「朝の小1の壁」問題がメディアで報じられました。放課後児童クラブ側の意識が気になります。

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。小1の壁といわれる様々な問題の中で、「朝の小1の壁」がNHKで取り上げられました。どういうことでしょう。
 ※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。

<朝の小1の壁とは>
 「小1の壁」とは従来、「保育所や幼稚園を出た子どもが新1年生となったとき、放課後児童クラブに入れず待機児童となってしまい、保護者が就労を続けられないか、就労先を変えなければならない、正規職をあきらめて非正規職に転職しなければならない等の問題」を指していました。それがここ1~2年の間に、新1年生となった子どもの子育てと保護者の生活の両立が難しくなる全般的な問題を指し示すようになっています。
 例えば、放課後児童クラブに入れたはいいが、児童クラブが午後6時30分で閉所となるので保護者が迎えに行くことが難しい(保育所は午後7時まで開いていたからなんとか間に合った)とか、夏休みの間に児童クラブに通う子どもに、保護者がお弁当を作ることによるストレス、を指すように、新1年生がいる子どもの子育て家庭における育児と仕事の両立の難しさを指すように変質しています。

 その1つとして注目されているのが「朝の小1の壁」。小学校の登校時刻が、保護者が出勤のため家を出る時刻より遅いので、その間、子どもを1人で過ごさせることの不安や、居場所の確保が問題となっています。私の実感では、以前から朝の問題はありました。それは、夏休みなど小学校の長期休業期間中、放課後児童クラブの開所時刻が午前8時台が主流だった時代に、保護者が出勤に間に合わない、もっと児童クラブを早い時間に開所してほしいという要望があって、それこそまさに「朝の壁」であり、それも必ずしも小学1年生の保護者に限らない悩みの種だったように理解しています。
 今も午前8時台の開所をしている児童クラブでは同じように夏休みの間、保護者はきっと困っているでしょうが、私が行っている全市区町村の児童クラブの様子を確認する作業でも、午前7時台の開所クラブが相当多いので、その点、朝の保護者の出勤時刻と子どもの児童クラブ登所時刻のズレは解消しつつあるのかな、と思っていたのですが、なかなか、そうではないようです。

 NHK NEWS WEBの報道記事を一部引用します。7月4日16時03分配信記事です。
「子どもが小学校に進学すると保育園よりも登校時間が遅くなり、親の出勤時間にも影響して仕事が続けにくくなったり、親が出勤したあとに子どもが登校時間までひとりで過ごしたりすることは「朝の小1の壁」と呼ばれています。
こども家庭庁はこうした家庭への支援を検討するため全国の自治体を通じて初めて実態調査を行う方針を固めました。」
「一部の自治体では専用の人員を配置して登校時間の前に開門し学校で預かる取り組みなども始めていますが、こども家庭庁は共働き世帯の増加や教員の働き方改革が進むなかで、対策を検討する必要があるとして初めての実態調査に乗り出す方針を固めました。」(引用ここまで)

 こども家庭庁が実態調査をするとのこと。何はともあれ現状を把握することは大事ですから、国の調査に期待したいですが、本音では「新しいことに手を出すのもいいけれど、これまでの問題がまったく解決していないのに、あちこち手を付けて大丈夫なの?」とは思いますが、まあ、朝の小1の壁で実際困っている人がいる限り、対応しないわけにはいかないのも分かります。しっかり調査はしてほしいですし、有効な解決策を提示してほしいと期待します。

<私の感覚では>
 朝の小1の壁と名付けて1つの問題として取り扱うようになったはるか以前から、実態として存在していた状況です。というか私自身もそのような境遇にありました。小学生の時、毎日では無かったですが、父親は仕事で不在、母親も仕事で朝7時前に家を出るという状況は珍しくありませんでした。残った小学生の兄弟で、家を出る時間にちゃんと家を出て鍵を閉めて登校したものです。しかも小学校まで3キロ近く山道を含む長い距離をひたすら歩いて登校でした。それだって現代にあてはめればまさに「朝の小1の壁」です。
 ただ当時は、「子どもが今と比べてはるかに人数が多かった」=同じような状況の子どもがわんさかいた。そして重要なのは「地域のコミュニティがまだそれなりに機能していた。おせっかいおじさん、おばさんが子どもたちの動向に気を使ってくれていた」という時代でした。通学路では誰かしらおじさん、おばさんがいて子どもたちを見てくれていた時代でした。

 今は子どもの数がかなり少なくなり、朝や下校時に子どもたちをなんだかんだで見守って、あるいは声をかけてくれるおせっかいおじさん、おばさんも消えた。昔も今も、子どもを狙った悪い人、犯罪者はいましたが、地域全体で子どもと関わってくれている人がいなくなった現在は、子どもを狙う悪い輩に子どもが容易に巻き込まれてしまう可能性は高くなったと、私には感じられます。

 そういう時代背景の変化もまた、朝の小1の壁を生み出す要因になっているのだと私は考えています。もちろん、時代が変わったからしょうがない、とは思いません。以前は、今ほど子どもの権利や安全を守ろうという意識が、やむを得ないながら希薄だった。それはそれで仕方がないことです。1970年代に車のシートベルトをしている人は少なかったけれども、義務化となった現在はシートベルトをしない人は滅多にいなくなった。時代が変わり、法令も法規範も変われば、意識も行動も変わるのは当然です。

<放課後児童クラブは朝の小1の壁問題に対応できるか否か>
 私の考えは次の通りです。小学校の長期休業期間中における児童クラブは、保護者の出勤時間に対応できる運営体制を取る必要があると考えます。朝8時開所は遅い。せめて午前7時30分、できれば午前7時開所が望ましい。一方、小学校の登校日においては、放課後児童クラブが朝の小1の壁問題解消に寄与できる可能性は極めて限定的で、仮に児童クラブにもこの問題解消に取り組んでほしいと社会が望むのであれば、必要な経費はすべて公費負担でまかなえることと、朝の受け入れ時間に限っては放課後児童クラブに課せられている配置基準等は完全に考慮しないこと、つまり「見守りの人間が1~2人いれば十分」ということであれば、児童クラブでも朝の小1の壁問題解消に一定程度の貢献ができるでしょう。
 先のNHKの記事にも紹介されている大阪府豊中市の例のように、行政が小学校施設を使って受け入れる方法や、神奈川県大磯町のように、ボランティア活動として児童クラブで受け入れるという方法なら可能性があるでしょう。ただし、どんなに短い時間であっても、事故や事件の可能性はゼロになりません。朝の受け入れ時間帯に従事している人もいずれ日本版DBSの対象になるでしょうし、事故や事件が起きた、あるいは起こした際の責任の取扱いについて、しっかりと規定が設けられていることは大前提となります。

 長期休業期間中については、児童クラブ運営事業者はできる限り、保護者の利便性向上に資するための努力は必要です。必要経費については当然ながら国、行政が手厚い支援を行うことは言うまでもありません。

<コペルニクス的転回が必要だ>
 さて私のような考え方には、常に、とりわけ児童クラブの現場職員側から「それは子どもの幸せのためにならない」「子どもの育ちに悪影響がある」「親子で過ごす時間をさらに短く固定化することで親子関係が希薄化する」という猛烈な批判が浴びせられます。そして「企業が、もっと親子で過ごせる時間を長く取るように、企業が変わるべきだ」という意見がセットで出てきます。つまり、保護者を長時間働かせるこの国の社会が問題なんだ、と。児童クラブ側が合わせるのではなくて、保護者が児童クラブの開設時間に合わせた利用方法をするべきであって、保護者がそうするためには企業がそのための配慮をするべきである、と。

 ご説、ごもっとも。しかし私は「木を見て森を見ず」と言います。いや「本当さは、自分が朝早く、出勤するシフトが嫌だからでしょ?」と嫌味の一つも言いたいところです。

 同意の点はあります。子育て中の保護者に対し、もっと子育てに時間を費やすことができるような労働時間の設定の仕方が当然可能となるような社会に、この国は変わっていかねばなりません。そのために、法の強行規定で、子育てに時間をさけるような労働時間、勤務時間の設定を使用者側に義務づけるべきです。ただしそれも、「子育て中の保護者の所得のある程度の保障」と、「労働力が減る企業側、使用者側への完全な保障」がセットでなければ実現不可能です。現在も、例えば育児・介護休業法には、3歳に満たない子を養育する労働者には、所定労働時間を超えて労働させてはならないという規定があります。これが徹底的に守られていれば、放課後児童クラブへのニーズは相当減るでしょう。小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者には、制限時間を超えて労働時間を延長してはならないという規定もあります。しかしいずれもザル規定で、事業主は事業の正常な運営を妨げる場合はこれらの請求を拒むことができるので、実効性はありません。働く側も、労働時間が減っては稼ぎが減るので生活が苦しくなるので、出来る限り長く働きたいのが本音です。

 子育て中の保護者が、子育てに時間をもっと確保でき、かつ、子育ての時間が十分確保できるだけの労働時間で生活ができ、そのような保護者を雇う側にも事業の正常な運営を妨げないような仕組みが法制度の支えがあって構築されなければ、とてもとても、「企業側が変わればいいんだ」「社会が変わらなければダメ」という意見は実現しません。もちろん、だからこそ私は国に早く法制度を変えて、子育てと仕事の両立ができるような社会にするべきだと考えています。そのためには巨額な予算が必要ですから、子育て拠出金の増額や消費税の税率アップも容認する考えです。

 しかしそれが実現するまでの間、おそらく何十年かかかるでしょう。それを座視はできません。「いま、現に、朝の出勤時間と、子どもを1人きりにしなければならない心配、不安との天秤に悩んでいる保護者」を支える制度を、救う方策を、子育て支援の仕組みの側が積極的に構築するように動くべきです。「子どもがかわいそうだ」なんていう子育て支援者は、私は存在する意味がないとすら考えています。「だったら、まずはかわいそうにならないような最低限度の仕組みを整えようと思わないのかね?」と、私は言います。
 放課後児童クラブとはその、最低限度の仕組みですよ。実は私はそれにすら強烈な不満がある。保護者が小学生の育児、養育、監護をできない時間帯に保護者の代わりとなるのが放課後児童クラブの設置理由ですが、「留守の時間帯」という前提を取っ払って、「保護者と一緒に、時には保護者を超えて、児童の育成支援の専門職として、児童が1人の人間として健全に育つための支援、援助をするべきだ」と考えいるのです。そうであれば、朝早くクラブを開けようが、夜遅めにクラブを閉めようが、保護者が仕事の公休日であっても、児童クラブをいつでも利用できることになります。「子どもの育ちを支えたい」という思想こそ事業の中核に据えるべきであって、保護者と連携協力しつつ、あるいは(実際にははるかに必要ですが)保護者への子育て支援(というか、指導、教育)を行いつつ、子どもが健全に育つように育成支援の専門職として子どもの成長過程に向き合う、それを児童クラブの役割とするべきなのです。

 児童クラブの役割を変質させることと、企業、いや社会全体として、子育て中の保護者に対して子育ての時間をもっと確保できるようにするための制度変革を求めることは両立します。最終的に、どのような子育ての方策を選択するのかは保護者が(子どもや、児童クラブの職員の意見も聞くなどして)決定すればいいのです。

 なお、1つだけ念を押しておきたいことがあります。「世の中の保護者には、自らの専門職としての誇りや、自分自身でしか無しえない業務や仕事を行うため、積極的に労働時間を長く確保したいという人だって、ごく普通にいる」ということです。そういう人の生き方を否定するようなことを、平気で子育て支援者側は口にします。「親子の時間、大切と思わないのですか?」「子どもは親と過ごしたがっていますよ」と。私は、子育て支援者側の傲慢だと考えます。社会にとって欠かせない役割をしている人がいて、その人の仕事や活動がないと社会や企業が支えられないことはよくあることです。そのことと、子育ての重要性を比べてどちらが大事か迫ることは、してはならない。どちらも大事に決まっているからです。その上で、「子どもの育ちの専門職が存在するなら、保護者である自分がどうしても関わり切れない部分について、その専門職に任せたい」ということを否定するようであってはならないと、私は考えています。当然、そのような保護者でも、仕事や業務において自分でなくても務まるような任務、タスクがあれば他に任せる選択肢だって取るでしょう。それぐらいの分別ができる程度でなければ、第一線で重要な業務や仕事ができるはずもない。

 今回、こども家庭庁が調査をするのも、そもそも「こどもまんなか」を国が掲げているのも、私は実のところ「子育て中の保護者であっても貴重な労働力であり、いかに労働力を確保するか。そのために必要な方策を考えるため」だと信じています。こどもの育ちやこどもの権利主体を守るということが目的地ではなく、そこを通過点として、「こどもの育ちや権利を守る方策を整えた上で、どうやって保護者を労働力として活用できるか、活用できる社会とするか」が着地点、目標であろうと勘繰っています。それはそれでいい。社会が回らなければ、家庭生活も成り立ちません。所得が得られなければ子育てだって窮しますから。

 私は児童クラブ側、子育て支援側の意識もまた、変わらねばならないと強く信じています。いつまでもこどもかわいそうではない。かわいそうなこどもをかわいそうでないために、己は何ができるのか、どういう支援、援助ができるのかを考えなさいといいたいのです。結局のところ、そうした積極的な子育て支援が、極端な例で言えばネグレクトを含む各種の虐待行為を防いだり早期発見につながったりするのです。

 児童クラブ側は、「保護者がそんなでは子どもがかわいそう。親が子育てを放棄してひどい」ではなく、「今はまだ働かなければならない子育て受難紀。(「紀」としたのは白亜紀とかジュラ紀の「紀」の意味)だからこそ私たちはプロとして子どもを支えるから頑張ってください。いつか社会が子育て世帯にもっと寛容になる日がくるまで一緒に頑張りましょう」と言ってあげられるコペルニクス的転回が必要です。と同時に、しっかりと、児童クラブの制度改善を要求しつつ、育成支援の専門職としてふさわしい評価待遇が得られるように活動をしなければなりませんね。そのためには育成支援の更なる専門性の構築、理論化と、その優れた実践もまた必要です。

<おわりに:PR>
※書籍(下記に詳細)の「宣伝用チラシ」が萩原の手元にあります。もしご希望の方がおられましたら、ご連絡ください。こちらからお送りいたします。内容の紹介と、注文用の記入部分があります。

 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、2024年7月20日に寿郎社(札幌市)さんから出版されます。本のタイトルは、「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。1,900円(税込みでは2,000円程度)になる予定です。注文は出版社「寿郎社」さんへ直接メールで、または書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。アマゾンでは予約注文が可能になりました!お近くに書店がない方は、アマゾンが便利です。寿郎社さんへメールで注文の方は「萩原から勧められた」とメールにぜひご記載ください。出版社さんが驚くぐらいの注文があればと、かすかに期待しています。どうぞよろしくお願いいたします。
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 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

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