放課後児童クラブの事業運営で悩ましい「どこに顔が向いているか」問題。忠誠心や愛着はどこに向きがちなのか
学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。放課後児童クラブの世界には、その他一般の社会とは違う風景があると私は実感してきました。そのことをつづってみます。
※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。
<一番大事にしたいもの>
今の時代、自分を雇用している会社や法人組織に対する「忠誠心」だの「愛着の気持ち」だのは不要だ、という意見が圧倒的に多いように思えます。カタカナ語では忠誠心をエンゲージメントや、愛着をロイヤリティなどと表現するようですが、私は横文字カタカタ表記が大嫌い(と同時にカタカナ表記を得意げに使用する人も同じ)なので、忠誠心や愛着の気持ちという表現を使います。確かに、会社に忠誠を尽くせという思考そのものは私はあまり好きではありませんし、会社が求める業務や任務を果たしてくれれば問題ないという考えです。が、忠誠心にしろ、愛着の気持ちにしろ、あるいは会社が求める業務を果たす(労働契約の一方を満たす)ことの観点で、児童クラブの世界では、どうにもややこしい問題が横たわっていると私は感じてきました。
それは、「一番大事にしたいものは、子ども」という考え方です。
「じゃあ、子どもが一番大事じゃないのか?」と児童クラブの世界から厳しい批判を受けるでしょうが、私が言いたい真意は「子どものことを一番大事にしたいから、それを優先にしてしまい、会社や組織や同僚との連携など後回し」という思考に陥りがちだ、ということです。
児童クラブの世界は様々な事業形態がありますが、個人で児童クラブを開業している場合は例外として、おそらくは「児童クラブを経営・運営する組織と、その組織を維持する職務を果たす場」と「児童クラブという場所と、そこで日々、子どもと保護者に向き合いながら職務を果たす場」が、それぞれ存在しているでしょう。それぞれ専属で働く人がいるでしょうし、兼務している人もいるでしょう。そのどちらにも共通するものとして、「子どものことを最優先にして、それ以外は後回し」にしてしまったらどうなるの?ということです。言い換えると、「忠誠心や愛着の気持ちが向かう行き先が子どもだけになってしまい、会社や法人組織や同僚とのつながりが後回しになったらどうなるの?」ということです。
そしてそれは、往々にして珍しくないのではないでしょうか。「子どもとの関りの時間を優先するあまり、これもまた必要な事務仕事、書類作成の仕事を後回しにして、クラブ閉所時間後に当たり前のように残業して書類仕事をする」ということ、見聞きしたことありませんか?
以前にも記しましたし、先日(6月17日)にも相次件津島市のNPO法人放課後のおうちで行ったコンプライアンス研修でもお話しましたが、私が経験したこととして、「爆破予告メールがあり、行政から定時に状況報告を求められたが、かなり多くのクラブから午後4時の状況報告がなかった。なぜか。子どもへのおやつ提供を優先するとクラブ職員が勝手に判断したから。行政から求められ本部事務局が発した業務の指示よりも、目の前にいる子どもたちの楽しみや喜びを優先した」という、あまりにもお粗末な事案がありました。これなどまさに、「会社や法人組織が言うことよりも、クラブにいて自分たちが関わっている子どもたちとのことを優先」した結果です。
つまり、クラブ勤務の職員の中には、自分を雇用している会社や法人組織の行動や考えよりも、自分が属しているクラブにおける業務を優先してしまいがちな思考が存在していて不思議ではない、ということです。
その思考は何もクラブ勤務職員だけではありません。本部勤務の職員も、あるいは運営組織の役員をしている人(その多くが保護者だったりかつて保護者だった人)ですらも同じことです。それは、例えば理事会や役員会で、組織の経営や事業の運営に必要なことを考えることよりも、(保護者である、あるいはかつて保護者だったことで、学童保育・児童クラブにおける子どもとの関りが大好きであり、大切であると強く信じている傾向があることから)子どもについてのことは熱心に意見を出したり議論をしたりすることに時間を割いてしまうということです。
こどもが大事なのは言うまでもない。しかし、それは、「業務の優先順位において常に子どもを優先する、ということではない」ということが、どうにも理解できない風潮が、児童クラブの世界に根付いていると私は考えています。
<誤った子どもファーストがもたらすもの>
目の前の子どもたちや、あるいは子どもに関する(それも子どもが喜びそうなことばかりに限定される)ことだけことさらに熱心に時間を割いて満足する児童クラブの関係者。そんな誤った「子どもファースト」は、多くの弊害をもたらします。
・会社や法人組織への忠誠心や愛着の気持ちが、相対的に劣る状態が継続することによって、常に会社や組織批判が出てくる組織になる。結果、会社や組織が行う研修や指示を、まともに受け入れない考え方や態度になってしまう。そんな状態でコンプライアンス研修や組織力向上、生産性向上の研修や勉強会を開いてもまったく効果がない。(一方で、育成支援や子どもとの関りに関する技術的な研修や勉強会、分科会などには積極的に参加するが)
・常に会社や法人組織への批判、悪態が繰り返されることで、せっかく採用して加わった新たな職員が幻滅したり、あるいはその風潮に急速に染まっていってしまい、組織全体としての能力や業務遂行能力が向上、改善しないままとなる。
・「子どもの育ちに、それはよくないこと」という考え方が度を越すと、「長くクラブで過ごすことは良くない」となり、開所時間の延長による保護者の利便性向上について否定的な考えとなる。「お弁当は、親が作ることで子どもへの愛情を示せる」と外部からの昼食提供に否定的な考え方となる。元来、放課後児童クラブは保護者が安心して仕事などに向き合えるように子どもの安全安心な居場所が欲しい、という保護者の願いから生まれた仕組みだが、その保護者の利益より子どもの利益を常に最優先して考えることで、保護者にとって利用しづらい児童クラブになっていく。
・「子どもの利益を最優先に考えたいの」と主張する職員ほど実は「我流の子どもとの関り」にこだわり、あるいは「自分が一番、やりやすい、楽をしやすい子どもとの関わり方を選択していく」ことに陥る。子どもファーストではなく「職員(の働きやすさ)ファースト」になっていることに、考えが至らない。
・「子どもにとって豊かな放課後とは、たくさんの経験ができることだ」として英会話や各種体験、スポーツ、共同作業をスケジュールに組み込んで行う放課後児童クラブが大人気です。それを素晴らしいと手放しでほめる首長もいます。一方で、「子どもの放課後は、とにかく遊ぶこと!みんなで遊ぶこと!」と、ひたすら集団で遊ぶことを勧めるクラブもあります。「この方法こそ、子どもにとって良いこと。他は子どもの豊かな放課後になりえない」と1つのあり方だけに絶対的な価値を認める考え方もまた、私は誤っていると指摘します。好奇心旺盛でいろいろなことを経験したい子もいれば、ひとり、あるいは気の置けないごく少数の人とゆったり過ごしたい子どもだっています。職員数や時間の関係ですべての子どもたちの思うようにできない事情があるのはもちろんですが、「きっと子どもたちは満足している。楽しがっている」と思い込むことだけはやめていただきたい。
・「子どもに関する秘密や情報は絶対に漏らしてはだめ」は当然ながら、実は子どもに不利益なことがクラブ内で行われている、あるいは事業者ぐるみで行われていながら、「子どもに関することだから外部には絶対に知らせないように」と事業者側が徹底し、子どもの不利益な状態が続けられていることを知られないようにすること。もとより、社会正義に反することです。残念ながら、広域展開事業者にそのような例が実際にあることを私は知っていますし、保護者運営でも同じようにひどいことがまかり通っている実態もあることを私は知っています。これもまた、間違った子どもファーストの一種であると私は考えます。
私は、子どもへの支援、援助こそ放課後児童クラブにおける専門性の中心要素だと考えています。しかしそれは、児童クラブの存在意義(保護者の子育てを支える仕組み)を揺るがすようなことだったり、あるいは「労働の対償として報酬を支払う会社や法人組織」の存在基盤を揺るがすようなことをもたらすようなものではあってはならないとも考えます。子どものおやつを優先した結果、行政や警察から会社や法人組織への信頼感を損ねてしまったら、「もう、あなたたちにはクラブ運営を任すことはできません」となってしまう可能性すら生じることに、考えが及ばないのは、「子どもしか見ていない・考えない」という悪しき子どもファーストの招く最悪の結果です。同様に、子どもの希望や言うことだけをハイハイと受け入れるような職員も最悪です。児童クラブにおける子どもの最善の利益とは、子どもの言うことを全部実現させるという安直なものではなく、子どもが成長して中学、高校や大学、社会に出て他者と交わって生活するようになったときに困らないだけの社会的な素養の一部でもいいので身に着けていく土台を作っていくことです。そのこともまた、かなり誤解されているように私は感じています。
<組織も、個々の職員も、同じ方向を向くために>
要は「つり合い」(バランス)です。子どもへの支援、援助は大事であり、かつ、会社や法人組織が社会的な信頼を得て引き続き児童クラブの運営を任され続けるようになることも大事。双方を大事にするには、当たり前ですが、会社や法人組織と、雇用されている職員(そして運営側の役員も含めて)が、同じ方向を、同じ考え方を共有している状態を実現することが欠かせません。「わかっちゃいるけど、難しい」ものですが、私は児童クラブの運営事業者に関しては、「事業の理念を共有すること」の徹底こそ、すべてが同じ方向を向くために必要不可欠であると考えています。
事業の理念の中心は、やはり育成支援の理念です。それは、「私たちの児童クラブは、私たちの児童クラブにいる子どもたちと保護者に、こういう未来へ一緒に歩んでいきたい。そのために必要なことを行っていく」という考え方であり、そしてその考え方を実現するための具体的な手法、方策を同時に示すことです。
育成支援の理念と、その理念を実現する手段を構築することで、その結果として児童クラブの事業者は社会にとって価値ある存在となります。その理念と手段に賛同する者を積極的に雇用することで、ますます事業が円滑に進みます。理念と手段を分かりやすく説き続ける研修を常に行うことで、事業がますます精度を高めていきます。
日々のクラブ運営が当たり前にうまくいく、ことは当然ですし、それは褒めるべきことではありません。しかし、たとえその日は失敗した、子どもが笑顔で帰宅しなかったということでも、事業者が職員と共有している理念のもとに行っていたものであれば、その日の失敗だけをもって職員は責められるべきではありません。
クラブ運営事業者こそ、率先して、事業者全体で「私たちの目指す育成支援は?子育て支援は?どのように子どもたちが育っていってほしい?」ということを考えて意見を交わす機会を設定しましょう。それは単発的なものではありません。結論が導かれたからおしまい、ではありません。子どもの育ちのあり方、子育て支援の在り方は時代の変化とともに変わります。新たな制度や法令の施行でも変わります。経済状況の変化でも変わります。これもまた当然ですが、事業である限り、常に最善の状態を目指して思考を展開する必要があります。「もうこれで大丈夫」は、事業を営む限り、ありえません。そのために必要な時間的コストを作り出せない事業者は、事業者失格ですし、そのような時間を無駄に考える支援者は、支援者としてふさわしくはありません。
「上は現場の苦労を知りもしない」「現場はいつも好き勝手、我流でやってしまって後始末はいつも本部」という不幸な対立。まあ、現場と本部(本社)の対立というのは未来永劫のテーマ(だからこそ映画やドラマでさんざんとりあげられる。それは誰もが身に覚えのあるテーマでもあるという証)ですが、バラバラな方向を向いてしまったがゆえに、子どもを巻き込む事件や事案が起きてしまっては、誰一人として平穏な日常は得られません。職員も、会社も組織も、出来る限り、同じ方向を向くために、「同じ目標を目指す」ことに努力しよう。それこそ同じ価値観を抱くということです。そのために「話をする」「意見を交わす」ことを大事にしていきましょう。
<おわりに:PR>
放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、7月上旬に寿郎社(札幌市)さんから出版されます。本のタイトルは、「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。1,900円(税込みでは2,000円程度)になる予定です。正式な情報は随時、お伝えしますが、注文は書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。特に埼玉近辺の方で、まとまった部数をお買い求めいただける方は、萩原まで直接、ご相談ください。その方が個人的にもありがたい(なにせ、ある程度のまとまった部数が手元に届くので)です。発売まで、もうまもなくです。どうぞよろしくお願いいたします。
「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。
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