ブログ主の、ひとりごと。どうなるのか、この国とこの世界の行く末は。
来週のきょう、2026年2月8日に衆議院議員選挙の投開票が行われる。結果を占う調査がいろいろと報道機関から明らかにされている。つい先ほどにはこういうニュースがあった。朝日新聞社の記事だ。みだしは「自維300議席超うかがう 中道半減も 参政・みらい勢い 朝日調査」(2026年2月1日21時10分ヤフーニュース配信)
ちょっと引用させてほしい。「(1)自民党は単独で過半数(233議席)を大きく上回る勢いで、日本維新の会とあわせて与党として300議席超をうかがう(2)中道改革連合はふるわず、公示前勢力(167議席)から半減する可能性もある(3)国民民主党はほぼ横ばい(4)参政党、チームみらいが躍進――などの情勢となっている。」
さて今朝(2月1日の朝)は、NHKによる党首の討論会だった。自由民主党の高市早苗総裁は欠席した。これも報道から引用させてほしい。毎日新聞がヤフーニュースに2月1日10時15分に配信した「高市首相、NHK討論番組を急きょ欠席 「遊説中に腕痛め治療」」の見出しの記事だ。
「高市早苗首相(自民党総裁)は出演予定だった1日朝のNHK番組「日曜討論」を急きょ欠席した。けがの治療のためだという。首相は自身のX(ツイッター)で、衆院選の応援演説で支援者と握手した際に「手を強く引っ張られて痛めた」と説明した。午後の街頭演説は予定通り実施した。」
負傷の治療は大事です。どうかお大事になさってほしい。大事ですが、番組出演ができないほどの負傷だったのか、ではなぜ同日午後の遊説ではあれほど元気な姿が映像でたくさん捉えられているのか。あえていおう。「あなたが自分で解散を選んで国民を巻き込んだのだ。負傷は辛いだろうが、リモート出演だろうが中継先からの出演だろうが、国民に向けて説明する機会をわざわざ手放したのは、為政者としての覚悟が足りない」
日曜討論を休むのであれば午後の遊説は欠席するほどの負傷であるだろうと想像するのは不思議ではない。もちろん、午前の治療ですっかり快癒する可能性も、あるのかもしれない。事実は「本当に治療が必要だった。日曜討論から逃げた」ということでは決してないとしても「もしかして、逃げた?」と、わたくしのような知恵足らずから無駄に疑念を向けられるであろう。
すぐれた為政者は、そんなヘマをしないものだ。疑われるようなことはしないものだ。だいたい、これまでの海外での主要会議でも遅刻したり欠席したりが伝えられている。さて、どういうことなのだ?
日本経済新聞が1月31日の17時45分に、とある記事を無料で公開した。いつも有料記事ばかりの日経がインターネットで記事を無料公開した。それは何らかの意図が込められているのであろう。記事の見出しは「高市早苗首相「円安で外為特会ホクホク」 為替メリットを強調」だ。一部を引用させていただく。
「高市早苗首相は31日、川崎市内の演説会で足元の円安傾向のメリットを強調した。「外為特会というのがあるが、これの運用が今ホクホク状態だ」と話した。」
「「円高だったら輸出しても競争力ない。円安だから悪いって言われるが、輸出産業にとっては大チャンスだ」と力説した。」
日経新聞が総理の発言を、なんと全文、記事で紹介している。その意図は明確だ。「こんな、馬鹿げたことを言っている人物ですよ」と世間に知らしめたいからにほかならない。それは日本経済を(大企業中心とはいえ)追い続けている経済報道機関の矜持だろう。千葉県の知事がこの円安大歓迎発言を厳しく批判したとも報じられている。正論を発するには難しい立場であろうに、なんとも気骨ある方だ。島根県の知事さんと千葉県の知事さんとで、日本のかじ取りをしてほしいと願いたい。
円安で多くの国民、普通に市井で暮らす国民が物価高で苦しんでいる。円安を喜ぶのはごく一部の資産家であり大企業だ。大企業の全部が喜ぶわけではない。多くの企業が生産拠点を海外に移している今、円安のメリットは限定的だ。1970年代までのように、輸出でわんさか稼ぐ構造では、もうないのだ。資源や材料を輸入に頼る日本経済は円安ではやはり苦しい。
それなのに、である。
国のトップとしては、残念ながら品格も謙虚さも知性も知識もわたくしの目には到底、力量不足と思える。人間個人のことではない。為政者として、の水準で感じるだけの話。むろん、ただテレビで時折その動静を見るだけの方ですが、1990年前後のテレビ討論番組によく登場していたころから「あの肩書、ありえないんじゃないの?」と陰口を言われ続け、とある政党から出馬して当選して間もないのに所属政党を替えてきた行動からして、当時すでにある種の一貫性があるとわたくしには感じられた。「とにかく、権力を手に入れられそうな世界に身を寄せる。いずれは最高の権力を手に入れる」という強い執念を行動原理にしているのだろう、というようにわたくしには感じられた。政治家を目指す者は多少、権力を追い求めることがあるだろう。郵政改革を執拗に訴えていた小泉純一郎氏が何度も自民党総裁選に出馬していたのはまさにそうだ。あれは当時の大蔵省をバックになんとしても郵政省をぶっ壊したい大蔵官僚の悲願をうまく利用したのだろう。しかし政策を実現しおわって、小泉氏は院政をしくこともなく昨今の政治家としてはあんがいさっぱりと身を引いた。立ち振る舞いの上手さは次男が引き継いだ。そのあたり、なんとも上手で賢い政治家一家だ。
権力は、何かを実現するために必要であって、手段に過ぎない。政策や理念を実現することが目的のはずだ。ところか、かのお方の目的は、権力を手中に収めることだけ、とわたくしには思える。コロコロと主張が変わるのも不思議ではない。なぜなら主張して訴えたい理念や政策なんてことは実はかの方にはどうでもよく、「権力を、とにかく、皇位を除く最高の権力を手に入れることだけが大事だから」だ。「30年頑張ってようやく総理大臣になれた」と先日、遊説先で語ったと報じられていた。その言葉を聞いて、背筋が寒くならなかった人がいたら、それは結構、鈍感であるとわたくしは言いたい。会議や討論会をたびたび遠慮するというのは、政策や実現したい施策を実施することを目標としていないからではなかろうか。その点、常に政策を掲げているあまり、国民や自民党内かいまひとつ人気が出ない、率直に言って不人気であろう石破茂氏や、河野太郎氏とは正反対の政治家にわたくしには思える。
しかし、かの方が大人気なのは間違いない。30年、ひとつの目標をぶれずに追い求めてきたその根性は、人間としてはとてもすごいと素直に思う。そんな根性、わたくしには無い。そして多くの国民が支持しているのも事実のようだ。女性だから? 実は案外、そんな単純なことかもしれませんね。女性だからきっと何か変えてくれるだろうという期待が多いだけかもしれない。人気を集めるのが政治屋の資質だといえば、かの方はとてもすぐれた政治屋に違いない。しかしそうであってもこれはいったい、どういうことか。オレンジ色の政党がついこの前の国政選挙で大人気だったように、手取りを増やす単純アピール一辺倒でむざむざ与党を有利にさせてまでも自党の勢力拡大にしか夢中ではない最悪のポピュリスト政党がまだまだ人気があるように、残念ながらこの国の国民には、国家社会の行く末を考えての結論より、ひとことふたことのキャッチフレーズでしか政治家の品定めができないのであろう。こうなればもう、あとはこの国ごと、転げるだけ転げ落ちるしかなさそうだ。
夏目漱石の「三四郎」に、このようなくだりがある。
「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、
「滅びるね」と言った。――熊本でこんなことを口に出せば、すぐなぐられる。悪くすると国賊取り扱いにされる。三四郎は頭の中のどこのすみにもこういう思想を入れる余裕はないような空気のうちで生長した。だからことによると自分の年の若いのに乗じて、ひとを愚弄ぐろうするのではなかろうかとも考えた。男は例のごとく、にやにや笑っている。そのくせ言葉ことばつきはどこまでもおちついている。どうも見当がつかないから、相手になるのをやめて黙ってしまった。すると男が、こう言った。
「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。「とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓ひいきの引き倒しになるばかりだ」
日本は、そしてどうも世界でも、あの常軌を逸した米国大統領と、中国ですっかり皇帝と化したクマのプーさんと、ロシアの狂信的なファシスト大統領の3悪党がいる限り、人類は再び、地獄の苦しみを味わう時代がそれほど遠い未来ではなく、やってきそうだ。ため息をつきつつ、自分にできることを誠実にひたすら、積み重ねていくしかないだろう。それが個人にできる社会正義だと信じて。
わたくしはたったひとりの、野にある非力な存在ですが、放課後児童クラブで働く職員が、毎日の生活を不安なく過ごせるだけの待遇を得られることが当たり前の社会がやってくるまで、声を上げ続けたい。それが結果的に、未来を担うこどもたちを護ることにもなるのですから。



