最低賃金が過去最大の50円の引き上げへ。放課後児童クラブの世界では手放しで喜べない事情があります。

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。2024年度の最低賃金の引き上げの目安額が50円となりました。過去最大の上げ幅です。放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)は最低賃金水準で働く人が多いのでこの引き上げは歓迎ですが、心配なことがあります。
 ※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。

<報道から>
 最低賃金は時給で定められるもので、全国の都道府県を3つのランクに分けて決められています。ランク分けは、おおむね、経済活動の規模によって分けられていると考えていいでしょう。毎年、まず国全体の引き上げ額の目安が会議で決められます。この目安を基に、都道府県ごとに最低賃金を審議する会議が行われ、最終的に国が決定する、という仕組みです。今回は3つの区域すべてで50円の引き上げ目安となりました。おそらく、すべての都道府県で、50円は確実、さらに上積みした額の引き上げで決着することになるでしょう。では報道を引用します。

「最低賃金の全国平均は、現在の時給1004円から1054円に5.0%引き上げられる。歴史的な物価高や、今年の春闘で大幅賃上げが実現したことを踏まえて引き上げ幅、引き上げ率ともに過去最大。新たに北海道や静岡県など8道県で最低賃金が1000円台に達し、大台超えは16都道府県に増える。」(時事通信7月24日22:10配信)

 「厚生労働省の調査によると、従業員30人未満の企業では、最低賃金の改正後、賃金が改正額を下回る労働者の割合を示す「影響率」が23年に21.6%と、約10年前の3倍に上昇した。これは最低賃金ぎりぎりの給与しか支払っていない企業が増えている可能性を示す。(中略)最低賃金上昇が人手不足を引き起こす事態も生じている。安さが売りの東京都墨田区のスーパー。店長の50歳代男性は、公営住宅で暮らす従業員には「年収が上がると家賃が上がるため就業調整をする人も多い」と指摘し、人手不足を心配する。内閣府によると、最低賃金の影響を受けやすいパートタイムの時給は過去30年で約4割増加したが、年収の伸びは1割超にとどまっている。税負担などを避けるため一定の年収を超えないよう勤務時間を抑える「年収の壁」で、労働時間が約2割減少したためとみられる。」(時事通信7月25日7:06配信)

 報道でも、最低賃金引き上げによる悪影響について言及されています。この2つは放課後児童クラブの世界にはとりわけ顕著です。

<児童クラブの業界における最低賃金引き上げの影響>
・(良い点)収入が増える可能性が高い。
 →最低賃金水準の時給単価で雇用されることが多いので、最低賃金が高くなれば給与は増えるはずです。月給制の正規職員であっても基本給の引き上げが期待できます。問題は、後で触れますが、50円程度の引き上げがそのまま単純に適用されることではない、ということです。
・(注意点)処遇改善等事業との兼ね合い。
 →処遇改善等事業補助金は時給額が基準年よりアップしていることを条件として交付対象となりますが、今年度になって「最低賃金額を上回っていること」という文言が追加されました。つまり基準年より時給をアップしていても結果として最低賃金と同額の時給では同補助金の対象外となることです。よって1円でも上回るような給与体系にすることが必要です。これは経営側が細かく確認する作業をすれば回避できるでしょう。
・(困った点)非常勤職員の勤務調整が拡大する恐れが高い。
 →ただでさえ毎年、秋以降はいわゆる「年収の壁」対策で勤務時間を削ることを求めてくる非常勤職員がいます。年収の壁の抜本的な対策が進まない中で最低賃金だけが急激に引き上げられると、勤務時間を減らそうとする非常勤職員はさらに増える可能性が高いでしょう。非常勤職員が日々の運営の頼りですから、シフトに入ってくれないと大ピンチです。これは本当に深刻な問題です。
・(困った点)小規模、零細規模の児童クラブ事業者の資金繰り。
 →最低賃金はおよそ10月以降に適用されます。つまりこの50円程度の引き上げは当たり前ですが人件費の支出増となります。仮に、非常勤職員10人を雇用している事業者で50円の引き上げをしたと考えてみましょう。非常勤職員は毎日4時間勤務と想定すると、4時間×10人×25日=1,000時間です。50円引き上げで50,000円です。これが年度末までの半年(ただし翌月払いと考えて5か月で計算)では、25万円となります。なんだ、たった25万円か、と思わないでください。クラブ数1もしくは数クラブの小さな小さな事業者では、その25万円を確保するのだって大変です。これが仮に、50程度のクラブを運営する、児童クラブ業界では割と大きな事業者になると、毎週それなりの勤務をする非常勤職員だけで200人はいます。先の計算式にあてはめますと4時間×200人×25日×50円×5か月=500万円です。通常の能力を有する経営者、経営陣であれば毎年の最低賃金を見込んだ年間の非常勤職員人件費予算を確保しているはずですが、およそ児童クラブの事業者にそうした考え方の人はなかなかいないのが、私の見てきた現実です。50程度のクラブを運営すると予算規模8~10億円になるので500万円は「誤差の範囲」といえるのですが、ギリギリに切り詰めて運営している事業者には、頭が痛い問題です。つまり最低賃金引き上げは、「その予想を怠り対応策を講じていないならば」零細規模の児童クラブ運営を直撃することになります。そのしわ寄せは、備品を買うのをあきらめる、壊れた場所の修理をあきらめるという形で穴埋めされることになるでしょう。

<運営支援が懸念する2点。この解決には国、行政の取り組みが必要>
 最低賃金引き上げは歓迎するべきことですが、運営支援が深刻な問題と考える点は次の通りです。
(1)最低賃金引き上げによる次年度以降の補助金額の増額が事業者の利益増額に直結する可能性が高い。
 →営利の広域展開事業者に最も懸念されますが、非営利法人でも、あるいは数クラブや1クラブしか運営していない事業者にも可能性があります。つまりは、ずるい経営者が支配している組織に可能性があること、という話です。最低賃金引上げは必ず2025年度以降の、国の児童クラブへの補助金額に反映されます。補助金が職員の賃金額を念頭において計算されている以上、当然です。ところがこの引き上げ額がそのままそっくりと職員の給与に転嫁されるのでしょうか。残念ながら答えはノーと言わざるを得ない。この数年の最低賃金引き上げもなかなかの上げ幅でしたが、そのままの賃金上昇となっているかといえば決してそうではない現実があります。とりわけ、業界トップ級の広域展開事業者で働く人の話を聞く限り、正規・常勤職員の基本給はここ数年、据置きになっています。では増えた補助金はどこに消えた??言わずもがな、です。つまり、最低賃金引き上げ→補助金の増額→「クラブ運営事業を効率的に行って経営努力の結果として生まれた利益は獲得してよいので、しっかりいただきます」と事業者だけが喜ぶ、という構図にさらに安定性を与えるだけです。これでは、ますます「児童クラブは儲かる。カネの成る木だ」として算入してくる業者が増えるでしょう。なお正規職員の月額給与は固定給ですから、働き方改革の下に所定労働時間を削れば時給単価を上げずとも最低賃金水準を確保することが可能となります。最低賃金法で除外されない手当を増やすことで最低賃金額を割り込まない時給換算額にすることもできます。
 なお、細かい話をしますと、最低賃金を考える際は、基本給以外で支払われる各種の手当のうち、通勤手当と家族手当、皆勤手当は除外することになっています。つまり差し引いて時給単価を計算します。一方で職務手当や役職手当は含みます。よって基本給はそのままで役職手当を増やすことでも最低賃金はクリアできます。賞与を計算するときに基本給ベースで考えることは通常よくありますから、基本給を増やさないことは、賞与額の抑制になりますよね。もっとも賞与すら出さない事業者も多いようですが。

(2)児童クラブの職員=最低賃金と同水準の実態の固定化
 →現状すでにそうなっていて、はなはだ危ういのですが、本来、児童クラブ(児童館も)で従事する職員の仕事は、子どもの育成支援であり保護者の子育て支援であり、単なる子守りや見張り役ではありません。専門性を評価されてしかるべき職業です。ですが、「子どもを預かってくれる人」「子どもと遊んでいるだけの人」「指導員と名乗るだけに、子どもにあれこれ気ままに指導する人」のようなイメージが社会に固定化されてしまっています。「子どもを指導するなんて誰でもできるでしょ。だから指導員なんだよね。給料なんて最低レベルで十分」と思われるのです。いやいや、育成支援という専門的な難しい仕事をしているんですよ、と説明しても「指導員だもんね!」で終わりです。最低賃金レベルの給与で十分だと思われているのですし、実際、そう思われてきたからこそ、今の賃金水準なのですよ。学童指導員と名乗ってきて何十年と仕事の結果を蓄積して今に至ったその結果、手取り10万円台前半で十分ですよと社会に見なされているわけです。その当たり前の構図が児童クラブ業界に理解されないことが私には不思議でなりませんが、まあ、そういうことです。
 本来は、最低賃金水準をはるかに超えるだけの所得を手にしてふさわしい職業なのです。役職が付いて結果的に所得が増えるということではなく、基礎的な額、例えば初任給においてすでに最低賃金水準を上回ってしかるべきなのです。最低賃金が急激に引き上げられることはありがたいのですが、残念ながら、児童クラブで働く職員の専門性に対する社会の理解と評価の向上が根付くスピードを上回っていると私には感じます。児童クラブ側が、自らの存在の社会における重要性や職務の専門性を大いにアピールし、国会や地方の議員にレクチャーし、メディアに何度も丁寧にレクチャーして情報を発信していかないと、社会における児童クラブの真の価値や専門性が伝わりませんが、その努力が児童クラブ側にあるかといえば、私にはそう思えません。むしろ、この運営支援ぐらいでしょう、とすら思えます。
 このままでは、最低賃金と同じ水準の給与が児童クラブの職員の給与と等しい状態が固定化されてしまいます。現在、すでにそのようになりつつあるのですが、そこからいかにして「いやいや、最低賃金にプラス数百円程度の高い時給が必要な、専門職ですよ」と訴えて挽回できるか、これは本当に難しい課題です。

 この2点を解決するには、制度上の抜本的な改革が不可欠です。それは国、自治体、さらに言えば議員が行うことです。最低賃金引き上げに伴う補助金増額が必ずあるものとして、引き上げられた補助金がしっかりと児童クラブで従事する職員の賃金増額に反映されるようにする決まりを設けることが必要です。賃金を支払うのは児童クラブを運営する民間事業者としても、補助金によって運営されており、賃金の原資が補助金であるならば補助金を渡す側が賃金のあり方を、ある程度は決めることができます。つまり、賃金条項を盛り込んだ公契約条例を早急に制定し、例えば児童クラブの中心的な役割を担う職員には最低賃金より一定程度の率で上乗せした賃金水準を最低額とするという趣旨の条例を定めればよいのです。
 当ブログで何度も書いていますが、主に株式会社からなる事業者のクラブでは、経営側が全国平均で300万円近い純利益をすでに確保していますし、これが都内23区なら800万円を超える純利益を手にしているのです。一方でクラブ職員はワーキングプアか、それに近い状態です。税金からなる補助金を多額に交付されていながら職員は低賃金、事業者が儲かるという図式は著しく社会正義に反しているのは言うまでもありません。最低賃金引き上げによる補助金の増額は、この傾向をさらに拡大されることになるでしょう。これは国、自治体が変えねばなりませんし、条例ともなれば主役は議員です。議員は、児童クラブの現状についてしっかりと学び、何を変えるべきかを考えて行動してほしいと私は思います。なお、こういう主張をすると、特に時代遅れの見識しか持たない残念な資質の議員、私に言わせると「土着保守」(地元の業者べったりの似非保守)の側の議員から嫌われるのですが、地域の健全な発展は子どもが安心して過ごせる地域があってこそ、という当たり前の事すら気が付かないことであり、健全な地域の発展に邪魔な存在です。そこに右も左もない。子どもが安全安心して過ごせる、子育て世帯が安心してワークライフバランスにかなった生活ができることは、地域の発展に欠かせません。それを実現する支えになっているのが児童クラブであることが理解できない議員に対しては、有権者が審判を下すべきですよ。

 <おわりに:PR>
※書籍(下記に詳細)の「宣伝用チラシ」が萩原の手元にあります。もしご希望の方がおられましたら、ご連絡ください。こちらからお送りいたします。内容の紹介と、注文用の記入部分があります。

 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、2024年7月20日に寿郎社(札幌市)さんから出版されました。「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。1,900円(税込みでは2,000円程度)です。注文は出版社「寿郎社」さんへ直接メールで、または書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。お近くに書店がない方は、アマゾンが便利です。寿郎社さんへメールで注文の方は「萩原から勧められた」とメールにぜひご記載ください。出版社さんが驚くぐらいの注文があればと、かすかに期待しています。どうぞよろしくお願いいたします。
(関東の方は萩原から直接お渡しでも大丈夫です。なにせ手元に300冊ほど届くので!書店購入より1冊100円、お得に購入できます!大口注文、大歓迎です。どうかぜひ、ご検討ください!また、事業運営資金に困っている非営利の児童クラブ運営事業者さんはぜひご相談ください。運営支援として、この書籍を活用したご提案ができます。)

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

 (このブログをお読みいただきありがとうございました。少しでも共感できる部分がありましたら、ツイッターで萩原和也のフォローをお願いします。フェイスブックのあい和学童クラブ運営法人のページのフォロワーになっていただけますと、この上ない幸いです。よろしくお願いいたします。ご意見ご感想も、お問合せフォームからお寄せください。出典が明記されていれば引用は自由になさってください。)