放課後児童クラブを運営する人と働く人の基礎知識シリーズ。その3は「時間外勤務」。

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)の仕事は、時間外勤務(いわゆる「残業」)が極めて多い仕事です。当たり前のようにこなしている時間外勤務ですが、正しい理解と運用が、児童クラブで働く人と、雇用する人の双方に必要です。
 (※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。)

<時間外勤務は法律違反>
 放課後児童クラブの世界は時間外勤務なくして成り立たないほど、所定労働時間(=その事業者が定めた労働時間のこと)を超えた時間外勤務が当たり前として働く人、雇う人の双方に理解されています。時間外勤務に疑問を持たないのは当然、むしろ基本給が低すぎるために時間外勤務による手当、いわゆる残業代もまた生活に必要な収入の一部として働く側にとって事前に計算されている側面すらあります。

 しかし、労働基準法第32条では、労働者を、1週間40時間、1日8時間を超えて労働させてはならないと決めています。この時間を法定労働時間といいます。特例対象事業といって例外もありますが、あくまでも法定労働時間を超える労働は「違法」です。ここが時間外勤務を考える上での思考の出発点としなければならないのですが、どうも児童クラブの世界ではそのような考え方は主流ではないようです。私は幾度か児童クラブ職員に話をしてきた中でこのことを説明するのですが、「残業は良くないとは分かっていたけれど違法、禁止されているとまでは知らなかった」という感想をよく聞かされます。
 この違法な時間外勤務状態についてその罪を免除するという手続き、つまり適法とする手続が、いわゆる「36協定」です。36協定を定めていない児童クラブの事業者は、特に法人化している事業者においては、さすがに少ないでしょう。1クラブ1事業者で保護者会や運営委員会の任意団体ではそもそも就業規則を策定しなければならない常時10人以上の労働者がいない場合が多いので36協定も結んでいない場合が多いようです。しかしその場合は労基法を基準に考えねばならないので法定労働時間を超えて労働させることはできません。時間外勤務は不可能、ということになります。

 なお、36協定を結んでいない、あるいは届出が遅れた(=36協定は行政官庁に届けないと効力は発揮しない)場合、36協定が効果を発揮しない期間の法定労働時間を超えた勤務は違法となりますが、違法となっても使用者は法に定められた割合以上の賃金を支払う義務があります。

 法律違反を免れるために、必ず36協定は結びましょう。1クラブ1事業者の小さな事業者で職員10人未満であっても、就業規則を作ったうえで、労使の交渉をもって36協定を締結し、行政官庁に届けてください。保護者会や運営委員会であれば保護者が経営者になりますが、保護者は職員に違法な時間外勤務を行わせることの罪深さをしっかり認識していただきたい。ブラック経営者の仲間入りとなることを自覚していただきたいですね。

 なお、法定労働時間を超えた労働は法律に従って割増賃金の支払が必要ですが、「所定労働時間を超えた労働」には割増賃金の支払は不要ですが時給相当分の賃金の支払は必要です。前者を「法(定)外残業」、後者を「法(定)内残業」と呼ぶことが多いですね。法内残業の賃金の支払いを考慮していない事業者も多いようですが当然、ダメです。ノーワーク・ノーペイは裏返せば働いた分は払え、ということです。

<時間外勤務の管理は当然>
 時間外勤務に限らず、事業者は、労働者の働く時間について適切に管理する責務を負っているとされています。出退勤の日時、休憩時間の取得状況、そして時間外勤務もです。そもそも労働時間というものが、「使用者の指揮命令下に置かれた時間」のことですから、児童クラブにおいても、事業者が職員を指揮命令下に置いておいた時間を明確に把握することが必要です。

 時間外勤務は本来が法律違反であることからその時間を抑制することが労働者の疲労の蓄積を避け、健康にもつながります。もちろん表向きの時間外勤務抑制が職員のサービス残業を増やしてしまっては意味がありません。この点からも、職員の労働時間をしっかりと管理することがクラブ事業者において必要です。とりわけ児童クラブの世界は、商品を作るという明確な「終わり」がないがゆえに、「もっとよくなる、もっといい考えができる」という「思考労働」の面があるので、なかなか終わりが見えません。「あの子の対応には、もっといい対応ができるのでは」と思い始めるとその終わりがなかなか見えないというものです。その結果、1時間で済む時間外勤務が2時間、3時間と、延々と職員同士で話を重ねてしまったということが、本当に多い業界が児童クラブの世界です。また、子ども同士のトラブルの解決に戸惑って保護者と話すことになった場合も、話がこじれた場合は2時間、3時間と使うこともあります。

 大事なことは、「時間外勤務を適切に管理する」ことであり、それには「時間外勤務が確実となった段階で事業者が把握する」ことと、「実際に行われた時間外勤務について確実に把握する」ことです。これにより、勤怠管理がおろそかになることがなく、かつ、職員の時間外労働を適切に管理することができます。それはすなわち、時間外労働に関して適正な時間外割増賃金の支払いを確実にすることであり、いわゆるサービス残業を起こさないことになります。

<時間外労働について必要な意識>
 使用者側には以下のような意識が必要です。
・時間外労働をなるべく抑制すること。→すなわち、業務の量そのものを減らすことを第一に、次いで業務効率の向上を進めましょう。児童クラブでいえば、無駄な仕事、無駄な業務を減らしましょう。それには、いま現実に行われている業務を全部洗いだして、「それ、本当に必要?」ということは容赦なく捨てることです。機械に移せる業務は機械に移す。生産性向上、です。
・時間外労働を確実に管理すること。→時間外労働の事前申請は当然です。その申請について、本当に業務上に必要な仕事なのかどうかを事業者が判断することです。申請をしないで行った所定時間外における労働や、必要が無いと判断したのに職員が勝手に行った労働は、時間外労働ではありません。しかし、そのような使用者の指揮命令下におかれていない状況で職員が仕事をしたとしても、事業者の、安全管理義務は免れませんから、申請を怠った時間外労働を繰り返す職員については懲戒処分を科して厳しく対応するべきです。
・必要があって行った時間外労働には必ず賃金を支払うこと。→当たり前すぎますが、この当たり前をやらない事業者だらけなのが残念です。労働集約型産業であり、対人ケア労働であり、コミュニケーション労働であり感情労働であり想定外の出来事だらけの業界です。所定労働時間が8時間と決まっていても、予想外の対応でプラス2時間3時間がありえることは先に記したとおりです。事業者が決めたようにはなかなかならない。なぜなら「人」を相手にしている仕事だから。人は自分の思い通りになりませんよね。児童クラブの仕事も同じです。よって、事前申請で「今日、トラブルの件で保護者と話をすることになりました。保護者が今日ではなければ時間が無い、といっています。時間は1時間で終わる見込みです」という内容であっても、終わったのが3時間後、ということだって珍しくないですし、当たり前です。それを事業者が「1時間しか残業をつけないから」といっては、事業者が違法行為を行うことになります。完全に法令遵守にもとる悪質な行為です。「児童クラブの仕事を営む限り、どうしたって、時間外労働はある」ことを踏まえて、行われた時間外労働には必ず定められた割増賃金を支払うことです。

 職員、労働者側には次の意識が必要です。
・自身の権利や健康を守るために、遠慮なく時間外労働は申請する。→適正な賃金の支払いを受けるには正確な時間外労働の申請が必要です。事前の申請と異なってもそれはやむを得ないことなので堂々と修正申告しましょう。現実に行われた時間外労働のデータがないと、事業者側が生産性向上として時間外内容の削減に取り組もうとしても前提条件から間違ったスタートをしてしまう可能性があります。現実を事業者が認識するために、サービス残業は絶対に行わずに時間外労働は申請しよう。
・自身の健康を守るために、時間外労働の短縮を意識し実行する。→時間外労働は自身の休息時間、労働からの解放の時間を削って労働していることですから心身ともに良い影響はありません。時間外労働で稼ごうと思わず、時間外労働は極力減らす意識を持つことです。

事業者と職員双方は次のことを実行しよう。
・時間外労働の削減によって支払う必要がなくなった時間外労働手当分の原資分を、基本給や職能手当に振り向けること。→業務量の適正化や生産性向上、または制度として変形労働時間制等によって時間外手当として支払う予算は確実に減らせます。その減らせた分は、基本給の向上でもいいですし、できれば、その業務において特に結果を出している職員に対する手当として支払うことがいいでしょう。他の職員より一段高い職位に就かせてその能力をさらに発揮してもらう、その分について手当で報いる、ということです。時間外手当の賃金が生活給の一部にもなっている、というのが今の児童クラブの世界に横行していますが、早くその悪しき慣行から抜け出そう。
 その点、みなし残業代を月給に組み込んでいる事業者がありますが、あくまで適法であっても、それはなるべくやめましょう。児童クラブで働きたいと思っている人は、みなし残業代込みの賃金条件を提示している児童クラブ事業者に応募することは止めましょう。なお、月の平均時間外労働時間を10時間以上とそれなりに長い時間で表示している事業者は誠実な事業者です。4~6時間などはまずありえませんから。
 いや、実はあるんです、時間外労働が無い児童クラブ。それはそれで、「トラブルがあってもろくに解決せず、保護者と話をじっくり聞くことも無く、育成支援の準備も行うことなく、ただ出勤時刻通りに来て退勤時刻通りに帰る。所定労働時間がそもそも児童の登所時間帯をほぼ同一」という事業所です。それは児童クラブではなくて、単なる「預かり所」です。それは児童クラブと名乗っていても実質は児童クラブではありません。

 児童クラブで行われる子どもと保護者への支援、援助を丁寧に行おうとすると時間外労働は長くなります。そのような支援、援助を無視するか軽視すればするほど時間外労働は無くなります。もちろん時間外労働は極力減らすことが必要ですから、丁寧な育成支援、保護者の子育て支援を行いつつ、「必要な所定労働時間を確保」することで基本給の総額を増やすことを検討するべきです。1日の所定労働時間6時間よりも6時間30分にして、その30分で必要な準備を行うようにすればいいのですから。それによって生み出される業務の余裕が、いざという事態に取り組める態勢を生むのです。
 作業量の適正化で時間外勤務は特別な対応以外は減らす、という総合的な業務管理こそ、労使双方で取り組むことが必要です。時間外勤務の管理は事業者全体の事業効率を見直し事業内容の質の向上にもつながる、重要なことです。しっかり取り組みましょう。

 時間外残業ができる限り少ない事業者であってそれを正確に表示すれば求人応募者も増えますし、離職する職員も徐々に減っていくでしょう。児童クラブで働きたいという人は多いのですが、それ以上に離職するのは仕事の量と賃金が見合わないとか、人間関係が理由ですが、仕事がつらくてぎすぎすした職場が少しでも改善されれば、職員の定着につながります。それは労使双方にメリットがあることですから、まずは時間外勤務の管理こそ熱心に取り組みましょう。

 <おわりに:PR>
 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、2024年7月20日に寿郎社(札幌市)さんから出版されました。「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。1,900円(税込みでは2,000円程度)です。注文は出版社「寿郎社」さんへ直接メールで、または書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。お近くに書店がない方は、ネット書店が便利です。寿郎社さんへメールで注文の方は「萩原から勧められた」とメールにぜひご記載ください。出版社さんが驚くぐらいの注文があればと、かすかに期待しています。どうぞよろしくお願いいたします。
(関東の方は萩原から直接お渡しでも大丈夫です。なにせ手元に300冊届くので!書店購入より1冊100円、お得に購入できます!私の運営支援の活動資金にもなります!大口注文、大歓迎です。どうかぜひ、ご検討ください!また、事業運営資金に困っている非営利の児童クラブ運営事業者さんはぜひご相談ください。運営支援として、この書籍を活用したご提案ができます。)

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、議員の方々、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

 (このブログをお読みいただきありがとうございました。少しでも共感できる部分がありましたら、ツイッターで萩原和也のフォローをお願いします。フェイスブックのあい和学童クラブ運営法人のページのフォロワーになっていただけますと、この上ない幸いです。よろしくお願いいたします。ご意見ご感想も、お問合せフォームからお寄せください。出典が明記されていれば引用は自由になさってください。)