あの名作映画「マトリックス」の世界観が放課後児童クラブに見られる場合あり。「マトリックス現象」を打破しよう。

 放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。わたくしは新聞記者時代に10年程度ですが映画も取材範囲にしていて、由緒ある「日本映画記者会」メンバーでもありました。新作映画を紹介するニッポン放送のラジオ番組のワンコーナーにも隔週出演していた過去があります。多くの俳優や映画監督さんにお話を聞いたり、映画撮影の現場にも数多く訪れたりしていました。(「白組」のスタジオにもお邪魔して山崎貴監督にインタビューもしたことがあります)。ですので映画は今も昔もわたくしにとってそれなりに親近感あるエンターテインメントなのですが、記者を辞めて放課後児童クラブの世界に身を投じてからは、そこで巡り合うあまりにも様々な事象、しかも「本当に?本当にそんなことが起きたの?本当にそんなことを考えている人がいるの?」という超常現象の連続なので映画よりよっぽどハラハラドキドキ、もはや喜劇と呼びたくなる悲劇が連日降りかかって来たので、映画を見て何かの感動を経験したいという欲求がゼロになってしまい、すっかり映画鑑賞からは遠ざかっています。わたしが生きて向き合ってきた現実がドラマ、映画よりはるかにスリリングで信じられない出来事の連続だったからですね。危機一髪のサスペンス映画に24時間365日出演していたようなものでした。さて、今日のお題「マトリックス現象」とは何のこと? 大変、辛口の内容となります。
 (※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。)

<「マトリックス現象」とは、現実と仮想現実の境界があいまいになること>
 キアヌ・リーヴス主演の映画「マトリックス」シリーズ。第1作が公開されたときは、誇張なくセンセーショナルな衝撃を持って迎えられました。もう四半世紀昔というのが信じられないほどです。映画の詳細は改めて述べることはしませんが、仮想現実と現実のせめぎあい、現実に生きる者が仮想現実の世界を支配する者が支配する「実存できるはずの者」を解き放つための戦い、とでも言えるでしょうか。

 それがなぜ放課後児童クラブに関係があるの?と誰もが不思議に思われるでしょう。あくまで私がずっと感じてきた印象です。児童クラブの世界で活動するようになってすぐさま気付いた印象です。
 それは、「(一部の、とりわけ伝統的な育成支援重視の)児童クラブで働いている人やクラブ活動に積極的にかかわって支援している人」たちが信じている世界というものが、「この一般的な世界。行政の世界や、経済活動の世界に普通に存在して働いている人」たちが日常的に受け入れて働いている世界とは、別世界ともいえるほど乖離しているということから、受ける印象なのです。あえていえば、伝統的な児童クラブの世界を信じてやまない人たちが抱きがちな世界は、実は現実社会でごく普通に生きている人たちからすると、「仮想現実を信じ、仮想現実の中での正義を崇めて、仮想現実の中の論理で行動している。そしてその論理を、こともあろうに現実世界が信じないことを憤っている」ように見えるのです。
 映画「マトリックス」で、あの肉汁したたるステーキを食べる登場人物が、「このうまさも電気信号で脳が感じているだけ」という趣旨のせりふを話すシーンが印象的でしたが、本当は現実ではないことを現実世界で起きたことと脳が信じていること。それと同じ現象が、一部の児童クラブの世界で展開されていることに、驚きを感じたのです。

 それはつまり、「理想的な学童保育は、保護者が運営する学童保育。なぜなら、保護者が運営にかかわることで、子どもにとって最適な学童保育を実現することができる。保護者は指導員と一緒に学童を運営することで、子どもの豊かな放課後の時間を学童で作り出すことができる」という世界観です。そしてこの世界観には、「子どもが望むこと、子どもがやりたいと思うことを準備し、実現させることが指導員の大事な役割」という概念が広く存在し、「子どもにとってふさわしくないルールや意向は、絶対的に誤っているので受け入れてはならない。子どもを守るために、子どもにとってふさわしくない状況や環境をもたらす(外部の)意向や要望、ルールは受け入れてはならない」という主義もまた、当たり前のように受け入れられている状況があると、私は感じてきました。
 このことが、児童クラブの世界に存在する「マトリックス現象」です。

 そのマトリックス現象は、具体的にどのような状況をもたらすのでしょうか。私が見聞きしたものでは、次のようなことが児童クラブの世界で展開されていました。
・子どもの様子を記録するのは大事な仕事だ。育成支援は子どもの育ちの記録があってこそその検証ができる。よって、子どもの様子を記録する仕事は必要な限り行うことが許される。それが時間外であろうがなかろうが関係ない。そのために毎月十数時間を費やしても必要な仕事である限り許される。
・子どもの様子を保護者と共有するのは育成支援に欠かせない仕事だ。だから、子どもを迎えに来た保護者とたっぷり情報共有、情報交換の時間を費やすのは重要な仕事だ。それが児童クラブの閉所時刻を1時間も、1時間半過ぎたとしても、保護者と話をして子どもや子育て生活の様子を聞くことが大事なのだ。その時間も業務時間である。いちいち事業者に報告はしない。当たり前の業務だから報告など不要だ。
・保護者が運営にかかわることは、子どもファーストの児童クラブの大前提。負担感を感じる保護者は、その負担感こそ子どもの充実した育成支援を実現させるための必要な負担であるので、喜んで負担感を迎え入れるべきだ。将来、「あの時、クラブの運営にかかわって良かった」と感謝する日が来るものだ。そもそも、子どもの育ちの責任は保護者が負うべきであって、児童クラブで職員にその子育ての責任を丸投げすることは許されない。児童クラブの運営の負担を負うことは、その子育ての責任でもある。負担感など本来は感じてはいけないのだ。
・児童クラブの運営に積極的に関わっている保護者や職員は、子どもの育ちに必要な児童クラブの存在について理解をして協力をしている人。自身の時間を割いて、無償で運営に関わっている立派な人。そういう人たちこそ、尊敬され、理解されるべき。自分の時間を積極的に提供して運営にかかわった保護者の意見や考えは、そうではない人たちより優先されうべきだ。
・児童クラブをより良い環境にするのは社会の当然の責務。それをしようとしない社会や、予算を増やさない行政は児童クラブからすると敵にも等しい存在。児童クラブを困らせる行政や人たちの指示に従う必要なんかない。拒否してよい。それが子どもを守ることだからだ。子どもが過ごす児童クラブをよりよくするためには、児童クラブ側の意向こそ無条件で優先されねばならないのだ。

<その結果、どうなりますか?>
 私が保護者として児童クラブを利用するようになり、その後、縁があって運営にも関わるようになった初期の時代に、信じられないことがありました。それは、職員が自己の都合で、勤務シフトの出勤時刻より遅れて出勤した場合、事後に「時間休」(時間単位年休)を行使していたことです。勤務シフトを作成するのは個々のクラブの正規職員ですが、その勤務シフトを管理する権限もまた、個々のクラブの正規職員が持っていました。変更するのはいつでも、事前でも事後でも正規職員が自由に行っていました。
 ですので、最終的に確定した勤務シフトは、実は「勤務実績」と他ならない状態になっていました。それはそうです。前月末に勤務シフトを確定させても、当月に変更、修正を繰り返し、当月の月末最終日になって変更、修正する余地がなくなった段階で勤務シフトがようやく確定するのですから。それは勤務実績に他なりません。
 当時、私はまだ非常勤の理事でしたが、「運営本部に提出した勤務シフトの変更は本部の責任者が最終的に変更の可否を判断すること。自己の都合による出勤時刻の後ずらしは不可。遅刻として欠勤控除するべきだ」と強く主張しました。驚くことに、私が専従、つまり児童クラブの運営を本業とするまでの数年間、その悪しき慣行は表向き修正されたと報告されながら実際には実態として続けられていました。私が運営の最高責任者となってそのことが明らかとなり、私は就業規則を変更して遅刻3回で月給1割減給のルールを定めると同時にシフトの管理を徹底し、事後の勤務シフト変更を、やむを得ない事由を除いて不可としました。欠勤控除がようやくここに始まったことになります。

 こういう話、ごくごく普通の企業や団体にお勤めの保護者の方は「えっ?」と思われるでしょう。自分が寝坊したから朝10時の出勤時刻に15分遅れた。だからその日の出勤時刻を10時15分に変更する、ということは「ありえないしょ!」と思うでしょう。が、児童クラブの世界は、特に保護者運営系または保護者運営系を由来とする法人運営では、結局のところ、労務管理が現場に丸投げになっていることがほとんどなので、こうした、「その場にいるものに有利なように」運営がなされてしまっている、ということが、現実としてありうるのです。そして、そのような現場で働き、生活をしている人はその現場の考え方が現実社会になっていますが、それはごく普通の企業や団体や自営業で生計を立てている人にとっては「仮想現実」に等しい世界でもあるのです。

 管理や監督という考え方、概念は、こと児童クラブの世界にとって結構抵抗感が強い言葉であり、概念です。評価も同様。「保育に評価はなじまない」というのは、たいていの児童クラブの世界から、研究者からもよく発せられます。では、児童クラブの世界の人がこぞって口にする「そういう制度では、質の低い育成支援しかできなくなる!」という、その「質の低い」という評価は誰が、何を基準に決定するのですか?評価制度を忌み嫌う児童クラブの世界もまた、マトリックスの世界です。仮想現実の世界です。管理も監督も現実社会ではごく当たり前に存在していますが、それを忌み嫌う一部の児童クラブの世界は、いまだにマトリックスの世界を現実社会と認識して活動しています。(もしかすると、そうしたマトリックスの世界に存在する児童クラブに関わる人たちから支えられている一部の勢力や団体が、そのマトリックスの世界を実は陰で構築して支配している、というふうに考えられることが、ありませんかね?こうなると現実社会がまさにSFチックなものになります。しかし私は、現実は虚構より奇なり、というたとえを信じています)

 児童クラブに関わる人たち向けに行われる研修や講演では、時折、「子ども本位の、子どもにとって一番いい児童クラブを作っていきましょう」というテーマがあります。その考え方を基に育成支援の実践テクニックを紹介されることもありますね。それ自体は私は構わないのですが、困るのは「児童クラブは、すべからく、子どもにとって最善最良の環境を実現することである。そうではない児童クラブはあってはならない。子どもにとって素晴らしい環境の実現を妨害する動きは許してはならない」と熱く講師の人が何度も教えることです。児童クラブで働きながら、子どものために尽くしたいと信じている多くの素朴な人たちは、この教えにとても共感して、現実社会が求める現実的な要望や指示、それは「折り合いをつけて、お互いに歩み寄って妥協点を見つける作業」のことが多いですが、そうした現実的な要望や指示を拒絶する構えに出ることがあります。それでは、互いの歩み寄りや妥協によって、最善の道を選択することを重ねながら経済活動、社会活動を続けている現実社会においては、困った存在になってしまいます。結局は「話が通じない事業者には、退場してもらおう」という最悪の結果を招きかねないのです。この道筋の流れも合わせて講師の人は伝えるべきですよ。

<勝てるはずがない>
 一部の児童クラブに今なお残るマトリックス現象は、事業実施における責任の所在のあいまいさを問題視しません。保護者がみんなで運営するということは、仮に、保護者会や運営委員会の会長を置いたとしても、あるいは保護者が参加する非営利法人の代表理事や理事長を置いたとしても、その地位に就く人が、本業は別にあってボランティア的に、非常勤の立場でその地位についている限り、事業執行について形式的な責任はその地位に由来するので負うとしても、実際の事業執行の指揮命令を発していないので、具体的な責任は問えません。現実的にその部分を問われるのは、「業務執行を非常勤の役員たちから丸投げされた」現場の幹部クラスの職員だったり運営本部にて従事している職員になるでしょう。
 そもそも、「児童クラブ」を日々、運営していることが「事業、ビジネス」であるという認識すら、感じられていないマトリックス現象があります。「児童クラブの運営は福祉。ビジネスではない」と今も平然と口にする児童クラブ関係者は珍しくありませんが、「福祉はビジネスではない」という図式は存在しません。福祉は事業の性質であって、事業そのものがビジネスです。同じように、児童クラブはサービス業ではない、という言い方も大変よく耳にしますが、利用料を受け取ったり補助金を交付されたりして収入を得て、放課後児童健全育成事業による育成支援を児童と保護者に提供しているのは、立派なサービス業です。これもまた「児童クラブはサービス業ではない。クラブ職員はサービス業ではない」というマトリックス現象の中に根付いている、誤った概念です。

 さて、当たり前ですが児童クラブという存在は現実社会にあります。現実社会で、「どの事業者に児童クラブの運営を任せようか」と考える人たちや組織があります。そしてその人たちや組織は、時には審査基準をもとに事業者を評価して点数を付けて、最多得点の事業者に児童クラブの運営を任せようと決めます。あるいは過去の実績を基にして他の事業者と競わせることをせずに運営する事業者を決めます。それらはすべて、一部の児童クラブの世界の中の、つまりマトリックスの外部において行われている現象です。現実社会でのルールや決まり事で物事が処理されていきます。一部の児童クラブの中でしか通用しないこと、つまり現実社会から見たところの仮想現実の世界でのルールなど、無意味であって考慮されることは1秒たりともありません。「保護者みんなで運営する。ほう、その趣旨は分かる。なに、役員は利用者の保護者達で、実際に事業を取り仕切る常勤の責任者がいない?それで公のお金を受け取って事業執行ができると思うのか?ありえない」と現実社会は切って捨てておしまいです。
 「児童クラブを設置している行政として、こういうことを児童クラブにやってもらおう。理解してもらおう。え、なに?それでは児童クラブの子どものためにならないから受け入れは絶対反対だって?児童クラブを運営しているのは私たちだから私たちの主張を受け入れらなければおかしいって?その児童クラブを設置して補助金を交付しているのは誰なのかわかっていないのか?よし、次の年度から運営業者を変更しよう」と現実社会は切って捨てておしまいです。

 児童クラブの運営を巡る現実社会はいま、大激変のさなかにあります。それは今後、日本版DBS制度の導入や、種々の法改正の影響を受けて、さらなる超大動乱時代に突入するであろうと私は確信しています。全事業者にストレスチェックを導入するという地味な施策であっても、「全事業者」ということは、1つの運営委員会が1つのクラブを運営してそこで5人の支援員と補助員が勤務しているような零細事業者であっても、対象となるということです。ストレスチェックの内容は守秘義務があるため職員たちで行うわけにはいきません。ストレスチェックを行う側は法令で幅広いですから例えば保護者の中にもやってくれる看護師や精神保健福祉士がいるかもしれませんが、その評価は産業医が行い、労働基準監督署に報告しなければなりません。その事務手続きの一切合切を、ボランティアの保護者は到底できないでしょう。まして記録は5年間、秘匿して保存することになります。そんな場所、ありますか?保護者の家に置いておけませんよ。

 つまり、今の児童クラブは、それなりに組織的な運営ができる事業者でなければならないのです。それはたいてい、企業や法人組織、それもその組織から報酬を得て従事している従業員、職員を抱えている事業者ということになります。それが現実社会です。いつまでも保護者運営の良さを絶対視するマトリックス現象にとらわれている、仮想現実の中で正しさを信じ切っている事業者は、現実社会のこの大激変の中で、その存在を消されてしまう危険性が、極めて高まっていると言っていいでしょう。現実社会からすれば、もとより仮想現実の世界なんて、消去しておしまいです。そして現実社会のルールに基づいた児童クラブがどんどん増えていく。あちらこちらで何百もの児童クラブを運営する事業者がどんどんその規模を拡大していくだけの話です。
 (これはひどいことに、そういう大規模な事業者から見て、うまみのない、つまり入所児童も就労者も容易に集まらないであろう地域は垣間見られないということです。公営は縮小、撤退の傾向はずっと続いてこれからも変わらないとすれば、見捨てられた地域の子どもや子育て世帯は、だれが支えてくれるのでしょう。このことは深刻な問題ですが、深刻さに直面している人数の絶対数が少ないことと、その困難さを真正面から取り上げて社会に投げかけてくれるメディアも無いために、現実社会の隙間で取り残され、ひどい日常を送らざるを得ないことになります。それは仮想現実ではなく悲惨な現実社会です)

 マトリックス現象にとらわれている児童クラブは現実の児童クラブの事業者に絶対に勝てません。現実の児童クラブは、その育成支援の内容はひどいものだとしても、組織的な運営については現実社会のルール、決まりを(表向きでも)守っている、うまくやっているように見せることが上手だからです。
 はやいこと、負けが確実な状況から、「もしかしたら勝てるかもしれない」状況まで、マトリックス現象を打破していく行動を起こさない限り、現実社会のルールで行われる競争の場に立たされて現実社会のルールを理解していないがために惨敗する、ということが繰り返されますよ。「もしかしたら現実社会に理解を得られそうだ」という状況、つまり仮想現実から抜け出て現実社会で活動することを視野に入れた行動を、起こさねばなりません。

 なお、すでに現実社会の児童クラブにいる人たちは、私も含めてですが、現実社会の児童クラブをより良くするために声を上げ、アピールし、社会に理解を広める努力を続けていくことが求められるのです。放課後児童健全育成事業を「事業」ではなく「児童福祉施設」とすることや、放課後児童支援員資格の専門性の強化、配置基準の厳格化、補助金の増額と対象の拡大など、いくらでも改善要望はあるでしょう。延々と改善を求めて声を上げる日々が続くでしょう。

 児童クラブの物語には、終わりがありません。ハッピーエンドを迎える日までずっと脚本が書き続けられ、児童クラブの世界に身をささげる人たちの行動が続くのです。しかし、この世界を頼りにしている人がいる限り、この物語は終わりがあっては、ならないのです。ただ、児童クラブにおけるマトリックスだけは、続編は不要ですからね。

 <おわりに:PR>
 弊会は、次の点を大事に日々の活動に取り組んでいます。
(1)放課後児童クラブで働く職員、従事者の雇用労働条件の改善。「学童で働いた、安心して家庭をもうけて子どもも育てられる」を実現することです。
(2)子どもが児童クラブでその最善の利益を保障されて過ごすこと。そのためにこそ、質の高い人材が児童クラブで働くことが必要で、それには雇用労働条件が改善されることが不可欠です。
(3)保護者が安心して子育てと仕事や介護、育児、看護などができるために便利な放課後児童クラブを増やすこと。保護者が時々、リラックスして休息するために子どもを児童クラブに行かせてもいいのです。保護者の健康で安定した生活を支える児童クラブが増えてほしいと願います。
(4)地域社会の発展に尽くす放課後児童クラブを実現すること。市区町村にとって、人口の安定や地域社会の維持のために必要な子育て支援。その中核的な存在として児童クラブを活用することを提言しています。
(5)豊かな社会、国力の安定のために必要な児童クラブが増えることを目指します。人々が安心して過ごせる社会インフラとしての放課後児童クラブが充実すれば、社会が安定します。経済や文化的な活動も安心して子育て世帯が取り組めます。それは社会の安定となり、ひいては国家の安定、国力の増進にもつながるでしょう。
 放課後児童クラブ(学童保育所)の運営支援は、こどもまんなか社会に欠かせない児童クラブを応援しています。

 弊会代表萩原ですが、2024年に行われた第56回社会保険労務士試験に合格しました。これから所定の研修を経て2025年秋に社会保険労務士として登録を目指します。登録の暁には、「日本で最も放課後児童クラブに詳しい社会保険労務士」として活動できるよう精進して参ります。皆様にはぜひお気軽にご依頼、ご用命ください。また、今時点でも、児童クラブにおける制度の説明や児童クラブにおける労務管理についての講演、セミナー、アドバイスが可能です。ぜひご検討ください。

 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、2024年7月20日に寿郎社(札幌市)さんから出版されました。本のタイトルは、「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。学童に入って困らないためにどうすればいい? 小1の壁を回避する方法は?どうしたら低賃金から抜け出せる?難しい問題に私なりに答えを示している本です。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。注文はぜひ、萩原まで直接お寄せください。書店購入より1冊100円、お得に購入できます!大口注文、大歓迎です。どうかご検討ください。

 「リアルを越えたフィクション。これが児童クラブの、ありのままの真の実態なのか?」 そんなおどろおどろしいキャッチコピーが似合う、放課後児童クラブを舞台にした小説を完成させました。「がくどう、序」というタイトルで、2025年3月10日に、POD出版(アマゾンで注文すると、印刷された書籍が配送される仕組み)での発売となります。現在、静岡県湖西市の出版社に依頼して作業を進めております。
 埼玉県内の、とある町の学童保育所に就職した新人支援員が次々に出会う出来事、難問と、児童クラブに関わる人たちの人間模様を、なかなか世間に知られていない放課後児童クラブの運営の実態や制度を背景に描く小説です。新人職員の成長ストーリーであり、人間ドラマであり、児童クラブの制度の問題点を訴える社会性も備えた、ボリュームたっぷりの小説です。残念ながら、子ども達の生き生きと遊ぶ姿や様子を丹念に描いた作品ではありません。大人も放課後児童クラブで育っていくことをテーマにしていて、さらに児童クラブの運営の実態を描くテーマでの小説は、なかなかないのではないのでしょうか。児童クラブの運営に密接にかかわった、元新聞記者である筆者だからこそ描ける「学童小説」です。ドラマや映画、漫画の原作にも十分、活用できる内容だと確信しています。ご期待ください。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、議員の方々、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

(このブログをお読みいただきありがとうございました。少しでも共感できる部分がありましたら、ツイッターで萩原和也のフォローをお願いします。フェイスブックのあい和学童クラブ運営法人のページのフォロワーになっていただけますと、この上ない幸いです。よろしくお願いいたします。ご意見ご感想も、お問合せフォームからお寄せください。出典が明記されていれば引用は自由になさってください。)