放課後児童クラブの待機児童は悪影響しかもたらさない。子どもの権利でも社会経済活動においても。ダメ絶対。
学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)の仕事は、時間外勤務(いわゆる「残業」)は地域によって待機児童が生じています。待機児童問題は早急に解消されねばならないことを否定する人はおそらくいないでしょうが、改めて待機児童がもたらす悪影響について指摘します。
(※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。)
<あの新聞までも待機児童を!>
放課後児童クラブに関する事象を、事件事故以外の内容で、メディアが報じる機会が増えてきました。9月24日(火曜日)には、日本を代表する経済メディアの日本経済新聞が特集(Inside Out)で「見えぬ待機学童、実態は1.7倍」との見出しで放課後児童クラブの待機児童問題を扱いました。「日経も待機児童を取り上げるようになったのか」と思い私も記事を読みました。国が公表している待機児童は実態を示していないとして、同紙が独自に東京23区と指定都市20を対象に、潜在的な待機児童数(=希望するクラブがある場合は待機児童として計上しない国の方針によって、待機児童とみなされない児童のこと)を調査したところ1.7倍の待機児童数となった、という内容です。
(なお、児童クラブの業界はこの紙面のコピーをネットでやりとりしている気配がありますが著作権の問題を考えたことがあるのでしょうか)
いわゆるパワーエリート層が購読する日経新聞が、放課後児童クラブの待機児童をまるまる紙面1ページを使って丁寧に調査報道をしたことはすこぶる画期的です。この単発の報道にとどまらず、長期連載記事で児童クラブの世界を取り上げていただければと期待します。
なお、この記事を読んで感じた私の偏見もとい感想ですが、やはり日経新聞というメディアだけに、ビジネス界に何を伝えたいのかというそのメッセージを考える必要があるでしょう。潜在的な待機児童はこんなに多いのですよ、というデータを具体的に示すことによって、「児童クラブにこそ新たなビジネスチャンスがある。事業の新規拡大は児童クラブがねらい目」ということを伝えたかったのでしょうか。
そして記事には保育所を児童クラブに転用する動きも紹介されています。保育所の待機児童は急速に解消しつつあり、経営に窮する事業者が増えていると言われています。「保育園落ちた日本死ね」以降、急激に進められた保育所整備の大波に乗って保育所運営に乗り出した企業、事業者に対して「児童クラブなら、まだまだ稼げるぞ!さあ急げ!」と尻を叩いている、と私には思えました。
待機児童は、後述する放課後全児童対策事業を導入している都市部を中心に、その問題に直面していない自治体、子育て世帯が多く、ある意味ではローカルな問題ではあります。しかし日経新聞の指摘した潜在的な待機児童は、全児童対策事業の実施地域にもあるはずで、それが表面化していないだけだと私は考えています。本当に子どもの育ちに適した事業、施設なのだろうかという疑問を抱きながらもそれしか利用できないのでやむなく利用しているという保護者、やむをえず通っている子どもだっているでしょう。それも含めて、待機児童が数として生じていない地域についても、考えていく必要はあります。
<改めて指摘する待機児童の「悪」>
拙著「知られざる学童保育の世界」(寿郎社)でも取り上げましたが、放課後児童クラブの利用を希望するのに入所ができない待機児童は、その発生を絶対的に防がねばなりません。児童クラブの世界は待機児童を生じさせないために施設の規模や職員数を考慮せずとにかく入所希望児童を入所させる結果として必然的に「大規模クラブ」による弊害が生じますが、私は待機児童と言う絶対悪を生み出さないために、一時的に大規模になることを甘んじて受け入れて待機児童を解消するために児童を入所させるべきである、とかねて主張しています。もちろん、あくまで大規模は一時的であって半年程度の期間内で新たに施設を整備拡張し、子どもの居場所として適切な環境を行政と事業者が整えるべきです。
児童クラブの現場の職員を最も悩ませるのは待機児童ではなくて大規模問題です。現場職員の疲弊を考えてもそれでも待機児童の発生を絶対に防がねばならないと私がかねて主張しているのは次の理由です。
(1)子どもの居場所が見つからない、子どもが安全に過ごせない場所が確保できないことは、子どもの最善の利益の保証を損なうため。
→筆頭の理由です。子どもが1人で過ごせるだけの環境が整っている(下校のルートが地域の見守りなどで防犯面等で一定の安全が保たれている、留守宅の防犯設備も整っている)ことや、子どもが1人でやりたいことを進んでやっている状況にあるという場合は除き、多くの場合は、保護者が子どもの安全の確保を希望します。そのような状態は当然、子ども自身が自力で放課後の時間を過ごせる環境が整っていない状態でしょう。防犯、安全面だけでなく、他者と関わることでコミュニケーション能力や他人との協調性など社会的な活動に必要な能力を育て、遊びや他者との関わりを通じて自主性や主体性などの非認知能力を育てることは、子どもの利益に直結します。子どもに豊かな放課後を与えたいというだけでなく、子どもの将来に豊かな人生をもたらすために、放課後児童クラブで過ごす時間は重要であるという認識を、クラブ整備に責任を持つ行政には、しっかりと持っていただきたい。
(2)保護者の各種権利の侵害
→待機児童に直面した保護者は仕事を変える、辞める、いろいろな対応を迫られます。その場合、ほとんど人生やキャリアの変更を迫られるのは女性です。結局のところ、子どもの育ちに関わることを期待されるのは女性であり母親であるという固定観念がいまだ残る日本社会で、待機児童問題は女性の社会進出や女性個人のキャリアに、意図せぬ不利益な変更を及ぼしてしまいます。
待機児童だけではなく児童クラブの開設時間が短いがために、送迎に間に合うようにと保護者が転職したり、同じ勤務先であっても勤務時間が短い職種、職場に異動を希望するなどで、結果的に報酬が減ることもあります。それは家計を直撃し、保護者が望む満足な収入を得られない事態をもたらします。待機児童問題はキャリアの断絶、家計への影響と、子育て世帯への影響があまりにも大きすぎるのです。今まで続けてきた生活水準を変更するというのは口で言うほど簡単なものではありません。学童に入れるためならその制度に合わせる必要があるので、その結果もたらされる多少の生活の変化はやむを得ない、という意見は根強いようですが、どうして児童福祉という公共のサービスの充実の具合によって子育て世帯に一方的な不利益がもたらされるのか、私には不思議でなりません。
(3)社会的な損失が大きい
→待機児童に直面した家庭は代替的な手段がなかなか見つからない現状においては結局は仕事を変える、辞めざるを得ないのですが、それはその保護者を雇用してきた企業、組織にとって痛手にほかなりません。また、その保護者が働くことで発揮してきた成果が企業、組織のみならず社会から失われるということです。社会にとって損失です。ひとつの企業、組織に限定して考えればその保護者に対して投入してきた人材育成コストの損失ですし、また新たな人材を育てるコストが余計にかかる。単純労働であっても基本的に変わりありません。ネットの世界で象徴的な単純労働として扱われる「お刺身にタンポポを載せる仕事」(あれは菊らしいんですがネットではタンポポですね)であっても、5年のキャリアがある人はそれなりの技量を持っているのですから。待機児童で仕事を辞めた、変えた保護者が生み出してきた利益を無くしてしまうのは損失以外のなにものでもない。それは社会全体にとって損失です。このあたり、日経新聞というメディアは、企業や日本経済の利益を追い求めるために種々の情報を提供しているのですから、待機児童問題を取り上げるという事は、私は理にかなっていると感じた次第です。
<自治体は、つべこべ言わずに待機児童に取り組め>
待機児童問題はずっと前から問題になっていますよ。平成26年7月31日に国が策定・公表した「放課後子ども総合プラン」に関して公表されている概要資料には、「共働き家庭等の小1の壁を打破する」、という文言が一番最初に記されています。2014年ですから10年前です。10年前に、ぽっと出た問題ではなくて、それ以前から問題視されていたのを、平成26年に国が最も解消が必要な課題として取り上げたわけです。
それなのに、まだ、待機児童に真っ向から取り組まない市区町村があること自体、怠慢にすぎます。そもそも、小学生の人数は容易に予想でき、また児童クラブの利用ニーズが年々向上しているのですから将来的な利用予測見込みだって立てられます。子ども・子育て支援事業計画には量の見込みを記していますが、その予測は極力低めに見積もっていることが多いように私にはうかがえます。
・必要な施設を整備しない
・小学3年生や4年生までの受け入れでお茶を濁す
・数年もすれば少子化なので児童クラブ入所ニーズが減るだろうからとりあえず定員を超えて弾力的対応をしておこう
・児童クラブの利用ニーズを(意図的に?)低めに見積もる
こういう対応には、あきれるばかりです。また、次の事も私には大いに疑問です。
・待機児童を出さないための「放課後全児童対策事業」には一定の合理的理由はあると私は理解していますが、その存在はあくまで過渡的なものとして理解するべきです。もしくは、児童の健全育成、すなわち育成支援という法令に定められた事業内容を確実に実施できる体制を整えるべきです。ただ単に子どもの居場所を作っただけで「子どもが過ごす場所として適切かどうか」という「事業の質」の問題から目をそらし続けているとしたら、問題。職員数を増やす、子どもが過ごせる場所を広げる、いくらでも対応できる方策はあるでしょうに。
・施設が増やせないのは、施設を増やしても働く職員が確保できない問題が大きいのです。それはすでに広く理解されていることですが、それを放置したまま待機児童問題は解消とはなりません。
その職員不足に対して未だに決定的に効果的で、かつ、簡単な方策が実施できる環境を国が整えない。それは「職務に見合った賃金、報酬の支払いが実施できる環境の整備」です。要は、運営費の大幅な増額です。処遇改善等補助金という小手先な処遇改善はダメです。そもそも市区町村の裁量で実施できる、できないが決められるのであれば、実施が3割程度の自治体に留まるのは当然です。運営費を大幅に増額すれば当然、職員への報酬額を増やせます。(なおその際はクラブ運営経費において、保護者の負担を5割とするという考え方は取りやめるべきです)どうしても処遇改善等補助金という屋上屋を架す仕組みを実施するのであれば、国は自治体に義務づけるべきです。午後6時を超えて開所していない地域には強制的に午後6時以降の開所を促すことにもなります。
放課後児童クラブは、もはや社会インフラです。その整備は直接、市区町村が予算を投じず民間企業の活力を導入することも構わないと私は考えますが、税金を補助金として交付する以上、事業者の管理監督は行政が厳しく行うべきです。国は、民間企業が新たに児童クラブを建設、新設する際に活用できる補助金を創設するとともに、既存の施設改修当の補助金の額を倍増させるなど、民間企業の実行力と迅速な展開力を活用できる施策に踏み切るべきです。そして国と地方自治体は、事業者が必要以上に利益を吸い上げることがないよう補助金ビジネスへの規制を導入するべきです。国と地方がともに全力を挙げて待機児童問題を一刻も早く、かつ、効果的に、そして質の高い事業内容が展開できるように、全力を挙げて取り組んでいただきたい。
マスメディアにはそのこともぜひしつこく何度も訴えていただきたい。期待します。
<おわりに:PR>
放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、2024年7月20日に寿郎社(札幌市)さんから出版されました。「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。1,900円(税込みでは2,000円程度)です。注文は出版社「寿郎社」さんへ直接メールで、または書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。お近くに書店がない方は、ネット書店が便利です。寿郎社さんへメールで注文の方は「萩原から勧められた」とメールにぜひご記載ください。出版社さんが驚くぐらいの注文があればと、かすかに期待しています。どうぞよろしくお願いいたします。
(関東の方は萩原から直接お渡しでも大丈夫です。なにせ手元に300冊届くので!書店購入より1冊100円、お得に購入できます!私の運営支援の活動資金にもなります!大口注文、大歓迎です。どうかぜひ、ご検討ください!また、事業運営資金に困っている非営利の児童クラブ運営事業者さんはぜひご相談ください。運営支援として、この書籍を活用したご提案ができます。)
「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、議員の方々、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。
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