出生率1.20で過去最低。放課後児童クラブで働く人の境遇を思えば出生率が上がるわけがない。国の失策だ。

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。厚生労働省が5日に発表した2023年の合計特殊出生率は1.20でした。放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)で働く人の状況がこの国の低い出生率の原因を示している気がしてならないのです。
 ※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。

<放課後児童クラブと出生率の関係>
 まずはこの出生率を報じた記事を一部引用して紹介します。NHK NEWSWEBの2024年6月5日 19時45分配信の記事です。
「1人の女性が産む子どもの数の指標となる出生率は2023年、1.20となり、統計を取り始めて以降最も低くなったことが厚生労働省のまとめで分かりました。2022年の確定値と比べると0.06ポイント低下していて、8年連続で前の年を下回りました。」
「2023年1年間に生まれた日本人の子どもの数は72万7277人で、2022年より4万3482人減少し、1899年に統計を取り始めて以降、最も少なくなりました。」
「厚生労働省は「少子化の進行は危機的で、若年人口が急激に減少する2030年代に入るまでが少子化の傾向を反転できるかのラストチャンスだ。少子化の要因には、経済的な不安定さや仕事と子育ての両立の難しさなどが絡み合っているので、厚生労働省として、男性の育休の取得推進や若い世代の所得向上など、必要な取り組みを加速させていきたい」としています。」(引用ここまで)

 一方、毎日新聞6月6日付朝刊1面の記事でもこの出生率を報じています。その記事にも、厚労省の担当者のコメントが含まれています。その部分を引用して紹介します。
「厚労省の担当者は「経済的な不安定さや仕事と子育ての両立の難しさなどさまざまな要因が絡み合って少子化につながっているのではないか」と推察した。」(引用ここまで)

 出生率が下がっていることについて、国は、「経済的な不安定さ」、「仕事と子育ての両立の難しさ」など種々の要因が相互に影響しているとみていることがわかります。

 出生率が発表された同じ6月5日、国会の参院本会議で、「子育て支援法」が可決、成立しました。児童手当や育児休業給付の拡充に加え、子ども・子育て支援金という新たな制度が始まります。また、保育サービス充実として「こども誰でも通園制度」を2026年度から本格的に始まります。出生率のデータ発表と同じ日に、子育てを支えるための法律が成立したのは、何かの因縁でしょうか。

 私はこの2つの出来事にこそ、この国の出生率がなかなか上がらない原因を見ます。「出生率を上げるには、国の言う経済的な不安定さが蔓延しているからで、そこの対策こそ少子化対策の王道であるはず。ところが、国の少子化対策はあくまで子育て世帯の仕事と育児の両立を図る制度や仕組み、設備の整備を進めることでの労働力確保。それはそれで大切ですが、子育て支援法が若者の経済的な不安定さを解消するとは思えず、少子化は変わらず進行するでしょう」というのが、私の感想です。

 さて、放課後児童クラブと出生率は、切っても切れない関係があります。1990年(平成2年)に「1.57ショック」が日本社会を襲いました。合計特殊出生率が1.57になったことが、社会に大きな衝撃を与えたのです。先日、出生率1.20が発表されても別に社会に衝撃を与えていないので、「何をそんな、大げさに」と、当時を知らない人は思うのでしょうが、「1.57ショック」をあえて例えてみるなら「大谷翔平が二刀流で出場した試合で、完全試合を達成して、打席では全てホームラン」をした、というぐらいの「とんでもない出来事」という衝撃が日本社会を襲ったのが、あの1.57ショックでした。ちなみにそれほど衝撃を与えたのは、「ひのえうま」(子どもを産むのを避ける)を下回る戦後最低の数値だったからです。

 1990年当時、まだ「放課後児童クラブ」と呼ばれる存在は、ありませんでした。児童福祉法に「放課後児童健全育成事業」は記載されていなかったのです。つまり、その当時は「学童保育所」(放課後児童クラブという呼び名も存在しない)は、法律に定義されていない「アウトロー」(アウト=外 ロー=法律)の存在でした。社会に必要なシステムであることの認識は、基礎自治体(市区町村)レベルでは徐々に広まっていて学童保育への補助も行われるようになっていました。

 ところが、1.57ショックを受けて、国は「少子化対策を始めなければ!」と急に動き出しました。その第一弾として国が打ち出したのが1994年(平成6年)の「エンゼルプラン」でした。今に至る国の少子化対策の大きな枠組みの第一弾です。その大きな枠組みを決めるまでに、もっと小さな少子化対策を相次いで実施していったのですが、その1つが、学童保育所の強化でした。1.57ショックの翌年、1991年に国が(ようやく)学童保育で働く指導員への補助金を新設し、補助金を増やし始めたのです。1993年には、当時の厚生省が学童保育の「法制化」(法律にしっかり記載すること)の検討に取り掛かったのです。そして1997年に学童保育は「放課後児童健全育成事業」として児童福祉法に記載(法定化、法制化)されたのです。

 出生率が下がった→学童保育を強化しよう!という流れは、昔からあったことです。

<改めて問う「学童で働いた、子どもをあきらめた」>
 2022年12月初め、この運営支援ブログがまだ始まったばかりのころ、旧ツイッターに、放課後児童クラブの職員とおぼしき方の投稿に私は現実の厳しさを改めて確認しました。その投稿は、学童で働いているけれど低賃金、夫婦で話して、子どもをもたないことを決めた。とても子どもを育てられる収入にはならない、という内容でした。「学童で働いた、子どもをあきらめた」ということです。放課後児童クラブは、非正規雇用(期間を決めて雇用すること)が多く、賃金もかなり低く、ワーキングプア(年収200万円未満)に留まる方も大勢います。とても、安心して、子どもをもうけて育てられるだけの収入がないのです。

 先日の1.20を受けて私は改めてこの「学童で働いた、子どもをあきらめた」の改善を求める投稿を旧ツイッターに行いました。そうしたところ、数人から「結婚も」というリプライ(返信)がありました。そもそも結婚、家庭を持つことすら難しいということです。それでは、少子化対策などおぼつきません。

 子育てを支援するとして国から手のひら返しで大事にされるようになった(それでもまだまだ、不十分ですが、法制化される前の時代と比較して、ということ)放課後児童クラブ、学童保育所ですが、児童クラブへの国、行政からの後押しはゆっくりした速度で進んでいます。運営費補助は毎年、地道なペースで増えていますが、今なお「子どもをあきらめた」という投稿が出るほど、不十分です。児童クラブの世界は「予算不足で人件費に配分できない」「広域展開事業者が利潤確保を優先して人件費への配分を抑える」の理由で、非正規雇用であり低賃金です。子育て支援の大事な仕組みとして重要視されている放課後児童クラブで働く職員が、非正規のワーキングプアでは、とても子どもをもうけよう、という思いに至らないのは当然ですよ。

 それこそがこの国の少子化進行の根本であると私は考えています。つまり、この国全体で非正規での働き方を余儀なくされワーキングプアの層がじわじわ増えていき、その結果、子どもをもうけよう、どころか、家族や世帯を構えて暮らそうという「意欲」を若い世代に失わせている、ということです。いまや非正規で働く人の割合は37パーセントです。(https://www.mhlw.go.jp/content/001234734.pdf)

 放課後児童クラブだけが非正規職員が多いのではありませんが、労働集約型産業であり、かつ、法令による組み立てが緩やかで、構造的に脆弱な産業である放課後児童クラブに、社会の「ひずみ」が顕著であるというのが、私の実感です。むろん、個々のケースで、例えば東京都内で初任給25万円台の放課後児童クラブ職員を雇用している事業者があります。それは特別な例で一般化はできません。

<安定して生活できる雇用労働条件と、安心して生活できる子育て支援サービスを>
 国が本気で「次元の異なる少子化対策」をするのなら、これまで打ち出した施策に加えて、ぜひとも、福祉の世界で働く人たちの雇用労働条件を見直すべきです。厚労省によると、医療・福祉分野の就業者数(事務職を含む。)は、2021(令和3)年現在で891万人となっており、全産業に占める医療・福祉の就業者の割合についても、2002年段階では7.5%(約13人に1人)だったものが、2021年には13.3%にまで増え、就業者の約8人に1人が医療・福祉分野で働いている、とのことです。(https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/21/dl/1-01.pdf)

 働く人の8人に1人が、仮に、低い賃金で毎日の生活に不安を持っているということであれば、それは少子化が進行して当然です。もちろんこの891万人の人たち全員が若い人ではなく、どれだけ非正規雇用の人がいるかまでは分かりませんが、およそ低い賃金である職種であることは否定できません。

 なお、令和4年版の「厚生労働白書」に、対人サービス産業に従事する人の分析が掲載されています。保育士について、次のように分析がされています。
「2021(令和3)年の保育士(女性)の賃金は30.8万円と対人サービス産業平均の26.7万円は上回っているものの、全職種の平均を下回っている。保育人材の処遇改善については、2013(平成25)年以降、全職種の処遇改善を図る取組みを実施している。特に民間の保育士等については、2019(令和元)年度から、「新しい経済政策パッケージ」(2017(平成29)年12月8日閣議決定)に基づく1%の処遇改善を講じており、これらの取組みにより、民間の保育士等について見ると、2013年度から2021(令和3)年度までの9年間で合計約14%(月額約4万4千円)の改善を実現した。また、2017年度からは、技能・経験に応じたキャリアアップの仕組みを構築し、リーダー的役割を果たしている中堅職員に対して月額最大4万円の処遇改善を実施している。」
 保育士の月給は低いものの、対人サービス産業の中では改善されつつあるようです。それは保育の業界が改善を求めて活発に活動したり世論の後押しがあった結果でしょう。

 一方、同白書では、放課後児童クラブについてもページが割かれています。ようやく1つの職種として認められたのでしょうか。
「放課後児童クラブの職員の賃金については、2016(平成28)年3月時点で、月給制の方で手当・一時金込みで年270.3万円、時給制の方で手当・一時金込みで年76.2万円となっている。放課後児童支援員の処遇改善については、勤続年数や研修実績等に応じた賃金改善に要する費用を補助する放課後児童支援員キャリアアップ処遇改善事業を2017(平成29)年度から実施しており、月額約1~3万円の処遇改善となっている。」

 ボーナス込みで270万円の賃金です。それでは子どもを設けて暮らせるなんて思えないでしょう。教育費、子ども部屋が確保できる広さの住居に係る費用、あらゆるモノやサービスの値段が上がる中で、増えない賃金、どうしたって少子化要因しかありません。また保育士との比較で、まだまだ国の支援が貧弱であることもお分かりいただけるでしょう。

 放課後児童クラブで働く人(だけでなく、福祉の世界で働く人たちの)低賃金構造を改善していかないと、少子化対策はおぼつきません。同時に私が言いたいのは、「なんとか働いて今の生活を維持している人たちの、子育てと仕事の両立を確実にさせるために、放課後児童クラブは、今を働いている人の就労を支援する仕組みを整える」ということです。分かりやすいのは、待機児童を出さず、開設時間を拡大することです。「子どもの育ちを大事にする、職員の労働条件も大切ですから、うちのクラブは午後6時以降の開所はしません」というのでは、フルタイムで働いてなんとか仕事と育児の両立をしている子育て世帯にとっては、絶望でしかありません。待機児童、小1の壁にぶちあたって、仕事を辞めざるを得ない子育て世帯の保護者にとっては、さらにもう1人子どもを、なんて思いには至らないでしょう。

 放課後児童クラブは、今を頑張って生きている子育て世帯の日々の暮らしを支える存在です。「児童クラブを必要としている人がいる」からこそ存在している仕組みであることを忘れてはなりません。ニーズに応じることが存在意義です。児童クラブの意向を子育て世帯に従わせるということではありません。「子育て世帯の要求ばかり受け入れていたら、子どもの育ちに悪い、職員の雇用条件も悪化する」という反対意見が強く出ますが、私に言わせれば「子どもの育ちがそれでも健全になるように支援、援助するのが児童クラブ職員の仕事だ。雇用条件の悪化は保護者の要求の性ではなく、事業者の姿勢や能力、国や行政の補助金の金額に影響されるから、保護者に不満を向けるのはお門違いだ」ということです。こういうことが分からないのであれば、児童クラブの世界は「常識を理解できているのかな」と思われてしまいますよ。

<おわりに:PR>
 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、6月下旬にも寿郎社(札幌市)さんから出版されます。本のタイトルは、「知られざる〈学童保育〉の世界 親と事業者の悩みに向き合う」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。およそ2,000円になる予定です。正式な情報は随時、お伝えしますが、注文は書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。特に埼玉近辺の方で、まとまった部数をお買い求めいただける方は、萩原まで直接、ご相談ください。その方が個人的にもありがたい(なにせ、ある程度のまとまった部数が手元に届くので)です。発売まで、あと1か月です。どうぞよろしくお願いいたします。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

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