放課後児童クラブを「民営化」すればすべての問題が上手に解決できるという理屈。本当に信じているのなら残念です。

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。いま、あちこちの地域で放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所もおおむね該当します)を民営化したり、あるいは広域展開事業者に委ねることが得策だ、という考えが急激に広まっています。そして相次いで広域で児童クラブを運営する事業者(=広域展開事業者)に委ねられています。どうして行政はそれが得策だと思うのでしょうか。ある自治体の方向性を例に私なりに考えてみます。
 (※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。)

<2つのパターン>
 放課後児童クラブを、民間に任せることは以前から行われていることです。そもそも放課後児童クラブの仕組みは、必要に迫られて子育て中の保護者が生み出した仕組み(=それを学童保育、と呼んできました)ですから、元来は民間の事業です。保護者が運営をするのが大変だからと、行政が運営することも多くなりました。それが公営です。その後、法律に放課後児童クラブが盛り込まれるようになり、放課後児童クラブは市区町村が実施できる事業となりました。

 こうして、保護者が運営する児童クラブ(だいたい、学童保育所と呼ばれることが目立ちますね)と、お役所が運営する児童クラブの2つのパターンが見られるようになりました。よって、この2つのパターンそれぞれに、新たな展開の局面がいま、訪れています。

 保護者が運営する児童クラブにおいては、「保護者が運営するのにはもうとても手に負えないほど大変、負担感が大きすぎて保護者が悲鳴を上げている」ので、児童クラブを専門に運営している企業や団体に任せてしまおう、という流れです。先日報道された、松江市の事例はこのパターンです。山陰中央新報デジタルの2024年10月7日午前4時配信の記事には、「松江市教育委員会が2025年度、任意団体に運営を委託している公設放課後児童クラブ40施設のうち4施設の運営を、試験的に民間事業者に移す。支援員の雇用や、労務、会計管理など専門的な業務は任意団体にとって負担が大きく、安定的な運営が危ぶまれていることが背景にある。3年間実施し、成果や課題などを抽出、民間事業者への移行を進めるかどうか判断する。 」とあります。職員の雇用や、労務に関する仕事、会計に関する仕事は保護者たちにはとても専門的過ぎて難しい、ということです。
 このパターンでは多くが保護者たちで構成している「保護者会」や「地域運営委員会」という任意団体(それでも、民間の団体)を、児童クラブの運営に慣れた業者に任せるということが多いですが、昨年来は違う流れも出てきています。例えば愛知県津島市や埼玉県北本市のように、保護者達が運営している任意団体を法人化をして、それなりに事業の運営を行う担当者を置いていながら、行政が、児童クラブの運営に慣れた業者に任せてみようと考えるという動きです。今後はこの動きが急加速するであろうと、私は考えています。

 もう1つのパターンが、公営クラブの民営化です。この場合、新たにクラブの運営を任せる相手としては、先に述べたように運営に慣れた業者(=広域展開事業者。シダックス大新東ヒューマンサービス社や明日葉社が代表的存在)に任せる流れと、地元の社会福祉法人に任せる流れに区別されます。後者の、地元の社会福祉法人としては、保育所やこども園を運営している法人(幼稚園やこども園では、学校法人の場合もあります)と、社会福祉協議会という場合があります。このパターンとしては、2024年度から福島県郡山市や高松市が、きわめて多くのクラブを一気に民営化したということがあります。

<どうして行政は公営クラブを民営化したがるのか>
 では、行政が公営クラブを事業者に任せようという理由は何か、つまり民間委託の優位性をどう考えているかについて、端的に説明をしている事例があります。岐阜県関市市議会でのやり取りです。関市は公営のクラブがある地域ですが、民営化を検討しているとのことで、議会でもこのことが取り上げられていました。
 関市の令和6年第2回定例会会議録( 06月17日-11号)です。
所管の、教育委員会からの答弁です。
「それでは、お答えいたします。民間委託の優位性についてでございますが、必要な専門知識及び経験を有する民間事業者に業務を委託することによって、利用者へのサービスの質の向上や民間のノウハウを活用した人材確保及び効率的な運営体制の確立が期待できることでございます。
 教室では多様なプログラムを提供し、専門的な教育プログラムの下、児童の学習や発達をサポートします。安全対策を徹底し、安全計画に基づく訓練も充実させ、専門スタッフが厳格な管理下のもとで児童を見守ります。また、人材の確保により、現在対応できていない受入れ態勢を整えて対応していくことを目指します。保護者のニーズに応え、入退室管理アプリの導入や長期休みの弁当配送など、対応できることが増えていくものと考えております。
 また、指導員にとっても、継続的な研修が提供され、指導技術や子どもの発達に関する最新の知識を学ぶことができます。現在、主任指導員が行っている教材やおやつの購入、事務作業や保護者対応を委託事業者職員が請け負うことで、主任指導員も児童対応に専念できるようになります。専門知識を持つ民間委託先に教室運営を任せることで、専任担当においても料金徴収業務や施設改修、保護者対応業務に専念でき、業務効率化につながることが期待できます。以上でございます。」

 上記の答弁は関市の事例ですが、他の地域でも似たような趣旨を民営化のメリットとして説明していますので、行政側の一般的な民間委託に関する利点、メリットとしておよそ共通して認識、理解されているといえるものです。

 上記の中で私が気になることを抜粋して挙げます。
「必要な専門知識及び経験を有する民間事業者」
「利用者へのサービスの質の向上」
「民間のノウハウを活用した人材確保」
「(民間のノウハウを活用した)効率的な運営体制の確立」
「教室では多様なプログラムを提供」
「専門的な教育プログラムの下、児童の学習や発達をサポート」
「安全対策を徹底」
「安全計画に基づく訓練も充実」
「専門スタッフが厳格な管理下のもとで児童を見守り」
「人材の確保により、現在対応できていない受入れ態勢を整えて対応」
「指導員にとっても、継続的な研修が提供」
「指導技術や子どもの発達に関する最新の知識を学ぶ」
「主任指導員も児童対応に専念できる」
「専門知識を持つ民間委託先に教室運営を任せることで、専任担当においても料金徴収業務や施設改修、保護者対応業務に専念でき、業務効率化につながることが期待」

 とまあ、「どうだ、これだけのことが民間に委託するとできるんだぞ!」と主張しているわけですが、私はこのことを、「現実を知らないで夢物語を語っているか、現実を知っているならあまりにも事実とかけ離れた空虚な話をしている」と言わざるを得ません。

<現実を知っているならとても主張できない。以下、一刀両断!>
 以下、私の嫌味を書き連ねましょう。
「必要な専門知識及び経験を有する民間事業者」
 →必要な専門知識と経験を有する民間事業者はあります。ありますが、それを実際の児童クラブ運営に反映できているかどうかは別です。育成支援における専門知識よりもいかに損益差額をプラスに持っていくための知識を存分にためこんでいる広域展開事業者や社会福祉法人には、事欠かないでしょう。

「利用者へのサービスの質の向上」
 →行政が仕様書で午後7時まで開所しなさい、午前7時30分から開所しなさい、と決めれば受託者は従うだけです。それに必要な資金の裏打ちは当然行政が用意します。公営クラブが民営化するとおよそ保護者の利便性は向上しますが、それは「公営のいま、予算を使わない」だけです。なぜに民営化したら出せる予算が公営では出せないのでしょうか。

「民間のノウハウを活用した人材確保」
 →これは民営も公営も現実にはとてもかないません。広域展開事業者がどれだけ求人広告を出しているか行政はご存じない?民間のノウハウを活用した人材確保というのは「自社の求人サイトの活用」か「民間の求人サイトへの出稿」か、はたまた「スキマバイトの活用」ですか?民間だろうが公営だろうが賃金の額が低ければ人は応募しません。さらに広域展開事業者や一族経営の社会福祉法人が、損益差額のプラス化だけを念頭に人件費を削れば、もっと人の応募はなくなります。民間のノウハウだなんて、幻想です。

「(民間のノウハウを活用した)効率的な運営体制の確立」
 →効率的というのは何?少ない人数で児童クラブをまわすことですか?勢い、監獄のような児童クラブになりますよ。効率的な運営で損益差額がプラスになって事業者本部だけがウハウハ、ということですか?

「教室では多様なプログラムを提供」
→体験格差を解消するための適宜なプログラムは賛成です。しかし、「けがやトラブルが起きやすい子どもの自由活動を制限することを本来の目的として」多様なプログラムを提供し、その間、職員はぼーっと突っ立って様子を見ているだけのプログラムを実施しているという現実を、行政はご存じないようですね。

「専門的な教育プログラムの下、児童の学習や発達をサポート」
 →育成支援の本質を理解していないからこのような発言が出てきますね。放課後児童クラブ運営指針を、この教育委員会はまったく理解していないのでしょう。放課後児童クラブにおける教育面を全否定としませんし、学習のサポートも貧困化の拡大による学習機会喪失を補うために必要ですが、それが主目的ではありません。

「安全対策を徹底」
 →では今の公営クラブは安全対策が徹底されていないとでも?企業系の児童クラブの方がおしなべて従事する人員は少ないので、人的優位は無くなります。民営化で安全対策が徹底されるというのは意味がありません。

「安全計画に基づく訓練も充実」
 →これも上記と同様。ここにおいて民営も公営も差が生じては困ります。

「専門スタッフが厳格な管理下のもとで児童を見守り」
 →最悪です。厳格な管理下?実は実際、そういう広域展開事業者はごまんとあります。子どもたちに私語を許さない、少しでも職員の命令に反したら正座、おやつ抜き、外に出す、そういう企業系の児童クラブはたくさんありますよ。児童クラブの担当者が、こんな暴言を吐いたら、それこそその場で議員が抗議をしなければならない。残念ですね。

「人材の確保により、現在対応できていない受入れ態勢を整えて対応」
 →これも公営、民営で差が生じてはなりません。現在でも対応できるようにしなければダメでしょう。

「指導員にとっても、継続的な研修が提供」
 →これも公営、民営で差が生じてはなりません。また広域展開事業者の行う職員研修はビデオ講習が多く、しかも肩書は偉そうな専門家さんですが、ただ単に理論、理屈、机上の論理を述べているだけで現実の、それこそ子どもとの緊迫したやりとりに役立つような実践的な研修内容であるとは、到底、聞いたことがありません。カタログスペックは立派な研修ですが、まったく形だけのものがおこなわれていますよ。

「指導技術や子どもの発達に関する最新の知識を学ぶ」
 →最新の知識を学ぼうとも、研修に使える時間は職務外、必要な資料も自腹で購入するのが、児童クラブの運営に慣れた事業者の姿勢です。とても最新の知識など学べません。なにより、従事している職員数が少なくて年次有給休暇すら満足に取得できません。

「主任指導員も児童対応に専念できる」
 →は?主任級の職員はクラブにおける育成支援の統括ですよね。児童対応に専念せずとも、児童対応に専念する職員に適切な指示を出し、自らは困難事例に手助けする、対応に加わることが重要です。だいたい、本部の職員がクラブの状況に適した、おやつの発注などできませんよ。

「専門知識を持つ民間委託先に教室運営を任せることで、専任担当においても料金徴収業務や施設改修、保護者対応業務に専念でき、業務効率化につながることが期待」
 →まったくの幻想です。公営でもできますし、どの民間事業者でも、職員の人数に余裕があればできます。また、適正な賃金を用意さえすれば、資質に優れた職員を従事させられますから、生産性向上を理解した上での児童クラブの業務に就かせられます。

<本音は、もうやりたくないんでしょうね>
 公営クラブを残せ、民営を公営クラブに戻せ、という動きは未だに根強いものがあります。とりわけ、伝統的な児童クラブ、学童保育を尊重する勢力にはその意見が未だに多数聞かれます。理想は理想として、現実は不可能です。
 公営クラブは保護者が支払う料金をかなり低額に抑えています。公営なのにそんなに高いのは無理だ、と批判されるのを避けるためでしょう。ということは児童クラブを充実させようとすれば、保護者からの収入に期待はできず、自前の持ち出しが増えるだけです。しかし、多くの市区町村にはそんなカネはない。
 いったん民営化して、徐々に保護者の負担金を値上げするなら話は変わります。また、民営化を機に財政当局の首を縦に振らせて予算額を増やせるのでしょう。それは会計年度任用職員を雇わないで済む分、予算に余裕がでることも影響するでしょう。

 何より、保護者からのクレーム、お叱り、いろいろな干渉に対応する業務が無くなることは、行政にとって実にありがたいことです。であれば民営化は万々歳です。しかしそんなことは絶対に言えません。
 もちろん、ごくごく珍しいことに、子育て支援を充実させて生き残るんだ、人口を増やすんだ、という決意を固めた自治体だってあるでしょう。岡山県のさる町では公営化を決めました。この時代に何と珍しい。しかしそれは明確なビジョンを持っての決断です。そういう決断が他の市区町村ではどうしてできないのかと思いますが、やはり無理なのでしょう。

 行政が民営化をうたうなら、優位性を主張するなら、せいぜいが、これまでやろうともしなかった保護者向けサービスの充実ができることぐらいです。やろうと思えばやれたことですが面倒くさくてやらなかったことを民間業者にやってもらうだけですと正直に言えばまだ好感が持てますけれども。そもそも私自身は民営化に賛成ですし、硬直化した公営より柔軟で機動性の高い民間事業者の知恵に任せた方がより効率的な児童クラブ運営が可能であることを自分自身で体験してきました。
 どうしても民営化をするなら、予算の多くを事業者の利益として吸い上げられないように、賃金条項を付けた公契約条例を策定して行政、議会が監視することです。賃金は最低賃金レベルではダメです。子どもの育成支援の専門職にふさわしい賃金を下限として、それ以上の賃金を確実に支給していることを行政、議会が確認できるような仕組みを整えて、民営事業者に委ねる、あるいは委ねる民営事業者を変える、ということをしていただきたいと私は希望します。

 民営に委ねれば児童クラブの問題がすべて解決されるだなんて、保護者や住民を騙そうとしてもダメですよ。議員さんも、もっとしっかり児童クラブの実態を勉強してくださいね。

<おわりに:PR>
 弊会代表萩原ですが、2024年に行われた第56回社会保険労務士試験に合格しました。これから所定の研修を経て2025年秋に社会保険労務士として登録を目指します。登録の暁には、「日本で最も放課後児童クラブに詳しい社会保険労務士」として活動できるよう精進して参ります。皆様にはぜひお気軽にご依頼、ご用命ください。

 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、2024年7月20日に寿郎社(札幌市)さんから出版されました。「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。1,900円(税込みでは2,000円程度)です。注文は出版社「寿郎社」さんへ直接メールで、または書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。お近くに書店がない方は、ネット書店が便利です。寿郎社さんへメールで注文の方は「萩原から勧められた」とメールにぜひご記載ください。出版社さんが驚くぐらいの注文があればと、かすかに期待しています。どうぞよろしくお願いいたします。
(関東の方は萩原から直接お渡しでも大丈夫です。なにせ手元に300冊届くので!書店購入より1冊100円、お得に購入できます!私の運営支援の活動資金にもなります!大口注文、大歓迎です。どうかぜひ、ご検討ください!また、事業運営資金に困っている非営利の児童クラブ運営事業者さんはぜひご相談ください。運営支援として、この書籍を活用したご提案ができます。)

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、議員の方々、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

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