「自分の家庭を犠牲にするのか」。放課後児童クラブの優秀な職員はこうやって辞めていく。国の調査は甘すぎる。

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所)で、優秀な職員が仕事を続けられずに去っていく。もう何年も前からこんな状況です。
 ※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。

<子どもがもてないだけでなく、家庭が持てない>
 6月7日の運営支援ブログは、合計特殊出生率が過去最低の1.20に落ち込んだこと、放課後児童クラブの職員は低賃金で子どもをもつのをあきらめたとつづりました。児童クラブの職員に象徴されるように、この国の雇用の状況が非正規雇用を増やしつつあることで経済的に不安定となり子どもを持てない、だから出生率が下がっているのだとつづりました。(https://aiwagakudou.com/出生率1.20で過去最低。放課後児童クラブで/(新しいタブで開く)

 このブログをご覧になられた方から弊会にメールが届きました。その内容は、極めて悲惨な内容です。しかし残念ながら、この国の多くの人たちが気付こうとしない、気にも留めていないことです。メールの内容は次の通りでした。
・配偶者が児童クラブの職員。10年以上勤めている。
・手取りは20万円に届かない。サービス残業もある。収入は自分が支えている。
・自らの家庭を犠牲にして他人の子どもと家庭を支える仕事であることを理解してきたが、それももう限界。
・今は転職活動に取り掛かっている。児童クラブの条件より良い待遇で転職できるだろう。

 私もかつては児童クラブを運営する事業者のトップでしたから、職員の採用だけでなく退職にも当然、多く関わってきました。退職の理由はいくつもありますが、給料が自分の望む額に届かない、という動機は多くの退職者が共通して持っています。以前からこの児童クラブ業界は「結婚を機に退職する」という、いわゆる「寿退職」があります。児童クラブの寿退職は、世間一般にいわれる寿退職ではありません。「男性職員が、結婚を機に、家庭を養える収入を得られる他の職業に転職すること」です。

 もちろん、結婚して、子どもを育てながら児童クラブの仕事に従事している男性職員だって、全国を見れば存在しているでしょう。ことに年収額が300万円台から400万円台に届いている地域では、夫婦共働きであればそれなりに余裕をもって暮らせます。ただそれは最低賃金が上位にある東京など一部の地域や、事業収入の多くを職員の賃金に還元している事業者(非営利法人など)であるなど、個別の理由がある場合に限られます。共働きであっても、なんらかの事情で夫婦の一方が働けない状態に陥ると、とたんに、家計は危機に直面します。

 先のメールで深刻なのは、キャリアが10年を超える職員の退職、という事態に進むことです。職員の定着率が悪い児童クラブの世界で、キャリア10年の職員はとても貴重です。若い職員の指導、育成にも大いに能力を発揮してくれる存在です。ところが、運営事業者にとって、本当にありがたい重要な戦力であるキャリア10年超の職員が、経済的な理由を事由として退職してしまうというのは、その事業者の持つ「育成支援の質が低下する」事態を招き、「新人や経験の浅い職員の育成に重要な存在を失う」事態となり、そして「事業者がそれまで投下した人材育成コストを回収できない」事態、ということにもなります。児童クラブの職員の定着率が一向に上がらないのは、無理もありません。入職して数年間の間に、仕事のキツさと賃金のバランスに納得ができない若手がどんどん去り、そのつらい時期を乗り越えて「生き残った」児童クラブサバイバーであっても、仕事で更なる活躍が期待できる中堅どころになると、家庭を持つという現実的な問題の前に、結局は、低賃金を理由に退職する人が後を絶たないからです。

 活躍を期待したい中堅職員の退職は児童クラブの事業者にとっても、公共の児童福祉サービスの提供という観点でも、大いなる損失です。しかしそれでも、「自分の家庭を犠牲にしてまで、他人の子どもや家庭を支えることが理解できない」という家庭から上がる声は、決して間違っていません。児童クラブの職員が低賃金ゆえ、ずっと仕事をまっとうできない低賃金をどうして解消しないようとしないのか、その疑問に解決法を提示できない児童クラブの業界、ひいてはこの国が間違っているのです。

 国と市区町村は、どうしてこのような状況を解消しようと本気で立ち向かうことをしないのでしょう。児童クラブの職員の低賃金構造を、国も市区町村も、児童クラブの担当者が知らぬわけはありません。私には本当に意地悪に思えます。

<国の調査では、こうなっている>
 「放課後児童支援員等の人材に関する調査研究報告書」が公表されています。これは、こども家庭庁の調査で、令和5年度子ども・子育て支援等推進調査研究事業の1つです。公表は2024(令和6)年3月です。この調査研究の要旨は、報告書の冒頭に、次のように記されています。
「本調査研究では、各自治体や運営法人における放課後児童支援員等の人材確保・人材育成に向けた取組の実態把握を行い、今後の取組の方向性を提言することを目的として、アンケート調査及びヒアリング調査を実施した。」

 要は、放課後児童クラブの人材確保における実態の把握と、その実体への対応法の方向性に関する提言をするということですね。まさに、職員を募集してもなかなか集まらない、雇った職員も長く勤務できず退職してしまうという実態を、各自治体がどう捉え、考えているのかを調べた調査です。

 調査結果はとても膨大ですので、折に触れて取り上げていきたいのですが、まずは調査結果のまとめ(提言)を紹介します。(調査報告書13ページ)
【放課後児童支援員等の確保・定着に関する施策】
✓ 長期にわたり安定的に働くことのできる職業として放課後児童支援員等の仕事を選んでもらうために、常勤職員としての雇用を推進するための環境整備が必要である。
✓ 若い世代の確保に向け、大学や専門学校等と連携した取組が必要である。
✓ 人材定着のためには、業務負担軽減・業務効率化が必要。ICT 導入及び導入に係る職員へのサポート体制の整備は、その有効な施策の一つである。
✓ 運営委員会・任意団体等、地域住民を基盤とする団体における確保・定着施策の検討・実践を推進するため、自治体が中心となって組織間をつなぐ役割を担うなどの支援体制強化が望まれる。

 4点が挙げられています。上記の提言を運営支援流に解釈すると、次の通りになります。
・常勤職員(無期雇用のことと想像します)の制度を事業者が採用できるための仕組みが必要です。→常勤職員の雇用条件を改善しよう。
・大学や専門学校の学生のうちに、放課後児童クラブを良く知ってもらおう。→将来的に、大学などで放課後児童支援員の資格を取得できる制度の実現を後押しする内容。
・省力化できる仕事はIT機器に任そう。→児童の登所、降所の記録や保護者への連絡などをデジタル化しよう。
・保護者運営の児童クラブでは、もっと自治体が運営に介入して責任を持つこと。→保護者任せにしたらいつまでたっても変わらないでしょ。

 2024年度から、常勤職員を2人配置したときの運営費補助が実現しました。これはまさに、上記4点の提言のうち、もっとも最初に記されていたことです。このような調査研究は、こと、放課後児童クラブにおいては、およそその後の国の方針に反映されることは大変多いのです。それを思うと、2点目にある、大学や専門学校で放課後児童クラブを学ぶ専門コースが整備され、卒業と同時に放課後児童支援員資格が入手できる制度も、およそ数年のうちに実現するでしょう。もう、間違いないと私は感じています。

<なぜ、もっと率直に打ち出さないのか>
 上記の調査報告はとても重要です。先の4点も、なるほどそれは必要だね、ということだと私も理解します。しかし、画竜点睛を欠く、というのは、まさにこのこと。児童クラブの職員が確保できない、定着しないという最大かつ最強の理由である、「生活ができないほどの安い給料」という低賃金の改善こそ急務である、ということをなぜもっと打ち出さないのか、ということです。さらに言えば、人件費として確保できる予算が少ないので職員数も増やせない=職員1人あたりの業務量が過重、ということもあります。

 なぜ、ずばり切り込まないのか。私には疑問です。「給料が安いから、人が集まらない。長く働き続けない」という、単純で当たり前の理由を解消しようとしない限り、いくら、大学や専門学校を卒業した人材を児童クラブの職員に採用できても、数年で辞めてしまうのがオチです。

 調査研究報告書の提言の部分には、さらにこうあります。
【放課後児童支援員等の人材育成を通じた人材確保・定着に関する施策】
✓ 専門性の獲得・向上や精神面を支える施策として、放課後児童支援員等同士の交流機会の拡大やアドバイザー/スーパーバイザーの設置が有効と考えられる。
✓ 人材育成を通じて人材確保・定着をはかるために、放課後児童支援員認定資格研修の受講資格の拡充や、「初任者研修」の実施検討、研修受講等を通じたキャリアフローの明示・処遇向上等の取組が望まれる。

 これは、ハーズバーグのいう「動機付け要因」の強化であると私は考えます。しかし、放課後児童支援員という職種の専門性に関する個人の意識を高めるために指導者を配置したとて、そもそも、生活が成り立たないという賃金の前には、どんな策も無力です。国は、児童クラブの職員は、独身の一人暮らしでずっと過ごせばいいと思うのですか?結婚しても子どもをもたなくてもやむを得ないと考えるのですか?
 この提言の2点目は、私としては納得ができない観点が盛り込まれています。それは、認定資格研修の受講資格の拡充です。児童クラブで働いてくれる人が少ないから、母数(分母)を増やしてしまおう、という考えです。資格を持つ人を増やせば、その中で、児童クラブで働くことを選ぶ人も増えるだろうということですね。資格があるうちの1%が児童クラブで働いてくれるとしたなら、10万人なら1,000人ですが100万人になれば1万人です。しかし、受講資格の拡充が、大学や専門学校における児童福祉を学ぶ学生への拡充であれば賛成ですが、「子育て経験3年以上ならOK」のような、資格の専門性を損なうような方向での拡充は、資格に対して妥当と思われる賃金額の低下をもたらすために、私は賛成できません。

 結局、とても素晴らしい有識者と呼ばれる方々が集まり、シンクタンクの優秀な頭脳が集まってまとめたというご立派な調査研究であっても、「木を見て森を見ず」になっています。まずは、当たり前に「自分の家庭を維持できる」だけの賃金を払えるだけの「カネが投下されている業界」になるべきで、それは結局は「補助金の大幅増額」です。保護者から多くの費用を徴収することにしてください、ということになれば、福祉サービスの格差が生じますが、国はそれでもいいのでしょうか。補助金の大幅増額では増税など国民負担の増加を招くことになりますが、堂々とその必要性を訴えて理解をさせる、それこそ政治の役割でしょう。
 もちろん放課後児童クラブの世界は、国民負担の増大に対して「わたしたちは、社会を支えるために、しっかりと専門性を発揮して子育てを、子どもの育ちを支援します」という実績を示し続けなければなりません。子どもに暴言を吐いたり、はては性加害を行う、何もしないで子どもたちの様子をただ見ているというだけの、「ダメな」職員がいるような児童クラブでは、あってはなりません。事業者、ひいていえば1人1人の職員の意識の改善と向上もまた、同時に必要であることは、指摘しておきます。

 <おわりに:PR>
 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、6月下旬にも寿郎社(札幌市)さんから出版されます。本のタイトルは、「知られざる〈学童保育〉の世界 親と事業者の悩みに向き合う」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。およそ2,000円になる予定です。正式な情報は随時、お伝えしますが、注文は書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。特に埼玉近辺の方で、まとまった部数をお買い求めいただける方は、萩原まで直接、ご相談ください。その方が個人的にもありがたい(なにせ、ある程度のまとまった部数が手元に届くので)です。発売まで、あと1か月です。どうぞよろしくお願いいたします。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

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