濃密な人間関係がある放課後児童クラブ(学童保育所)は高ストレス職場。精神疾患による労災も十分起こりえます。
放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)運営者と働く職員をサポートする社労士「あい和社会保険労務士事務所」代表の萩原和也です。放課後児童クラブを舞台にした人間ドラマ小説「がくどう、 序」が、アマゾン (https://amzn.asia/d/3r2KIzc)で発売中です。ぜひ手に取ってみてください! 「ただ、こどもが好き」だからと児童クラブに就職した新人職員の苦闘と成長、保護者の子育ての現実を描く成長ストーリーです。お読みいただけたら、アマゾンの販売ページに星を付けていただけますでしょうか。そして感想をネットやSNSに投稿してください! 最終目標は映像化です。学童の世界をもっと世間に知らせたい、それだけが願いです。ぜひドラマ、映画、漫画にしてください!
放課後児童クラブの特徴は「高ストレス職場」であること。なぜなら、少数の職員が濃密に連携しあって同時に複数の業務すなわちマルチタスクをこなしていく職場で、濃密なコミュニケーションが求められるがゆえに、人間関係が重荷となってしまい、そこから精神的な疾患に至ることが、よくあるからです。業務に伴う高ストレスが招く精神疾患は労働災害となります。放課後児童クラブは精神疾患による労災への対応が喫緊に必要な業務です。
(※基本的に運営支援ブログと社労士ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブは、いわゆる学童保育所と、おおむね同じです。)
<精神疾患による労災が増えているという報道がありました>
ヤフーニュースに2025年10月28日8時12分に配信された、テレ朝NEWSの「精神疾患による労災認定 初の1000人超で過去最多に 「上司とのトラブル」が急増」との見出しの記事から一部引用して紹介します。
「仕事が原因で精神的な疾患を発症し、労災認定された人が2024年度初めて1000人を超え、過去最多となったことが分かりました。」
「厚労省がまとめた過労死白書によりますと、2024年度に仕事が原因でうつ病などの精神疾患を発症して労災請求した人は3780人、認定されたのは1055人で、いずれも過去最多でした。」
「請求数を業種別に見ると「医療・福祉」が最も多く、約3割を占めました。」
「精神疾患の要因としては「対人関係」が最も多くなっています。」
(引用ここまで)
全国ではそれこそ何十万人、いやもっと多くの人が医療福祉の分野で働いているので、そのうちの数百人だけが精神疾患で労災認定されただけじゃないか、と冷ややかな目でみる方もいることでしょう。確かに、「全国で医療と福祉の仕事に従事している人数」の中でどれだけ業務が原因で精神疾患となって労災に認定されたのか、その割合は0.数パーセントかもしれません。ただ、労災認定までする人はよほどの場合であって実際は申請そのものの手数を考えて申請しない人が相当多いと思われること、そもそも申請しても3分の1ぐらいしか認められないことから、労災とは認定されていなくても業務において精神疾患を発症してしまった医療福祉の従事者は、うんと多いであろうと運営支援は想像します。
<放課後児童クラブの仕事は高ストレス>
仕事におけるストレスの原因は様々です。長時間労働やハードワークによる肉体的な疲労も当然にあるでしょうが、上司や同僚、あるいは顧客といった「対人関係」がもたらす高いストレス、高度な心理的負荷によって精神面に変調をきたすことが増えています。うつ病はその最たるものですが、「適応障害」もその1つです。うつ病や適応障害においても、それが業務に起因することが明確であれば、労働災害として認定される可能性は高いといえます。(なお、「必ず」認定されるとは言えません。認定の判断は国が行うものですので。)
児童クラブはどうでしょう。冒頭にも記しましたが、「少人数」「濃密なコミュニケーション」そして「マルチタスク」という、心理的な負荷が大きい条件がそろっています。少人数もとりわけ同じ又はそれに近い職位である正規(常勤)職員はたいてい2、3人。そのごくごく少人数での濃密なやりとりは、人間的に「うまが合わない」場合は苦痛以外、なにものでもありません。正規(常勤)職員以外はパートやアルバイトなどになりますが、するとそこに新たに「上下関係」も生じます。正規(常勤)職員が1人のクラブでは、他の非常勤職員たちへの指揮監督も責任となってのしかかるので、さらにストレスが増します。当然、多数のこどもと関わるので同時多発的に起きる出来事に対応するマルチタスク能力が必要です。これも心理的に大変疲れるものです。
さらにいえば、対応する相手が「こども。それも大勢のこどもたち」に加えて「保護者」そして「学校関係者」「違う部署で勤務している同じ事業者の上司」、ときには「近所の住民」と、様々な立場の人がいます。また、それぞれに「手ごわい」のです。こどもは、こどもの人権はもちろん絶対に守るとしてもこどもとの対応にとても気苦労を感じる職員はごく普通にいます。かつては、こどもに何か諭したり注意をしたりしても「それってあなたの感想ですよね?」と言い返されて参ってしまう職員が多くいました。保護者も全員が児童クラブに理解があって協力的とは限りません。人間はこどもも大人も人間ゆえに十人十色ですから、どんな人でも自分の思い描いたような展開通りに発言し行動することはありませんが、こども・保護者・学校の先生・児童クラブの会社の上司等々、いろいろな人と関わる児童クラブの職員は、心理的な負荷を強く感じやすいのです。
背景を考えれば「仕事量にとても見合わない低賃金」がありますし、特に長期休業期間中には「長時間労働」があります。こどもが新1年生として新規入所する4月から2~3か月の間は、新規入所児童やその保護者との対応も気を使います。
しかし運営支援が考える、児童クラブにおいて職員に最もきつい心理的負荷をもたらす要因は「育成支援に対する方針の食い違い」です。育成支援に対する考え方(それはよく「保育観」という単語で示される)は、個々の職員のこどもに関する価値観や判断基準等にも影響されるので、完全に一致することは、そうありません。方向性としては同じ方向を向いていればいいじゃないか、と考えられるのですが、結構多くの人においては方向性が同じだけでは安心せず、育成支援の手法や技法、ひいては手順そのものが「自分の考え、自分がいつも行うこと」と一致していなければ安心しない、理解しない、受け止められないという人がいるのですね。例えばチャーハンを作るときに「溶き卵」を使うとして、「先にボウルなどに卵を割り入れて箸でかきまぜてから中華鍋に投入しないと気が済まない人」がいれば、「中華鍋に卵を割り入れて、それを箸でかきまぜてよしとする人」もいます。結果的に、おいしいチャーハンができればいいじゃないかと思う人が多いでしょうが「その手順は邪道。ダメだ」として頑として譲らない人もいるのです。
児童クラブでは、例えば「おやつ」のとき、室内全体が静まらないと「いただきます」をしない職員がいます。また「班ごとに静かにできれば、いただきますをしてOK」な職員もいます。その違いを頑として受け入れない職員もいます。そういう場合、他のやり方がまかり通っている職場や、他のやり方を許容している人が、ストレスの原因となり、そういう人と連日、顔を合わせてコミュニケーションを繰り返すことが、精神的な負荷を増大させて、最悪の場合は適応障害に陥ったり、うつ病を発症したりするのです。
わたくしも児童クラブの運営の長に就いていたときは、決して少なくない人数の職員が、適応障害で休職、離職しました。困ったことに正規2人配置の場合に決まって相手方が短期間のうちにメンタルトラブルで離職してしまうということがありました。
児童クラブで働きたい、という人の中には、「こどもが大好き。でも、おとなとのやり取りはあまり好きではないし、どちらかといえば苦手。だからこそ、こどもとたくさん関わりたい」という動機で求人に応募してくる人がいます。そういう人はわたくし萩原の感覚ではすぐに「休職」そして離職、退職します。児童クラブは、単にこども好きな人では勤まらない。こども以上に「大人」の人間関係に追い込まれることが多い職場です。
まして、児童クラブの場合は、得てして、児童クラブの「現場」の状況を知らないか、あるいは知ろうとしない上司や上層部がいます。保護者会が1つのクラブを運営している場合、保護者会の会長が形式上、運営のトップになるでしょうが、当然ながら保護者には本職があるので児童クラブの様子を始終、見ているわけはありません。また運営本部や事務局をもっている広域展開事業者のような大きな児童クラブ事業者では、時として、現場からの切実なリクエストー職員の早期補充、研修の充実などーがあっても「予算が無いから無理」と冷淡にはねのけることがあります。予算が無いから無理というよりも、会社に上納する利益を削って現場の予算に回すともっと上の会社の偉い人に睨まれるから、ということですね。そりゃ、現場のクラブ責任者のストレスはたまりにたまります。
どんな仕事にも相応のストレスはあります。新聞社だってストレスの塊です。わたくしも記者時代、決して誹謗中傷とはならないように気遣いながらも批判的なトーンで書いた記事に対して、それこそ剃刀の刃や白い粉が入った封筒が届いたということがありました。電話でお叱りを受けることは日常茶飯事。そんな経験をしたわたくしでも、「とてもとても、児童クラブで受ける仕事上のストレスにはかなわない」と感じた次第です。
<児童クラブで受けた精神的な疾患が目立たないわけ>
単純に、労災認定の手続きをしないだけです。児童クラブに採用されて働き出す→職場での高ストレスで適応障害→病気休職を経て退職、病休制度がない小さなクラブでは診断が出たらそのまま退職、でジ・エンドなだけです。
児童クラブ側も精神的な疾患による労災認定手続きに慣れていないという事情もあるでしょう。そもそも前例がないし、社会保険労務士に費用を払って相談することもない。その費用がないからです。罹患した職員側も、児童クラブの事業者としての規模感を知っているがゆえに、いちいち労災の手続きをすることなく、状態が落ち着いたら別の児童クラブで働き始めることを選ぶのです。そもそも適応障害は、「児童クラブによくある職場環境そのもの」が原因であることが多いもの。つまりたいていは「特定の上司や同僚、保護者、こどもがいる環境によって引き起こされる症状」ですから、その原因となる環境や状況から遠ざかれば状態が良くなるものであり、勤め先を変えればまたリスタート、やり直しができるものです。
児童クラブはどこもかしこも人手不足ですし、人間関係が厳しいということはよくわかっているものですから、よほどひどい疾患の状況でなければ、「クラブの人間関係で参ってしまって前の職場を退職しました」ぐらいの人は「この業界にはよくあるよね」として、ごく普通に採用するものです。次の職場が比較的早く見つかる業界ですから、労災認定するよりも次の職場で再出発する方が多いのだろうと、運営支援は想像します。わたくしの個人的な例でも、適応障害で就労できないという精神科クリニックからの診断書を持ってきてすぐに退職した人が隣の自治体にある児童クラブで間髪入れず勤務を始めた、という経験は何度もあります。
<これからは、そうはいかないのでは>
人手不足は今後さらに深刻化するでしょう。児童クラブ側が欲しい若手の人材は当然、40~50代の人材すら奪い合いです。低賃金長時間労働、そして家事のゴールデンタイムと重なる夕方の時間帯が主たる勤務時間である児童クラブは、人材獲得競争では特に必要なパート職員の獲得において他業種に比べて不利なままです。かといって、外国人の労働者が児童クラブでその能力を発揮できるかといえば、言語能力がこどもや保護者とのコミュニケーションに差しさわりが生じないほど能力があれば大丈夫でしょうが、そういう人材こそ他の業種との奪い合いです。ロボットやAIが児童クラブの職員の労働力を代替することも不可能。
つまりもう、児童クラブは、「また職員がメンタルでダメになった。辞めてもらって、次の応募を待つか」という対応ではやっていけないということです。いまだって実際はそうなんですがね。これからの児童クラブはそもそも「職場において精神的な疾患に陥らないような良好な労働条件、職場環境を整えること」を最優先に、残念にも仕事が原因でメンタルヘルスに不調をきたした人への回復を支援、労災認定にも協力して、早期職場復帰を目指すという姿勢が欠かせなくなるでしょう。
職員、スタッフのストレスの度合いを定期的に確認することができる「ストレスチェック制度」の実施が、令和10年度(2028年度)には、50人未満の事業場においても義務となります。つまり、職員が5、6人しかいない児童クラブも対象となるということです。ストレスチェックには産業医の関与が必要など制度上、小さな事業者には負担となることが多いので国は2026年度には50人未満の事業場におけるストレスチェック制度について実施マニュアルを定めて公表するとしているようです。そのマニュアル次第ですが、「児童クラブはどんなに小さな事業者、保護者運営であっても、ストレスチェックが必要となる時代が3年後にはやってくる」と心得ましょう。
<最後に、精神的な疾患による労働災害に関する知識>
以前も運営支援ブログで取り上げましたが、心理的な負荷による精神障害についての労災認定基準が2023年9月に改正され、「より、認定されやすく」なっています。冒頭に紹介した報道も、この認定基準の改正による影響かもしれませんね。変わったのは、「悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」(特に強い心理的負荷となる出来事)がなければ業務と悪化との間の因果関係を認めていなかった」ことが、その特別な出来事が無くても、「悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」がない場合でも、「業務による強い心理的負荷」により悪化したと医学的に判断されるときには、業務と悪化との間の因果関係が認められる」という点です。
また「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」こともストレスの評価対象として加えられました。
児童クラブに関して言えば、特別な出来事などなくても日ごろの仕事で強いストレスを受け続けているわけですから、この改正がより有利に働くと言えます。まさに保護者や、こどもからなされた行動でストレスが限界に達することが多い児童クラブ職員には有利な改正です。そういう点でも今後、児童クラブの仕事で精神的な疾患となった職員は積極的に労災認定に向けて申請をするべきであると、運営支援は提案します。
なお精神障害による労災認定基準は、次の3つのいずれも満たす対象疾病が業務上の疾病として取り扱われることとなっています。これは先の改正以前から変わっていません。
1 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
2 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
3 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
児童クラブの事業者は精神的な疾患に関する労働災害について、弁護士や社会保険労務士に相談して対応できる体制を早期に整えるようにしましょう。職員たちの安心感につながります。もちろん、真っ先に取り組むべきことは、児童クラブはそういう職場だから、と受け止めることなく、すこしでも職員、スタッフが過度のストレスを受けることがないような職場環境の整備です。パワハラ、カスハラへの対応はもちろん、職員間の円滑なコミュニケーションがなされるような対応、特に人間関係をこじらせやすい「育成支援への取り組み方」の意思統一について最優先に取り組みましょう。ぜひ運営支援にご相談ください。
(お知らせ)
<社会保険労務士事務所を開設しました!>
2025年9月1日付で、わたくし萩原が社会保険労務士となり、同日に「あい和社会保険労務士事務所」を開業しました。放課後児童クラブ(学童保育所)を中心に中小企業の労務サポートを主に手掛けて参ります。なお、放課後児童クラブ(学童保育所)に関して、労働関係の法令や労務管理に関すること、事業に関わるリスクマネジメント、生産性向上に関すること、そしていわゆる日本版DBS制度に関しては、「あい和社会保険労務士事務所」を窓口にして相談や業務の依頼をお受けいたします。「あい和社会保険労務士事務所」HP(https://aiwagakudou.com/aiwa-sr-office/)内の「問い合わせフォーム」から、ご連絡のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
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「一般社団法人あい和学童クラブ運営法人」は、引き続き、放課後児童クラブ(学童保育所)の一般的なお困りごとや相談ごとを承ります。児童クラブの有識者として相談したいこと、話を聞いてほしいことがございましたら、「あい和学童クラブ運営法人」の問い合わせフォームからご連絡ください。子育て支援と児童クラブ・学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と児童クラブ・学童保育担当者の方、議員の方々、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。
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