公募による放課後児童クラブの選定をめぐる2つの報道から考える。「受け身」では衰退しかない。

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。地域に密着した存在である放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)の運営形態はどうあるべきか、考えねばならない2つの動きがありました。
 ※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。

<その1。新潟市の動き>
 新潟市は、指定管理者制度の運用にあたって、地元の中小企業を後押しする施策を導入するようです。新潟日報が2024年5月31日13時30分に配信(最終更新6月1日9時)の記事を一部紹介します。有料記事です。
「新潟市は5月30日、市の公共施設の指定管理者を選定する際、市内の中小企業や団体に加点することを、市議会総務常任委員協議会に説明した。2024年度の選定から適用する。地元業者が指定管理者に選ばれる確率を高めることで、中小企業の振興につなげるのが狙いだ。」(引用ここまで)

 簡単に説明すると、指定管理者制度という仕組みを使って公共施設を運営する事業者を決めようとするときには、新潟市は市内に本社がある中小企業を優先する仕組みを取り入れる、ということです。優先する仕組みとしては、指定管理者を決めるときに審査項目や審査基準ごとに割り振られる点数(配点)を、地元の中小企業には上乗せする、ということですね。なお、指定管理者として選ばれるためには通例として「選定委員会で1位に選ばれる→議会で認められる(議会では、所管の委員会での審査、本会議での議決の2段階が必要な場合が多い)→首長(知事や市長や町長、村長)が決定する」と、数度の段階を経て最終的に首長が決めます。実際は最初の選定委員会で選ばれれば事実上の決定、ということがほとんどです。

 運営支援ブログの愛読者様は覚えておられるでしょうが、昨年秋、新潟市においては、放課後児童クラブの指定管理者選定をめぐって異例の動きがありました。東京に本社のある、放課後児童クラブの運営実績としては全国でもトップの広域展開事業者が選定委員会で1位、つまり最優先候補になったのですが、次の議会の段階で否決されたのです。その理由がまさに、今回の報道が伝えている、「地元企業にチャンスを与えないでいいのか」ということでした。

 今回の新潟市の動きは、当時の議会が示した判断を、行政執行部として追認する、ということでしょう。もともと多くの地域では、地元の中小企業に優先的に発注して仕事を回す、仕事を与える、中小企業を優先的に活用する、商売のチャンスを与えるという趣旨の条例を設けているところが多いのです。いわゆる、地域振興条例や、中小企業振興条例というものです。私も実務時代、その趣旨に配慮して、児童クラブで必要な物品、資材を購入する際は、その価額があまりにも高くなる場合をのぞき、なるべく地元の企業に発注するようにしていました。

 放課後児童クラブの運営主体(事業者)は、各地でクラブ運営を引き受ける広域展開事業者と、地元密着の事業者に区別できます。地元密着型は、その区域内でシェアを広げている、あるいはシェアを確保している事業者がありますし、1つのクラブを1つの事業者で運営する個別運営事業者もあります。おしなべて事業者としての「体力」(財政規模、人材の数)は極めて貧弱です。区域内で圧倒的シェアを誇る事業者でも、非営利法人である場合は剰余金を過度に保有していると行政から返還を命じられたり補助金をカットされたりする可能性があるので、1か月分の運転資金をめどに剰余金を抑えている事業者も珍しくありません。もし、指定管理者を決める選定過程において、事業者としての「体力」を審査基準にされている(そして、それは通常、ほぼもれなく実行されている)場合、どうしたって広域展開事業者が有利になります。

 今回の新潟市の方針は私は歓迎です。事業者の規模、体力は、事業の安定運営が可能かどうかを判断する有力な根拠であることは承知の上で、国(中小企業庁など)や多くの地域で地元の中小企業をどうして後押ししているかを考えれば、地元の中小企業を有利に取り扱う措置に反対する余地はありません。中小企業への加点が、その加点で事実上、選定を左右するほどの大きな加点にはなるはずもないので(それをしたら逆に広域展開事業者への不当な差別となってしまう)、「どれだけ、高い水準の事業の質を実施できるかどうか、その中身で競ってくださいね」という選定の場とするための工夫であれば、大歓迎です。

 なお、次の項目でも同じことが言えますが、本来、絶対的に重要視されるべきは「児童クラブの本旨、つまり育成支援と保護者の子育て支援が、高い水準で実施できるかどうか、実施できる事業者こそ児童クラブの運営を手掛けること」であるはずです。全国で数千クラブを運営して利益をがっちり稼いでいる広域展開事業者は、それだけで「けしからん」存在であるはずはありません。地域に根差した児童クラブの事業者があり、その運営には保護者とクラブ職員が一緒になって取り組んでいるとして、「保護者も職員の運営に参画しているから素晴らしいクラブになる」のではありません。例えていえば、大手の広域展開事業者が正規職員の基本給20万円で雇用し、子どものクラブにおける育ちについて子どもの主体性を尊重して多くの子どもが楽しんで通っていて午後7時まで開所して保護者も安心しているクラブと、地域に根差した非営利法人が正規職員の基本給22万円で雇用していても毎日の児童クラブの過ごし方は固定されたスケジュールに従って行われ子どもの意向より職員の働きやすさ、仕事の準備の容易さを優先して行われて、職員の帰宅時間に配慮するため午後6時で閉所するクラブがあり、その両者を比較するとしたなら、私は文句なしに前者の広域展開事業者が素晴らしいと評価します。広域展開事業者だからダメ、地域に根差した保護者参画の事業者だから正しいとは、私は考えていません。(ただ実態として、広域展開事業者の手掛ける育成支援の内容や職員の雇用形態において、あまりにもひどすぎて改善の余地が多すぎるのではないかという情報ばかり私に入ってくるものですから)

<その2。北本市の動き>
 こちらは、埼玉県北本市議会議員である桜井すぐる氏が旧ツイッターに投稿したものです。6月1日午後0時36分投稿を一部紹介します。
「本日のNPOうさぎっ子クラブ(学童保育指定管理者)の総会で、来年度の募集が「公募」になったことが明かされました。3月議会で随意指定を求める請願が採択されたにも関わらずです。」

 北本市では、NPO法人が市内の公設児童クラブのすべてを運営しています。指定管理者制度が導入されています。これまではNPO法人が随意指定で指定管理者に選ばれてきました。桜井議員の投稿にあるように、3月の議会で、「公設学童保育室の指定管理者の選定に当たっては、引き続き特定非営利活動法人北本学童保育の会うさぎっ子クラブを随意指定すること」という内容を含んだ請願が採択されました。にも拘わらず、どうやら次の指定管理者を選ぶにあたっては公募になってしまった、ということのようです。

 なぜ公募なのか。これは指定管理者制度が、効率的に公共施設を運営する事業者を選ぶ趣旨のために設けられた制度であって、提案される内容を競うことによってより効率的に施設を運営できる事業者を選ぶことができるため、という理屈です。圧倒的多数の自治体と同様、北本市も例にもれません。例えば、「北本市の公の施設に係る指定管理者制度導入等にあたっての基本方針」(市長決裁文書)において、「指定管理者の募集は、制度の趣旨に鑑み原則として公募とする。」と明示しています。基本方針である以上、議会が児童クラブの指定管理者を選ぶにあたって随意指定をするように求めたとしても、首長としてはその方針に従って判断した、ということなのでしょう。実は先ほどの「原則として公募」の文章に続いて、次の文章が記載されています。「制度趣旨を十分に考慮した上で、合理性が認められる場合に限り、非公募(随意指定)とすることができる。」。この文章は考慮されなかったということにもなります。それはつまり、児童クラブの指定管理者を選ぶにあたって公募によって競争で事業者を選ばないことは合理的ではないと、市長が判断したということになります。

 先に述べたように、児童クラブを運営する事業者を選ぶにあたっては、児童クラブの本旨がしっかりと実現できるかどうかで選ばれるべきであるというのが私の考えであり、それこそ合理的なものです。すでに随意指定で選ばれている事業者が、児童クラブの本旨をしっかりと実現しているのであれば、わざわざそれを変える必要はないでしょう。ただし、それだけで絶対的に公募による競争を行わない合理的な理由になるかどうか、これは難しい判断です。すでに提供されている理想的な水準の児童福祉サービスがあるとして、そのサービス水準を、より低額なコストで実施できると提案している事業者を選ぶこともまた合理的な判断になるはずですから。

 非常に難しい問題です。原則的に公募である、という制度設計がなされている以上、非公募は、非公募であることが合理的であるという場合に限られてしまうので、ではその合理的な理由をいかにして作っておくのか、事前に確保しておくのかが、今後の児童クラブの運営事業者にとって必要な経営上の課題となってくるわけです。「利用者から極めて高い支持を受けている」ことは言うまでもなく、それに加えて「地域コミュニティの活性化に寄与している」、「法令遵守にあたって問題はない」、「地域の人材を積極的に雇用し、物品やサービスの購入、発注も地元企業に行っているなど地域振興に貢献している」など、いくつかの点で普段から高い評価を得ていることが当然、必要となってくるでしょう。

 何より、議員も首長も、選挙で選ばれる立場です。今や小学1年生の半数が利用する社会インフラである児童クラブにおいて、その運営方針と実施しているサービスが高い満足の水準にあるならば、その高いサービスを提供している事業者が排除されようとしているときに、市民が選挙によって、議員や首長を落選させればよいだけの話です。

<今こそ積極防御策>
 新潟市の方針のように、公募で指定管理者を選ぶ(なお、業務委託であっても公募プロポーザル形式で事業者を選ぶのであれば、まったく同じことです)際に、地元の事業者を有利に取り扱うという制度を導入することは、事業規模が小さいだけで提供するサービスの質に問題がない事業者が、どうしようもない規模の大小という理由だけで敗退する不利益を減少させることができます。そのような仕組みは重要です。つまり、審査基準において、事業規模が大きいだけで決定的に有利になるという配点は見直されるべきです。事業の質や、それまでの利用者の評価にこそ、配点は重点的に割り振られるべきです。まして、その地域でしか事業を行っていない事業者が決定的に不利になる「他地域における事業実績」などは、不要な審査基準です。仮にその審査基準を入れるとするなら「その地域における職員充足度」や「児童の退所率」なども情報として提供を求めるべきでしょう。そしてその内容を選定委員に判断させるべきです。

 しかし私は、もっと大事なことがあると考えています。それは、公募が原則であるという指定管理者や業務委託者の選定において、「児童福祉サービスは継続性が重要ゆえ非公募の随意指定が望ましい」という主張は続けつつも、「公募、競争になっても勝てる事業者であること」を目指すということです。そして、公募や競争で勝てる事業者となって逆にどんどん多くの公募に応募すればよい、ということです。

 私は、「児童クラブは格別、崇高な事業であるから、地元に密着した事業者が、保護者が関わる事業者が、事業を行う運営主体として選ばれて当然である」という考え方に反対します。黒猫白猫論よろしく、「子どもと保護者が満足する児童クラブであって、児童クラブ職員が安心して人生設計ができる程度の満足のゆく雇用労働条件が確保されている事業者であれば、株式会社であろうがNPO法人であろうが社会福祉法人であろうが問題ない」という考え方です。ただし、意に反して事業者の法的な運営責任を保護者が負わされる保護者運営には反対なだけです。そして地域に根差した非営利法人の弱点である小さな事業規模がもたらす、財務体質や人的資源の管理体制の不備を補うために、育成支援や児童クラブの運営方針の理念を共有する事業者が合流して事業規模を大きくすることが、今こそ必要であると考えています。「それは、地域ごとに大事にしている地域ごとの育成支援の考え方や取り組みが、統一化されて消えてしまう」という反対論にすぎないであれば、育成支援や事業者の運営方針において非合理でない限り、事業者が地域ごとの特色を大切にすることを事業の運営方針の1つとして保障すればよいことです。(非合理である例としては、うちは職員の生活を大事にするので午後6時で閉所します、というものです。それは保護者の利便性の向上に反します。公共の児童福祉サービスの質を向上させるために必要なことは、行われねばなりません)。事業規模が大きくなれば、当然、経営も、運営も、専従の者、その術に長けたものが担うことになります。それが事業の安定性を導きます。

 ところで広域展開事業者の進出を懸念する人たちは、そもそも、何に反対しているのですか? 行われる育成支援の質、保護者支援の質が損なわれることをもって、懸念しているのではないのですか? ただ単に、「保護者が運営に参画するシステムを守りたい」ということでは、「公募こそ当然」という分かりやすい原理原則の前には無力です。それとも「保護者が運営に参画することこそ学童保育の伝統だ」という「今までの立場」だけを守りたいのですか?それは事業の質とは無関係ですよ。あるいは「保護者運営学童を大事だと言っている自分たちの立場を守りたい」「保護者運営学童で働く職員は自ずと自分たちの勢力下に入ってくる。それは、とある勢力の支持基盤の拡大にもなる」という秘められた理由でもあるのですか?

 子どものため、保護者のために必要な児童クラブを守りたいということであれば、それを守るためには公募になったとしても勝ち抜けるだけの事業者に成長することこそ重要です。攻撃は最大の防御なり、ということになるでしょうか。積極防衛、機動防御ということになるのでしょう。「私たちは大切な存在のはず。だから守らねればならない」という、事業者の存立を他者の善意だけに頼ることは脆弱すぎます。審査基準の公平化は重要としても、それだけで事業運営の継続性が守られることもありません。あらゆる点において、広域展開事業者に対抗できるだけの事業者に成長することこそ、これからの大競争時代を勝ち抜ける児童クラブ事業者になれるのです。逆に言えば、広域展開事業者が、画一化された児童育成プログラムを捨て、主体性を重要視する育成支援の要素を大々的に取り入れ、かつ、職員の雇用労働条件を見直すことに踏み切れば、もう、広域展開事業者が負けることはなくなります。それはそれで、児童クラブにおける利益になりますから、歓迎するべきことです。

 これからの児童クラブの世界は、どちらに流れていくのでしょうか。その方向性が固まるまでには、もうあまり時間は残されていないのではと私は感じています。

<おわりに:PR>
 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、6月下旬にも寿郎社(札幌市)さんから出版されます。本のタイトルは、「知られざる〈学童保育〉の世界 親と事業者の悩みに向き合う」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。およそ2,000円になる予定です。正式な情報は随時、お伝えしますが、注文は書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。特に埼玉近辺の方で、まとまった部数をお買い求めいただける方は、萩原まで直接、ご相談ください。その方が個人的にもありがたい(なにせ、ある程度のまとまった部数が手元に届くので)です。発売まで、あと1か月です。どうぞよろしくお願いいたします。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

 (このブログをお読みいただきありがとうございました。少しでも共感できる部分がありましたら、ツイッターで萩原和也のフォローをお願いします。フェイスブックのあい和学童クラブ運営法人のページのフォロワーになっていただけますと、この上ない幸いです。よろしくお願いいたします。ご意見ご感想も、お問合せフォームからお寄せください。出典が明記されていれば引用は自由になさってください。)