学童保育施設、fork toyamaは、なんと月々の保育料がゼロ。なぜなら、サポーター制度に参加している企業や個人のほか、カフェの売り上げが運営費に充てられているから。そのほか、ただいま準備中のコワーキングスペースの利用料も、学童を支えます。」

 詳細は上記記事をご覧ください。私も「doors TOYAMA」の記事を以前に読んだときに、その事業内容の先進性、社会全体で学童保育システムを支える「みん営」という概念に、率直に感心しました。そして事業が末永く続きますようにと期待したものです。それから約1年後に日経クロストレンドの記事が配信されたのですが、記事で紹介されている児童数が着実に増えていることでまた一安心したところです。

 私はこの運営形態とその運営形態の基礎となる理念について、記事で報じられる限りの情報から判断して申し上げると上記に記したように高く評価しています。「放課後児童クラブ」と私は表現しますが、放課後児童クラブにも多様性があって良いこと、運営事業者ごとに価値観が違って当然で、利用する側に選択肢が増えることは歓迎すべきことです。利用者の経済的負担を極力抑制していることも評価できます。何より、子育て支援に有能な人材がその知見を余すことなく注ぎ込むことで児童クラブの世界が刺激を受けることは大歓迎です。
(この施設が、児童クラブを対象とした補助金の交付を受けているかどうかが気になりますが、運営費に充てる収入が寄付やカフェの売り上げという記述からすると、補助金交付は受けていないのでしょう。補助金交付を受けないことは、それだけ、事業者がその理念を存分に生かした運営が可能となることです。そのこと自体は問題になるものではありません。それこそ当たり前の民間事業です)

 日経の記事の見出しには、全国から視察とか、富山の奇跡という魅力的なことばが並びます。私はここにひっかかるものがあります。以下、思いのたけをつづります。改めて申し上げますが、「fork toyama」の個の存在について素晴らしと好感を持っていますし、ぜひとも末永く子どもの居場所として発展し、その思いが他地域でも花開くことを強く願っています。ひっかかるものは、この素敵な「個」を支える理念や仕組みが、思いもよらない形で利用されるのではないか、ということです。

<無料はすべてよいことか>
 費用がかからないことは利用者としては魅力的です。放課後児童クラブは児童福祉ですから費用負担がないことは最終的、究極的な到達点でしょう。ところで利用者の費用負担が無いこととは、どういうことか。当たり前ですが、児童クラブも事業、つまりビジネスですから、実施するには費用がかかります。利用者が支払う料金がゼロの場合、事業を実施するための資金はどこからか調達せねばなりませんね。「fork toyama」は個人と企業からの寄付と他の事業の収入を充てていると記事にあります。それも1つのやり方です。もう1つのやり方は、公、つまり行政が運営資金をすべて出すことです。この場合はその資金の出どころはつまり、税金(企業が納める子ども子育て拠出金を含む)です。それを考えると、個人や企業は別途、何らかの形で税金を納めていますから、クラブに寄付する人や企業は税金を納めることで児童クラブに間接的に費用の負担を行う一方で、直接、寄付という形でも児童クラブに費用を納めていただいているので、とてもありがたいですね。

 しかし、寄付に大幅に頼る運営は、私はしてはならないという立場です。児童クラブを運営する事業者の独自事業によって、児童クラブ運営につぎ込める資金が得られるだけの収入がしっかりと得られるのならいいのですが、寄付に頼ること、それは2~3割程度であっても、頼るべきではないでしょう。収入の2、3割でも予想外に減ってしまうと事業としてたちまちピンチに陥ります。あてにしていいのはせいぜい数パーセントです。つまり「事業活動で得られる収入の誤差の範囲」という程度です。
 寄付は永続的に一定の額の収入が続くと事業者側の判断で計算できるものではない。ひところ景気が良かったとき、企業が「メセナ」という浮かれた言葉で相次いで美術館を作ったり寄付をしたりで、新たな社会貢献だともてはやされました。ところが景気が悪くなれば寄付は減る、出資は打ち切られる。しょせんは企業のイメージアップ、社会貢献は、企業本体の経済的な事情に左右されるものです。それは当然です。個人も収入の多寡によって寄付の動機が変化して当然です。

 児童クラブは、子どもの安全安心な居場所であって子どもが生活し、育つ場所です。その場所があってこそ保護者は社会的な活動が可能となります。子どもと保護者の双方にとって必要な場所は安定して継続的に設置されていなければなりません。その場所を持続するために必要な資金もまた安定して得られる見通しが必要です。寄付では、その見通しは確実とは言えません。なにせ、相手の自由意志によるものですから。

 児童クラブは児童福祉の世界ですから、まずはしっかりと国と自治体が予算を拠出、交付するべきです。社会を支える人が安心して生活できるようにすることは国の責務です。私は、児童クラブの事業者が個人や企業から寄付を募ることに反対するものではないですが、基本的な運営を支える最低限の資金は国や自治体が拠出、交付するべきであって、寄付で得られる収入は、運営の充実、さらなる事業の質の向上に充てることがふさわしいと考えます。
 設置についてもそうで、奇跡の施設はクラウドファンディングと自己資金(融資も含む)で設置したと記事にあります。民間事業ですからそれはどうぞご自由に、ではありますが、例え民間事業であっても国は、子どもの居場所作りに資する価値ある活動に補助金を出す仕組みを整えるべきなのです。

 保護者からの費用徴収については、将来的にすべて無料になることが理想ではあっても、そうなることは早々に実現しない。現状において私は、その所得に応じた額の徴収は必要であろうと考えています。ただしの上限の額は配慮が必要でしょう。高所得世帯だからといって1か月の児童クラブ料金が3万円だ、5万円だ、ということはいかがなものか。せいぜい1万円台後半ですね。
 私が怖いのは、福祉は無料であるべきという原則はさておき、児童クラブの料金が安ければ安いほど利用者がうれしいとしても利用者の方々にそこで働く人の賃金に関心や興味が向かない状況を生んでしまうのではないか、ということです。自分たちが支払う料金は無し、あるいは極めて低額。では児童クラブで働く人の給料はちゃんと出ているの?という関心が失われてしまうことが怖いのです。もっといえば、「児童クラブで子どもたちが過ごすことに対して支払う対価はゼロ円、あるいはほんのちょっとの額」という状態が、「児童クラブで子どもが過ごすことの価値=取るに足らない価格」と理解されることが怖い。それは結局、児童クラブで働くことの対価がとても安いものである、という理解につながりかねないと、懸念を持っているのです。

 よって、ある程度、利用者の費用負担を私は否定しません。収入が確実とはいえない寄付よりも安定して得られる利用者からの収入は、多くの企業や人から寄付を上手に集められるごく一部のカリスマ的経営者以外の平凡なクラブ経営者にとって事業を失敗しないための安心材料でもあります。

 利用者からの費用負担がゼロ円。企業や個人からの寄付や自らの事業収入で児童クラブの運営事業が成り立つ。それは奇跡です。しかしそれは奇跡にすぎないのであって、標準ではないのです。奇跡はあこがれとして、あるいは目指すべき目標としてはいいのですがそこに至る道は連続していなければならないと私は考えます。一足飛びに奇跡に飛びついても、振り落とされるのがオチです。

<勘違いしてほしくない>
 さて、視察が相次いでいるようですね。インターネット検索では、そもそもこの舟橋村もまた、放課後児童クラブに着いては意欲的な取り組みをしているようです。北日本新聞社が2024年3月30日0時49分に配信した「舟橋村整備の子育て拠点完成 学童保育施設「あおぞらクラブ」、4月1日から利用」との見出しの記事でも、なかなかに豪華な児童クラブを開所したと報じられています。記事では「木造一部2階建てで、延べ床面積342・19平方メートル。総事業費は約1億4千万円。開放的な空間が特徴。定員70人。社会福祉法人毅行福祉会が運営し、同園で調理した給食も提供する。」とあります。児童クラブにおいて今、熱いテーマである「食事提供」も実施しているようです。
(もっとも、先の「fork toyama」を開設した方は、児童クラブが村の直営から民営になったことを契機にしたとしていますし、民営移管に際して地元の方に不安を与えたことはあったのでしょう。私個人としては、児童クラブの建物をそれほど豪華にする必要があるのかと考えます。1億4千万円あれば、定員70人、これはクラス制を前提としているのでしょうが、定員40人程度のこじんまりしたプレハブを2施設作り、比較的小規模の児童集団で子どもたちが過ごせる場を作る方向性を選択したい。もっともその後の人件費など運営経費は覚悟が入りますが)

 ということもあって、全国から視察が相次いでいるとのこと。気になるのは、議員の視察であれ行政執行部の視察であれ、どの点に注目したか、ということです。私が心配なのは、単純です。「そうか、児童クラブの努力があれば、運営資金は寄付で集められるのだ。ということは役所が出すカネが抑えられる。その分を他に回せるじゃないか!」と、まったく見当違いの理解をしてしまう輩がいるのではないか、ということです。

 ちょっと話がずれますが寄付について、こういうことがありました。以前、私が運営最高責任者を務めていた児童クラブ運営法人も、極めて資金繰りが厳しかった(それは職員への給与をできる限り引き上げたから。そうでもしないと求人応募がこない!)のですが、そういう状態でよく提案を受けるのが「バザーしましょう、寄付を集目ましょう」という内容でした。保護者出身の理事(私もその1人ではありましたがね)、あるいはクラブ保護者会の会長から、よく提案を受けました。私の答えはいつも同じで、「この法人の人件費は5億円超。バザーをして得られるお金はせいぜい5万円程度。0.01%のために多くの保護者の負担感の反発を受けるのは割に合わない。寄付は保護者向けはダメ。二重徴収の批判を受ける。企業からの寄付?だれが企業に呼び掛ける?私?確実に対価を得られるものでないと私の時間は使えないよ」。ただ単純に「それはよいこと」を行えばすべてが良くなる、というものではないことを、実は多くの人が忘れてしまいます。世の中はつねに相関して動いています。寄付は良いことだから寄付を募ろう、だけではなくて「では誰が動くか。どこに寄付をよびかけるのか。そのために使ったコストの回収はできるのか」も考えなければならないのです。

 児童クラブは社会インフラとして今や欠かせない施設です。その事業の継続は安定して実施されることが大前提です。行政視察や議員(会派)の視察で、無料で運営できる仕組みだけに注目し、「タダでできるじゃないか」と勘違いされてしまっては困ります。注目してほしいのは、「児童クラブに寄付を出すことが素晴らしい、社会貢献だという理解をどうやって地域社会に広めていくか」です。その手法を学ぶことで、地元の地域社会に行政や政治家が呼び掛けて、児童クラブにまずは少額でいいので定期的に寄付をする「文化」を根付かせること。その点を見て学んでほしいですね。

 児童クラブの運営に必要な資金は国、自治体が出すこと。まずはこの当たり前のことを推し進めることが必要です。議員、ましてメディアはことさらに奇跡をもてはやすのではなく、当たり前の「普通のこと」=運営の補助金をしっかりと出すこと、の充実を訴えるべきです。その上で、児童クラブの事業の質のさらなる充実のために寄付が行われる習慣を芽生えさせること。そうした状態が続けばそれが文化となり、その文化が長く続いて根付いていけば、寄付の習慣も当たり前のものとなって寄付の額も増えていき、富山の奇跡なるものが全国あちこちで生まれていくでしょう。すると奇跡が普通なこととなって奇跡としては消滅します。それこそ本当の奇跡なのです。

 先進的な取り組みを気にする前に、まずは児童クラブを取り巻く地元の現実を見ましょう。待機児童はある。ギュウギュウ詰めの大規模クラブがある。職員数が足りなくて職員が疲れ切っている児童クラブがある。生活もできないレベルの安い給料で働く児童クラブ職員がいる。小学4年や5年生になると追い出されるクラブがある。ボロボロのクラブがある。冷房もろくに効かないクラブがある。そんな現実はがありませんか?国と自治体はまずしっかりと児童クラブへの予算を増やしてください。奇跡の話は、その後にしてください。

<おわりに:PR>
 弊会代表萩原ですが、2024年に行われた第56回社会保険労務士試験に合格しました。これから所定の研修を経て2025年秋に社会保険労務士として登録を目指します。登録の暁には、「日本で最も放課後児童クラブに詳しい社会保険労務士」として活動できるよう精進して参ります。皆様にはぜひお気軽にご依頼、ご用命ください。

 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、2024年7月20日に寿郎社(札幌市)さんから出版されました。本のタイトルは、「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。学童に入って困らないためにどうすればいい? 小1の壁を回避する方法は?どうしたら低賃金から抜け出せる?難しい問題に私なりに答えを示している本です。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。注文は出版社「寿郎社」さんへ直接メールで、または書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。お近くに書店がない方は、アマゾンや楽天ブックスが便利です。寿郎社さんへメールで注文の方は「萩原から勧められた」とメールにぜひご記載ください。
(関東の方は萩原から直接お渡しでも大丈夫です。書店購入より1冊100円、お得に購入できます!大口注文、大歓迎です。どうかご検討ください!事業運営資金に困っている非営利の児童クラブ運営事業者さんはぜひご相談ください。運営支援として、この書籍を活用したご提案ができます。)

 現在、放課後児童クラブを舞台にした小説を執筆中です。とある町の学童保育所に就職した新人支援員が次々に出会う出来事、難問と、児童クラブに関わる人たちの人間模様を、なかなか世間に知られていない放課後児童クラブの運営の実態や制度を背景に描く小説です。新人職員の成長ストーリーであり、人間ドラマであり、児童クラブの制度の問題点を訴える社会性も備えた、ボリュームたっぷりの小説になりそうです。放課後児童クラブを舞台にした小説は、なかなかないのではないのでしょうか。児童クラブの運営に密接にかかわった筆者だからこそ描ける「学童小説」です。出版にご興味、ご関心ある方はぜひ弊会までご連絡ください。ドラマや映画、漫画の原作にも十分たえられる素材だと確信しています。ぜひご連絡、お待ちしております。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、議員の方々、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

 (このブログをお読みいただきありがとうございました。少しでも共感できる部分がありましたら、ツイッターで萩原和也のフォローをお願いします。フェイスブックのあい和学童クラブ運営法人のページのフォロワーになっていただけますと、この上ない幸いです。よろしくお願いいたします。ご意見ご感想も、お問合せフォームからお寄せください。出典が明記されていれば引用は自由になさってください。)