高額報酬問題で報道された放課後児童クラブ。「法令遵守」の重要性と、運営体制の欠陥を明示したのだ

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。昨日(6月18日)に取り上げた、運営委員会方式で運営されている放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)で起きた不可解な事態についてメディアの続報がありました。その続報からは、事業を営む上で必要な取り組みが欠けていたであろうことが容易に想像できてしまいます。
 ※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。

<続報で伝えられたこと>
 このトラブルは、徳島県阿南市の放課後児童クラブで、2023年7月に採用された人物へ多額の報酬が支払われたことでクラブ全体の人件費が急増し、このままでは保護者が支払う毎月の保護者負担金の額が高額になる、という伝えられたものです。
 これまでの報道では「どうしてそういうことになったのか」や、「誰がそうしようと考えて事態を推し進めたのか」というような、経緯や動機、要因についてほとんど報じられていなかったので、不可思議なことばかりでした。他のメディアによる続報では、まだまだ事案の全体像を理解できるには程遠いものの、「どうして、そういうことになったのか」についての内容が含まれるようになってきました。
 NHKの、徳島NEWS WEB 2024年6月18日18時38分配信記事を一部引用して紹介します。
・「放課後児童クラブ」いわゆる「学童保育」で支援員を統括する立場の男性について、就業規則が改定され、ことし1月分から月65万円の報酬が支払われていたということです。
・就業規則を決める運営委員会は、保護者らおよそ30人でつくられていましたが、男性の報酬を時給1500円から月65万円にする規則の改定は多くの保護者が把握していなかったとみられます。
(引用ここまで)
 (※今回のテーマとはまったく関係ありませんが、このNHKの記事では、放課後児童クラブ、いわゆる学童保育、との記述があります。その点から、この記事を書いた記者さんは放課後児童クラブの法的な位置付けについて理解をしている、つまり、ややこしい世界である放課後児童クラブについてしっかりと知識を得て記事執筆に臨んでいる、ということが想像できます。そういうことがうかがえると、記事の信頼性、信ぴょう性もまた高まりますね)

 まとめると、報酬額を規定する根拠となる就業規則が改定されていたこと、その改定に際しては運営主体である運営委員会が正常に機能していない状態で実施された可能性が極めて高いことがうかがえる、ということです。つまり、高額な報酬を支払う根拠としての規定は「存在した」、よって支出に関しては正当性があった。一方で、「就業規則の改正が、組織が定める正当な改正の手続きを踏まえて行われたものであるかどうかが定かではない、規則や規程を逸脱する形で就業規則が変更された可能性がある」ということです。
 もし、事前に定められた経緯を経ずに就業規則が改定されていたならば、それは無効となります。NHKの記事は、はっきりと書いていませんが、そのことを示唆する内容になっています。(ただ、NHKの記事で、把握をしていなかった多くの保護者は、クラブに所属するすべての保護者なのか、運営委員会に所属する保護者なのか、あいまいなので何とも言えません)

<就業規則が改正されていたことが示すもの>
 私は、就業規則が改正されていたこと、その改正が組織で周知されていなかったことに、今回の事案を招いた重要な点があると考えます。就業規則は当然ながら、その事業者(事業場)において、労働契約の中身を構成する極めて重要な決まりごとです。労働時間や休日、休憩、雇用や退職、賃金など、働くにあたって必要なことを決めているものです。会社や法人において、職務に従事する者と、従事する者を雇用する側のそれぞれにおいて守らなけばならない事柄を定めるものです。ある意味で、従業員(職員、社員)にとってしてみれば、その会社内部における憲法のようなものです。それほど重要なものですから、就業規則を作成をした場合は行政官庁(労働基準監督署)への提出が必要です。
 なお、常時使用する労働者が10人以上の事業場で就業規則の作成が義務となり、10人未満の場合は義務ではありません。義務ではないですが、従業員が守らねばならない規則を定めるのであればそれが就業規則となり、就業規則を作成したらそれは国に届けなければなりません。よほどの小規模でありツーカーの仲間で運営されている事業場ならともかく、基本的に、人を雇って働いてもらっている事業場では就業規則は必要でしょう。そしてその就業規則の改正にも、定められた手順を踏まえて行うことが当然、求められるのです。

 会社にとって、運営組織にとって、その職場にとって、就業規則がどれだけ大事なものであるか、という認識が、今回の事案で、クラブの運営に関わている人がどれだけ持てていたのかどうかが、非常に重要です。それが、NHKの記事にあるように、多くの保護者は就業規則を改定されていたことの理解が欠けていたということが本当であれば、そこに事案を招いた要因の1つがあるということを私は指摘したいのです。仮に、記事の言う保護者が、運営委員会のメンバーである保護者であるとしたならば、その保護者は企業では取締役にあたるほど重要な位置、つまりクラブの運営、事業執行に責任を負っている立場ですがその立場に就いていながら知らされていなかったとしたら、2つしかありません。1つは「正当な手続きを経ずに、例えばこっそりと、ひそかに、就業規則を改定していた」ということと、もう1つは「正当な手続きを経て改正したが、実はその改正がもたらす結果を保護者をはじめとする運営委員会のメンバーが理解していなかった」、ということです。

 この2つとも極めて恐ろしいことです。前者はもちろん、改定手続きが適正ではありませんから、そういった手続きで成立した就業規則は正当な効力を発揮しません。ところが記事では、そのようなことは書いていないですし、うかがわせる記述もありません。となると、後者の可能性があると私は想像します。今年1月から高額な報酬が実施されていたとなると、昨年秋や冬に就業規則が改定された可能性がありますが、その際、運営委員会の会議では、いつもと同じようにいくつかの議題が提示されていた。その中の1つに就業規則の改正ということが明示されていた。しかし運営委員会の多くの人は、いつものように興味関心を示さずに、会議を主催する側の提案することに間違いはないだろうから「議題にはとりあえず賛成しておけばいいや」という態度でいて、会議に出席せず委任状で議題に同意で提出したり、出席したとしても挙手の段階でとりあえず賛成に手を挙げていたりで、「就業規則を改正することで、どのような変化が生ずるのか、その改正は今の運営に重要なものなのか」を考えることをしなかった。その結果、高額報酬を実現できる改定が、手続き上、正当に成立していた。

 この後者のことを私は「無謬(むびゅう)のロジック」と呼んでいます。「あの人(たち)がやることは、きっと正しいだろうから、任せておけばいいや」という態度、姿勢のことです。それは、組織運営に関わる者が絶対に陥ってはいけない考え方なのですが、児童クラブの運営には、残念ながら多く存在しています。なぜでしょう。それは、児童クラブの運営は本来、小さな企業を運営することと同じですが、保護者運営や運営委員会形式、あるいは非営利法人でも定期的に保護者が役員を務める形態の運営組織であれば、クラブ運営に興味と関心があり、かつ、その能力がある保護者や保護者OBが役員に就くことがあっても、そういう例は珍しく、多くの場合は、やむをえず(場合によってはくじ引き、じゃんけんなど)役員にならざるを得なかった保護者や職員であって、運営するに必要な知識や理解、技能もないまま、役員会や理事会などの会議では、ただ出席しているだけ、議案の良しあしも分からないのでとりあえず賛成しておけばいいや、という態度になっていくのです。それが、まさに、無謬のロジックの落とし穴です。こうなった組織は残念ながら、正常な状態ではありません。見た目は正常に会議が開かれて、議題が議論されているように見えても、参加している人の多くは、実質的に参加してはないのです。ただ、その場所に来て、挙手をしているだけなのです。

<本質は、法令遵守を理解できる者が運営できる仕組みにしない側の問題>
 無謬のロジックに陥った組織は、恣意的な運営をしようとする者が組織の中心にいる場合、その恣意的な運営がいとも簡単に行われてしまいます。今回のクラブに限らず、世の中の多くの企業や組織で、どうしようもない不祥事を起こして窮地に追い込まれたりあるいは解散、消滅を余儀なくさせられたとしたら、無謬のロジックが影響しているケースもそれなりに多いだろうと私は考えています。

 そして、そのような状態になった組織はもれなく、法令遵守が機能していないのです。就業規則を守ることは法令遵守ですし、会社や組織における慣習や風習、マナーを守るということを含めればまさにコンプライアンスです。就業規則を改正するにしても正当な手続きを経ないとダメです。法令、きまりを遵守しておれば防げます。無謬のロジックに陥った場合、手続そのものは正当に行われていますが、会議に出席する役員1人1人が、その役員に課せられた「善良な管理者としての義務」(善管注意義務)を果たしていれば、ただ会議に参加して賛成しておけばいいや、という無責任な態度でいることを許しません。善管注意義務は民法に示されていることであり、また多くの組織では役員規程や会議規程で定めていることでしょう。それらを守ることも法令遵守です。あるいは、秘められた不正な目的に気が付くことができず会議で議案に賛成をしてしまったけれども、すぐにその不正な目的に気付いた場合、それを正そうと行動することもまた、法令遵守に則った行動です。

 つまりコンプライアンスが正常に遂行されている組織は、おのずと、組織統治(ガバナンス)もまた、正常化の方向性を常に指向することになるのです。

 法令遵守、コンプライアンスを理解した人が運営に就くこと。これが重要です。だから、組織には法令遵守を常に重要だと意識づける行動が必要なのです。つまりは、徹底的な法令遵守の研修や教育が必要です。「では、常に法令遵守の研修を行えばいい」というのは正解です。最低限、必要なことです。

 しかし、法令遵守の研修が欠けていたから予想外の事態に陥った、法令遵守の意識の徹底こそ必要だ、というのは実は結論ではありません。本当の敵、ラスボスは、「法令遵守などの研修を含めて、事業体の経営、事業の運営について、責任を負う覚悟を積極的に持っている人物を、組織の運営責任を負う立場に就けようとしない仕組みと、その仕組みを利用している勢力」なのです。「児童クラブ?ああ、保護者に任せておけばいいよ」という市区町村があったら、その市区町村がラスボスです。「児童クラブの運営は、保護者と職員が手を取り合って行うことが、理想的なクラブを実現するもっとも大事なこと」と主張する勢力が、ラスボスです。
 普通の保護者や職員は、「組織の経営、運営をやりたいとは思わない、やれる能力が備わっているとは限らない」ことです。もっといえば、「児童クラブを利用する保護者や、そこで子どもの支援をしたくて働いている職員に、事業運営に伴って生じる種々の責任を負わせてはならない」ということです。むろん、「運営に関わりたい。どんなことがあっても責任は負います」という方が運営に参画できる仕組みは、あってよいでしょう。手続き的に、本人の意思とは関係なく、運営側に保護者と職員を組み込んでしまう仕組みが、ダメなのです。そこに、クラブ運営に興味も関心も持てない人を多数送り込む現象を生じさせる要因があり、それが、無謬のロジックを呼び起こす土壌となっているのです。

 今回の徳島の事案は、就業規則の改定に気付かなかった運営委員会の多くの役員「だけ」を責めることは、私は間違っていると考えます。まったく責任がないわけでありません。嫌でも役員になってしまった以上、運営の責任は負わねばなりません。しかし、多くの役員が知らないまま就業規則を変えることができるような組織になれる可能性を持った運営の仕組みを取り入れていることこそ、問題なのです。その点において、運営委員会方式のような、一見すると「利用側の意見を取り入れられて、より良いクラブ運営ができそうだ」という利点は、絵に描いた餅であることを市区町村は理解しなければなりません。多くの子どもの命を、安全を、人権を守らねばならない施設の運営体制には、その意欲と能力を持った人が、中心となって運営されねばならないのです。児童クラブにおいては、保護者が順繰りに役員になって運営するという体制であってはならないということを、今回の事案は示したものと、私は捉えています。

<おわりに:PR>
 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、2024年7月20日に寿郎社(札幌市)さんから出版されます。本のタイトルは、「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。1,900円(税込みでは2,000円程度)になる予定です。注文は出版社「寿郎社」さんへ直接メールで、または書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。アマゾンでは予約注文が可能になりました!お近くに書店がない方は、アマゾンが便利です。寿郎社さんへメールで注文の方は「萩原から勧められた」とメールにぜひご記載ください。出版社さんが驚くぐらいの注文があればと、かすかに期待しています。どうぞよろしくお願いいたします。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

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