「日本版DBS」法案が、全会一致で可決、成立。放課後児童クラブの世界は、一気に商業化が加速するだろう。

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。ついに、いわゆる「日本版DBS」法(通称:こども性暴力防止法)が、国会で成立しました。2年後までに実施されます。子どもを性被害から守る手段が1つ増えたことは歓迎ですが、放課後児童クラブの世界は大激変を余儀なくされるでしょう。
 ※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。

<これだけは、指摘したい>
 まずは報道記事を引用します。産経新聞の6月19日14時30分配信記事です。
「子供と接する仕事に就く人の性犯罪歴を雇用主側が確認する「日本版DBS」創設を盛り込んだ「こども性暴力防止法」は19日、参院本会議で全会一致により可決、成立した。」
「現職も照会対象とし、性犯罪歴がない場合でも、雇用主側が子供の訴えに基づき「性加害の恐れがある」と判断すれば、配置転換などの安全確保措置が必要となる。措置が難しい場合は最終手段として解雇も許容されうる。早期に兆候や被害を把握するための子供の面談や未然防止のための職員研修も義務付ける。」
(引用ここまで)

 時事通信の6月20日7時2分配信の記事も紹介します。
「国会審議では、対象の職種を巡る議論もあった。マッチングサイトなどに登録されていない個人事業主のベビーシッターや家庭教師は対象外のため、性犯罪歴があり教職を失った人が就くことを懸念する声が上がった。衆院特別、参院内閣両委員会はこれまでの審議を踏まえ、犯罪歴や職種の確認対象を広げるよう検討を求める付帯決議を採択した。同法は施行3年後に見直しを検討することが定められており、政府は今後の運用状況を見極める。」
(引用ここまで)

 わたしが自宅で購読している毎日新聞(紙)の6月20日の朝刊で、この法案成立の記事は「4面」でした。記事がどの面に掲載されるかは、その記事の価値(ニュースバリュー)を示します。4面というのは、政治経済の記事の中では「地味」な判断をされたということです。もう1つ、ニュースバリューを判断するのは「見出しの大きさ」(段数)です。今回は「3段」でした。これは、「大ニュースではないけれど、それなりに目立たせておきたい」という扱いです。全会一致というのは、つまり国民の間で異論がないという判断であり、ニュースとしては「誰もが当たり前と思っていることを、ことさら躍起になって伝えることもあるまい」という判断にもなるのです。

 わたし(筆者:萩原)は、こども性暴力防止法の成立は基本的に賛成です。性犯罪を過去に行った者が放課後児童クラブで就業することを制限することは、子どもが性犯罪の被害を受ける可能性を減らすことができます。公的な資格である放課後児童支援員であれば、前科前歴を基に資格をコントロールできるので児童クラブへの就業に制限をかけることができたでしょうが、資格要件が不要な補助員での就職は防げません。その点において、こども性暴力防止法は効果を発揮するでしょう。

 一方で、子どもの支援や保育、教育に関わる者ならば、私はしっかりと認識してほしいことがあります。それは、この法律をもって子どもへの性加害をすべて防ぐことができるわけではないことは当然のこととして、この法律は極めて異例の法律であるということです。それは、何か(この場合、こどもの人権)を守ることと引き換えに、何か(この場合、過去に性的な犯罪を犯した者の基本的人権)を制限していることの本質的な深刻さ、ということです。確かに、私も、社会において絶対的に「弱者」である子どもの人権を社会全体が護らねばならないという意識を持っていますが、何かをまもるために何かを犠牲、あるいは抑圧、圧迫することは、そうすることがやむを得ず合理的な理由がある場合に限定され、その理由は厳格に判断されることが必要だ、ということです。
 怖いのは、「子どもは絶対に守られねばならない存在だ!」という意識が高まる一方で、「子どもの権利を守るために邪魔なもの、障害となるものは、すべて例外なく排除、抹殺だ」という意識にまで国民の意識が暴走してしまうこと、です。人間というのものは得てしてそういう傾向があると、歴史は示しています。子どもは十分に、必要な限り、もれなくその存在を、幸せに生きる権利を守られねばなりません。その一方で、何かが抑圧され、差別され、追いやられることもまた、あってはならないのです。今回の法律においては、過去に性犯罪の前科前歴がある者の就業制限が課せられることになります。それはギリギリにおいて許容範囲なのでしょう。衆参両院での全会一致の重要法案なんてそうそうあるものではありません。この就業制限を含めて「それは、認められる範囲のことだ」という理解が立法府にあったということです。私もこの点は反対ではありません。

 しかし、それはあくまで異例の措置であることは、忘れてはならない。子どもの育ちに関わる人ならお分かりだと思いますが、子ども同士のトラブルがあったとき、よくよく状況を把握もせずに、先に手を出した側を加害者として扱って「さあ、あなたが先に謝りなさい」という解決法が、最も事態を悪化させる最低の手法であるというを。双方にそれぞれ事情があり、それを把握してこそトラブルの解決にたどりつくことができることを。つまり「双方の立場をしっかりと理解し、受け止めること」が大事なのです。(言わずもがな、性犯罪を犯した人の犯罪を起こしたことに関する事情を考慮せよ、ということではありません。ただし、罪を犯したものの刑罰に服して償った、民事上の賠償をしっかりと行った、それから更生して暮らしているという状態の人まで無制限に追いやっていい、ということではないということは指摘しておきたい。一定の制限は止むをえないとしても、です)
 「子どもは無条件に守られる」のはいいですが、それは、相対する立場の側が「無条件に譲歩し、制限を受け、場合によっては消滅も受け入れろ」では、ないのです。

 今後、この法律が施行され制度が実施されていくうえでの問題として、配置転換のことがあります。過去に性犯罪の前歴がある職員の処遇です。また、子どもから性加害の恐れがあると指摘された職員への対応があります。これらは今後、極めて重大な問題をはらむ事柄を含んでいます。一方的に、どちらかの立場だけで処理されてはならない、複雑で慎重な対応が求められます。政府が作成するというガイドライン(判断基準)においては、具体的に、丁寧に、対応に関する基準を示していただきたいと期待します。

<日本版DBSが施行されると、どうなる?>
 法律は2年以内に施行されるとのことですが、2026年度内のスタートでしょう。それまでに児童クラブ側は何をすればいいのか。まず具体的な対応についてはガイドラインの公表前では、なかなか策定ができないでしょう。しかしそれを待っていては制度に追い付けない可能性があります。あくまで大まかな程度ですが、予想してみます。

・事業者が、応募者や従業員の前科前歴に関する情報を漏えいした場合、最長2年の拘禁刑か最大100万円の罰金が科せられます。両罰規定でしょうから実際に漏らした者は収監され、法人組織に罰金となるでしょう。つまり、情報管理は徹底して重要だということ。この整備のための費用が必要です。情報を管理する社内規程の整備が必要です。また、広域展開事業者のように企業としての規模が大きい事業者は本社(本部)が、抜かりなく種々の対応をするでしょうが、現実に情報管理の仕組みが設置されるのは現場です。現場で無理なく管理ができる対応になるのかどうか、本社(本部)と常に状況を打ち合わせておくことが肝心です。

・放課後児童クラブは認定制度の対象です。認定事業者になるための申請が必要となりますが、その申請がどれだけ難しいのか、なんとも言えません。先に記した情報管理体制がどの程度整っているか、安全確保措置が実行できる体制にあるかどうかが問われるでしょう。大変難しい申請になることが想定されます。広域展開事業者なら本社(本部)任せで大丈夫だと思われますが、個別運営や、地域に根差したクラブ事業者の場合は、書類の作成、提出にあたっては、行政書士など士業の方々の協力が無ければ難しい可能性もあります。今からでも、すぐに相談に乗っていただける専門家を探しておきましょう。

・委託や指定を受けている事業者は、市区町村の意向を早め早めにつかみましょう。次の公募や指定管理者選定において、この制度を取り入れているかどうかが審査において重要になるかどうか、必ず情報をつかみましょう。

・保護者の意向を確認しましょう。制度の概要を説明した上で、利用しているクラブもこの制度の認定事業者になることを望むか、あるいはそこまで望まないか、定期的にアンケート調査をしよう。もちろん、言うまでもなく、保護者の圧倒的多数は制度の導入を望むでしょう。「過去に、子どもに悪いことをした人を雇わない制度があります。いま働いている人の前科も調べることになります。その制度、やったほうがいいですか?」と聞かれたら、そりゃ「もちろんやってください」となるでしょう。しかし、当たり前だからやらなくていい、ではないのです。どんなことでも保護者の意向をしっかり把握して数値化することが重要です。

・事業者としては、「申請手続」と並んで重要なこととしては、認定事業者にすんなり認められるために必要な安全確保措置の制度上の確立が重要です。これは極めて難しい。例えば、子どもからの性被害の恐れの訴えが事業者にあった場合、事業者は配置転換などの対応が義務づけられます。しかしながら、児童クラブの関係者なら分かりますが、「子どもの訴え」というものが時には「子どもなりの、悪意」をもって虚言が呈されることも、ままあるからです。この場合、事実認定において踏まえる点はガイドラインで示されるようですが、事業者においても、「子どもの訴えの真偽を判別できるために有力な記録カメラの設置」を大至急、進める可能性があるでしょう。死角を極力減らすためにカメラの台数もそれなりに必要でしょう。職員側も、常に映像で記録されることを「誤解の防止のために必要」と理解することです。
 配置転換に備えた職場、職種の整備も必要です。子どもからの性被害の恐れの訴えを受けてその不安を完全に除去できるだけの確証を事業者が持てない場合、訴えを受けた職員については職場を変えることになります。子どもに関わらない職場であること、となっていますが、児童クラブの職場は、そうそう、子どもに関わらない職場はありません。よほどの広域展開事業者であれば別ですが。しかも、児童クラブの世界は、「子ども絶対主義者」が多いので、過去に子どもへの性犯罪をしたが今ではすっかり更生した者であっても、「そういう人と一緒に働くのは嫌。気持ち悪い。同じ会社にいることすら許せない。会社があの人をクビにしないなら、私が辞めます」という職員がおよそ続出するでしょう。結果的に、過去にどんな小さな性犯罪をした者なら、結果的に、児童クラブの職の世界から追い出されることになるでしょう。もちろん、そうなることを実は許容している法律だ、ということです。それをどれほどの児童クラブ関係者は理解しているでしょう。追い出された者の人生や生活がどうなろうと、知ったこっちゃない、というのは、社会正義としてはあってはならないのですが。
 とにかく、児童クラブ事業者は、これから公表されるであろうガイドラインへの適合作業が円滑に進むように、着手できるところから対応を始めておくことが絶対に必要です。

・「初犯防止」に全力を尽くす。新制度とは直接関係がありませんが、性犯罪の7割が初犯です。こども性暴力防止法では初犯は防げません。しかも、性犯罪を起こしたいと密かに思っている者の就業を阻止することは不可能です。よって、仮に、そのような邪悪な動機を持った人物ですら「この職場ではとても悪さはできない」と理解させるだけの職場環境を構築せねばなりません。カメラによる映像記録もその一助ですし、職員、子ども、それぞれへの意識喚起、そして職員には職務としての「早期発見行動」(互いの職務執行を常に観察し、問題の有無を判断する)の徹底を義務づけることが必要となるでしょう。

<結果的に、大きな事業者が生き残るシステムだ>
 こども性暴力防止法が求める各種の措置、対応を実施するのは、小さな児童クラブ事業者には荷が重いことになるでしょう。その点において、広域展開事業者のような事業規模の大きな会社、法人が有利になります。小さな、地域に根差した児童クラブでは、職員や、運営に関わる保護者が無償でその対応を行いますが、それはかなりの新たな業務の増大であり、負担となります。一方で広域展開事業者であれば、法務や行政提出書類作成に慣れた職員や担当部署が、外部の事業者と連携するなどして、容易に認定事業者の取得に至るでしょう。
 もちろん、多くの保護者は、この制度の導入を希望することが予想されます。「過去に性犯罪を起こしたことがない人だけ、クラブで働いてほしい」というのは、親として、子どもの安全を守りたい人間としては、素朴な感情だからです。だからこそこの法案が国会でも全会一致で可決、成立したのでしょう。よほど、保護者とクラブ運営側が密接、つまり一致していて、そこで働く人は地域で過ごしている人限定であり、氏素性も含めすべて皆がよく知っている、というクラブであれば、認定事業者にならない選択もあるでしょうが、例外的でしょう。

 これは、「保護者が、利用するクラブが認定事業者になることを望む」状態で、さらに「広域展開事業者なら容易に認定事業者となれる」であれば、認定事業者になかなか認定されないクラブ運営事業者は、保護者から、行政から、そして社会全体から、運営を担うにふさわしい事業者ではないとみなされていき、いち早く認定事業者となった広域展開事業者に運営の座を奪われることにも、なるでしょう。

 重要なのは、市区町村が、「これから児童クラブを運営する事業者は、必ず認定事業者となること」という判断基準をもった場合にどうなるか、ということです。そしてそれは、全会一致で可決、成立した法律だけに、そうなる可能性が高いと私は考えます。例え、利用者たる保護者が「うちのクラブは、安心だから大丈夫」と訴えても、クラブに補助金を出す市区町村が「認定事業者でなければ、クラブ運営の委託も指定もしません。補助金を出しません」となった場合、運営は不可能となります。保護者が毎月5万円程度の利用料を支払ってくれれば、また別ですが。

 規模の小さな児童クラブ運営事業者は、認定事業者になれればいいものの、それが難しい場合は、結果的に広域展開事業者に運営を明け渡すことになりかねません。それが公営化になればいいのですが、公営から民営の流れが本来は圧倒的ですから、いったん公営になってもまた民営にならないとも限りません。逆の見方では、広域展開事業者には、さらなる商機の到来です。小規模のクラブ運営事業者が存在している市町村は結構あります。そのような地域で、まとまって一括して運営を任される可能性が到来するのです。職員はそのまま引き継げばいいのですから、事業継承はさほど難しくないでしょう。「地域で働きたい」という希望の職員はそのまま地域固定職員として、転勤の義務を免除する代わりに給与を抑えることができます。

 こうして、こども性暴力防止法が、児童クラブの再編をもたらす可能性があると私は見ています。それは、さらなる商業化の推進ということです。地域に根差した児童クラブの運営事業者は、自分たちで頑張って認定事業者になるか、あるいは、同じような状況に置かれている、地域に根差した児童クラブ運営事業者と合流、合併して事業規模を大きくするでもしないと、いずれ、早期に認定事業者となるであろう広域展開事業者に、運営の座を持っていかれますよ。認定事業者は「当社は認定事業者です」との広告が可能です。「性犯罪で問題ある職員雇用0%!」とPRすることができるのです。保護者にとってその安心感は絶大です。それは同時に市区町村の安心感も、また大きいということです。

 こどもを性犯罪から守る環境は整ってきた。一方で、特色のある個性的、かつ保護者からも信頼される児童クラブのあり方が変わることを迫られる時代になりました。そのことに文句を言う時間の余裕はありません。今からでも、新制度への対応を始めてください。「子どもは守られた、私たちの会社(職場)は無くなった」ということにも、なりかねませんから。

<おわりに:PR>
 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、2024年7月20日に寿郎社(札幌市)さんから出版されます。本のタイトルは、「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。1,900円(税込みでは2,000円程度)になる予定です。注文は出版社「寿郎社」さんへ直接メールで、または書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。アマゾンでは予約注文が可能になりました!お近くに書店がない方は、アマゾンが便利です。寿郎社さんへメールで注文の方は「萩原から勧められた」とメールにぜひご記載ください。出版社さんが驚くぐらいの注文があればと、かすかに期待しています。どうぞよろしくお願いいたします。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

 (このブログをお読みいただきありがとうございました。少しでも共感できる部分がありましたら、ツイッターで萩原和也のフォローをお願いします。フェイスブックのあい和学童クラブ運営法人のページのフォロワーになっていただけますと、この上ない幸いです。よろしくお願いいたします。ご意見ご感想も、お問合せフォームからお寄せください。出典が明記されていれば引用は自由になさってください。)