佐賀市の記事にみる、放課後児童クラブの運営は民間事業者ならうまくいくという残念な理解。ここが違いますよ!

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)の運営は大変な困難ばかりです。公営だろうが民営だろうが同じ事。ところが、民間事業者なら「質の高いサービス」も職員集めもうまくいく、という砂の城のような幻想があたかも最適の改善策として語られる噴飯ものの状況が明白になっています。
 (※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。)

<報道から>
 公営クラブを順次民営化することを明らかにしている佐賀市ですが、その状況について報道がありました。サガテレビの8月27日19時13分配信の記事を紹介します。見出しは「児童数減なのに待機児童も 需要が高まる学童保育の現状【佐賀県】」となっています。

「慢性的なスタッフ不足やスタッフの高齢化、場所の確保なども課題です。その問題を解決しようと佐賀市では今まで市が行っていた支援スタッフの採用や研修、児童クラブの運営業務全般、そして活動実費の徴収・管理などを徐々に民間の事業者に委託することを検討しています。」
「民間事業者に運営を任せることで専門的なノウハウを生かした質の高いサービスの提供や安定したスタッフ確保などにつながると見込んでいます。」
「認定こども園もしているので、昼間は認定こども園のほうを手伝ってもらって、夕方に児童クラブの仕事をしてもらう。その辺職員を効率よくつかって運営ができていると思っている」(※筆者注:放課後児童クラブと、認定こども園の双方を運営している事業者のコメント)
(引用ここまで)

 記事には、佐賀市長のコメントも盛り込まれています。重要である待機児童解消に向けて場所とスタッフの確保に取り組みたい、という趣旨です。

 サガテレビのこの記事の読者は、「そうか、公営のクラブはなかなか大変だから民間に任せるとうまくいくことが多いのだろう」という印象を抱くでしょう。民間に任せると実はこういう問題が別に起こるよ、ということは一切、記事に盛り込まれていませんから。民間事業者に任せればいいじゃないか、とこの記事だけでは誰しもそう思うでしょう。

<笑止千万>
 では民間事業者に運営を任せればうまくいくか。答えは「間違い」です。より正しい答えを申し上げれば「課題を上手に解決できる民間事業者が絶対ないとは言えない。きっとある。しかし、民間事業者であればすべて課題がしっかり解決できることでは断じてない」ということになります。

 この記事では待機児童の状況を紹介しつつ、児童クラブに関する問題として、スタッフ(職員)の不足や高齢化と場所の確保を具体的に例示しています。待機児童がどうして佐賀市で生じているのか直接にその要因に言及してはいません。その点も消化不良の記事ですが、一般論で言えば待機児童が生じるのは施設数の不足による受け入れ可能人数の不足ですし、施設数が不足するのは整備に充てられる予算を確保していないことや、職員確保の見通しが立たないため施設整備に踏み切れない、という事情が全国各地でみられます。

 で、その職員不足や高齢化、場所の確保について佐賀市は民営化に期待しているということですが、公営だろうが民営だろうが、職員不足や場所の確保をもたらす要因を解消する方策を採用しないかぎり、うまくいくはずはありません。公営だからダメで民営ならうまくいく、ではないのです。まったくもって笑止千万。公営だろうが民営だろうが、困難の要因となる方策を採用できているかどうかが重要という当たり前のことを、どうしてあの記事は取り上げなかったのでしょうか。問題を上手に解消している公営だってあるだろうし、問題が悪化するだけの民営もあります。まあ、現実的には公営クラブはあまりにも市区町村が予算を投じないので厳しい状況にある例があまりにも多いのですが、それは公営だからダメというよりも、公営事業に予算を投じようと考えない行政執行部と地方議会の怠慢です。

 私が取り組んでいる放課後児童クラブの市区町村データーベースでは、この数年でクラブの運営を広域展開事業者(=全国各地で児童クラブを運営している企業や法人。営利企業だけでなく非営利法人の場合もある)に切り替えた市区町村がいくつもあることが分かります。たとえば、昨日8月27日に取り上げた新潟県佐渡市です。2023年夏に広域展開事業者の運営に切り替えたようです。インターネットで検索すると、市側が保護者に対して行った民間委託に関する説明会での説明概要が見つかります。「放課後児童クラブ民間業務委託保護者説明会《報告》」と題した文書です。そこに掲載されている質疑応答を紹介します。
「支援員が不足となり、その補充ができなかった場合に定員が減らされるようなことはありますか。」
「事業者には島内雇用のほか、島外からの充足も含めた人材確保ができることを条件とする予定です。定員を動かすことは考えていません」

 これを読むと、行政側は民間委託の条件として「人材確保ができること」を掲げていることが分かります。では実際どうなのかといえば、8月27日時点でこの広域展開事業者はさかんに求人広告を出しています。つまり人材確保に困っている状況があることがうかがえます。
 「だから広域展開事業者はダメなんだ」ということではなく、「児童クラブにおける職員確保、人材確保は、かように難しい」ということです。公営だろうが民営だろうが、職員を集めるには、「その条件なら働きたい」という雇用労働条件を提示できるかどうかに尽きる。それをしないかぎり、どの事業者であってもうまくいくはずがない。

 つまり、先ほどの記事の最大の問題は、「どうしてスタッフの確保や高齢化が進展しているのか、その原因を一切、取材して考えることなく、単純に行政の一方的な説明をもとに、民営事業者が児童クラブを運営するとスタッフの確保も場所の確保も解決されて、きっとうまくいく」という記事に組み立て、そして読者に理解を促す内容になっていることです。

 先の記事では、佐賀県内の放課後児童クラブのいわゆる業界団体側のコメントも掲載されています。引用しますと、「なかなか年収として上がっていかない食べていくという確立が全然できていない。しっかりと若い方が展望を持って働き続けることも佐賀の大きな課題だと思います」となっています。そこには確かに児童クラブ職員の処遇について、ごくまっとうな見解が紹介されています。どうしてここの部分を取材者は佐賀市に追及しなかったのでしょうか。「民営化で解決するということですが、市が児童クラブで働く職員の年収をアップすることは考えないでしょうか?」と聞けばいいだけです。

<質の高いサービスとは?>
 記事には、民間事業者が持つ専門的なノウハウで質の高いサービスを提供できる可能性に言及しています。これもまた不思議なことで「どうして現状では質の高いサービスが提供できない?」と取材していないことに呆れますが、「専門的なノウハウ」とは何ぞや?「質の高いサービス」とは何ぞや?この2つの疑問にはまったくこの記事からは解決のヒントすらうかがえません。

 児童クラブに関わる子ども、保護者、職員の3本柱のみならず市区町村、地域住民など、それぞれの立場において重要視する質の高いサービスはいろいろあるでしょう。しかし最も重要視されねばならないのは、児童クラブの存在意義である「子ども」です。子どもにとって質の高い放課後児童クラブによるサービスはなんでしょう。子どもが、安全な場所において、安心して過ごせて健全に成長ができることです。安心して過ごせるには、子ども自身の意見や希望が十分に尊重される(決して子どもの言いなりになって運営されるという意味ではないことに留意)、子どもの権利が確実に護られていることが欠かせません。その点で大規模状態や、すべてにおいて決められたプログラムにおいて子どもが過ごさざるを得ない状況は問題があることになるでしょう。子どもが、自ら進んで通いたいと思える児童クラブであることです。高学年になっても児童クラブに通い続けたいという子どもが多い児童クラブは、まず間違いなく、子ども本位の児童クラブであるといえるでしょう。ではその質の高さを実現する専門的なノウハウとは何か?まさか、ビデオを職員に見せるだけの研修を繰り返すだけ、あるいは高名な学者の講義を受けさせるだけで、そのような片方向の研修を受けた職員が一方的に子どもの集団を管理する形態の児童クラブ運営のことを指すのでしょうか?

 保護者には、子どもが児童クラブに通いたいと言ってくれることに加えて、高い利便性であることが児童クラブが質の高さに加わるでしょう。午後6時で閉所するので仕事を切り上げて急いで迎えに行かねばならない児童クラブより、午後7時まで子どもが過ごせるクラブの方が、育児と仕事の両立において無理のない生活ができるでしょう。それは保護者にとって質の高いサービスになります。(なお、こう私が主張すると、長い時間、子どもが児童クラブで過ごすことは子どものためにならないという児童クラブ側からの意見が出ます。あなたたちは、なんのために存在しているのですか?自分自身の職業と職責を批判したいのですか?と私は言いたい。午後7時まで過ごす子どもがかわいそうと思うなら、子ども自身が午後7時まで児童クラブにいたけど楽しかったよ、と思うようになる支援、援助をしなさい。なお公営クラブが利便性について民営に劣るのはいうまでもありません)
 職員にとっては、給料が高くて休みがしっかりあって、は当然のこと。それら雇用条件か安心して生活できる水準を確保されていることを前提に、いかに児童クラブにおいて適切な育成支援と保護者支援が実施できるのか、その仕事に打ち込めるだけの十分な職員の数と、職員の高い資質が確保されていることが、質の高い状況にあるといえるでしょう。

 それらは、単純に、民間事業者に任せれば確立できるというものではありません。残念ながら、業務委託にしろ指定管理者にしろ、複数の応募事業者から候補事業者を選ぶ際、選定委員会や判定委員会など事業者を選ぶ過程において、質の高さというものが「事業者の経営基盤」だったり「事業者の規模の大きさ(=財政基盤の安定さ)」だったり、「他地域での運営実績」だったりします。他地域での運営実績といっても、単に数字上の、どこそこの地域で何年間、児童クラブを運営しているというものだけであって、職員の充足率や欠員がどれだけ生じているか、どれだけトラブルを起こして問題となったか、ということはまったく考慮されません。それこそ、事業内容ではなくて、「事業の形態」だけで判断されています。職員が足りない、では他の地位からもってきますね、ということが「安定した運営に資するものだ」という判断であれば、そもそも間違っています。「職員が足りないなら、もっと求人に応募してくるような雇用条件を打ち出せるだけの補助金を行政が出さねばならない」ということです。

 児童クラブにおける質の高さについて、捉え違いをされている上に、その捉え違いをされた「質の高さ」を判断基準として、児童クラブを運営する事業者が選ばれているのが、残念ながら今の日本の状況です。現状、投じられる予算の少なさから貧すれば鈍する状態にある公営クラブでは、おそらくたいていの民間事業者の方がサービス内容において上回るので、確かに状況は改善するでしょう。質の高さが捉え違いであっても、公営サービスがあまりにも不十分ですから本質が覆い隠されているのです。ところが、昨年度の愛知県津島市で起こったことや、これから起こるであろう埼玉県北本市では、児童クラブの運営の質の高さを維持することを重点に児童クラブを運営してきた民間事業者と、他の民間事業者と真正面から競争するという状況です。その構図は、地域に根差した非営利法人と、他地域で運営実績を誇る広域展開事業者との競争に落ち着きます。得てしてそれは、候補事業者を選ぶ審査基準が、事業の実施形態や事業規模に高い配点をされているので審査の前から決着がついてしまっています。なぜなら、「子どもと保護者が、どれだけ今のサービスによって恩恵を被っているか」について最も高い配点があるべきなのに、まったく考慮されていない不合理な状況にあるからです。

 佐賀市の今後の推移は注目です。もしかすると、記事にも登場している児童クラブの団体が運営を受託できる水面下の交渉でも行われているのかもしれませんが、佐賀県は大手の広域展開事業者の進出が著しい地域ですし、そもそも佐賀市ではすでに業界最大手の事業者が1クラブを運営しています。どのような審査基準で事業者が選ばれるか、選ばれた決めては何だったのかを注視していきましょう。記事には、民営化によって予算が6,000万円程度増加する、となります。実はここもツッコミどころ(なぜ今、それをしない!)でして、補助金交付のためであれば市が6千万円を出せば合計1億8千万円の補助金交付が可能となります。それが職員にまで賃金の引き上げとして、しっかり行きわたるかどうかを注目していかねばなりませんね。

<おわりに:PR>
 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、2024年7月20日に寿郎社(札幌市)さんから出版されました。「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。1,900円(税込みでは2,000円程度)です。注文は出版社「寿郎社」さんへ直接メールで、または書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。お近くに書店がない方は、ネット書店が便利です。寿郎社さんへメールで注文の方は「萩原から勧められた」とメールにぜひご記載ください。出版社さんが驚くぐらいの注文があればと、かすかに期待しています。どうぞよろしくお願いいたします。
(関東の方は萩原から直接お渡しでも大丈夫です。なにせ手元に300冊届くので!書店購入より1冊100円、お得に購入できます!私の運営支援の活動資金にもなります!大口注文、大歓迎です。どうかぜひ、ご検討ください!また、事業運営資金に困っている非営利の児童クラブ運営事業者さんはぜひご相談ください。運営支援として、この書籍を活用したご提案ができます。)

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

 (このブログをお読みいただきありがとうございました。少しでも共感できる部分がありましたら、ツイッターで萩原和也のフォローをお願いします。フェイスブックのあい和学童クラブ運営法人のページのフォロワーになっていただけますと、この上ない幸いです。よろしくお願いいたします。ご意見ご感想も、お問合せフォームからお寄せください。出典が明記されていれば引用は自由になさってください。)