放課後児童クラブにも影響が及ぶ「103万円の壁」。この壁は小ボス。中ボスは130万円の壁、ラスボスは、あれ!

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。いま、政界ではキャスティング・ボートを握った国民民主党が公約として掲げている「103万円の壁」の撤廃でもちきりですね。まだ先行きは分かりませんが、おおむね103万円が引き上げられる動きになっており、変わっていくことは確実視されています。これ、放課後児童クラブ(いわゆる学童保育所もおおむね該当します)ではどのような影響が及ぶのでしょうか。
 (※基本的に運営支援ブログでは、学童保育所について「放課後児童クラブ」(略して児童クラブ、クラブ)と記載しています。放課後児童クラブはおおむね学童保育所と同じです。)

<103万円の壁に悩まされてきた業界>
 秋になると、放課後児童クラブでとても頼りになるパート職員から相談が寄せられます。「シフトに入る日を減らしてほしい。103万円を超えちゃいそうだから。夏休み、頑張りすぎちゃったかしら」。
 こういう経験、クラブの施設長や主任、あるいは経営者である人、あった人なら、おそらく持っているでしょう。私もあちこちのクラブの正規職員から「人が足りなくてシフトが組めません!」」というSOSを聞いたことがしょっちゅうありましたが、「壁」を理由とするものは本当に多かった。
 この壁が無くなる、正確には103万円が百何十万円にまで金額が引きあがる、ということになれば、これは児童クラブにおいては大歓迎です。

 さてこの103万円の壁について改めて説明します。実は本来の役割以上に恐れられている面があるからです。いまの103万円の壁は、主に「子どもと親」との関係において問題になります。つまり、児童クラブでアルバイトやパートで働く子どもと、その子を自身の勤め先で支給される給与において扶養に入れている保護者との問題です。
 そもそも103万円の意味は、この額を超えて収入を得ると、その収入に税金がかかる、課税される、税金を支払うことになるということです。正確には所得税に関してであって、住民税の均等割(一律で数千円)は100万円前後で発生するようです。クラブで週5日程度アルバイトする、親の扶養に入っている子どものがクラブからもらう給料が103万円を超えると所得税、住民税を支払うことになるということです。しかしこの額自体は、たいした額ではありません。

 問題は、親が勤め先から受ける給料です。まず、子どもが控除から外れるので、その外れた額(=いままで税金がかけられなかった額)に課税されます。その親の収入によって課税の割合が変わっていますので、一概に何円の税金を新たに支払うことになるとは言えませんが、10万円前後増えると考えていいでしょう。
 さらに、親が勤め先の企業が福利厚生として「扶養手当」を設定している場合です。これは個々の企業の問題であって国の問題ではありませんが、親の収入額を左右する重大な問題です。子ども自身の収入が103万円を超えると、その子は、親が勤め先からもらってきた扶養手当の対象から外されることになるでしょう。つまり、親の収入が減ります。毎月1万円なら12万円も減るのです。
 なお、配偶者についても同じく家族に対する扶養手当を設けている会社においては同様のことが生じます。この場合は、クラブにとって大事な戦力であるパート・アルバイト職員の勤務時間調整が求められる可能性があります。これが、児童クラブにおいて頭の痛い103万円の壁だと、私は理解しています。

 ですので、児童クラブにおいての103万円の壁は、パート・アルバイト職員が、配偶者の勤め先で設定されている扶養手当の対象から外される、外されないという点において、大きな影響があるものです。いま、そうした扶養手当を設定しない企業も多いので、その場合は、配偶者がいるパート・アルバイト職員ではなく、親の扶養に入っている子どもの立場にいるパート・アルバイト職員に関して、103万円の壁が問題として出てくるのです。課税されるとしてその額は決して多額ではないので、「親の所得への課税」と「親がもらってきた扶養手当が打ち切られる」ことの2点が問題だったのですね。

 国民民主党の掲げる政策が部分的にでも実現されれば同時にこの2点も改善されるでしょう。親の所得にかかる扶養控除額も引き上げられるはずですし、企業が設定する扶養手当はこれを機に改正、見直し、撤廃される流れがさらに強まるでしょう。

 よって、103万円の壁が無くなることは、児童クラブにとって好ましいものですが、私の感覚ではあくまでも小ボス。四天王のうちの最弱のものです。

<手ごわいのは130万円の壁>
 いわゆる「壁」が、手にする所得の多さ、少なさを指して言うのであれば、130万円の壁の方がはるかに恐ろしい。恐ろしいというのは不謹慎ですが、現実的にこの130万円を意識して働いているパート・アルバイト職員もいます。これは、社会保険料を支払うことになる「壁」です。支払うようになると、年間20万円前後の支払いが必要となります。もちろんこれは将来、年金として戻ってきたり健康保険に自ら加入することによって得られる保障(傷病手当金など)で還元されるものですが、「どうせ年金なんて将来、払われるかどうか分からない」という現在においては、「取られ損」のイメージが根強いものがあって、社会保険料こそ支払いたくない、という考えが蔓延してしまっています。

 103万円の壁の見直しに合わせて、この130万円の壁は変わるのか。報道を見聞きしている限り、それはなさそうです。税金と社会保険料は制度の立て付け上、別物ですから連動することはないのでしょう。

 しかも社会保険料は年々、支払う人が増える方向にあります。週30時間以上勤務する人は放課後児童クラブにおいてはどのような規模であっても社会保険料を支払っていますが、これからは週20時間以上30時間未満の「短時間労働者」に対して社会保険の加入がどんどんと進められています。まさに2024年10月から、社会保険対象となる者が51人以上の事業者で働く短時間労働者も社会保険の加入が義務となりました。

 社会保険料については増税を避けるために国が社会保険料をどんどんと増額しているという気配が濃厚で、確かに岸田政権が掲げた児童手当の増額などに充てられるという説明を聞いていれば、税金をむやみに増やせない代わりに社会保険料がむやみに増やされるということをふまえて、この130万円の壁と、新たに生まれた「20時間の壁」を回避しようとする労働者がいても、不思議ではありません。

 これを解消するには、社会保険料の増額の歯止めが必要ですが、「いま、支払っている社会保険料で、いま困っている人に支給して助ける」仕組みが変わらないこと、「いま年金をもらっている人に対して、支払う額を減らすからね」ということを理解してもらわない限り、社会保険料を減らすことはできません。あとは、いま社会保険料を支払っている現役世代でも得する仕組みをもっと拡大することが必要ですね。これらは児童クラブの世界がどうのこうのではまったく解決しない問題ですから、政府に頑張ってもらうしかありません。

 103万円の壁より、130万円の壁のほうが、よっぽど難敵です。なお、「150万円の壁」もあります。これは働いている配偶者に対して設けられている配偶者特別控除38万円が150万円までは満額であって、それ以上になるにつれ配偶者特別控除額が減っていくものです。ただ、これは例えば児童クラブで働くパート・アルバイト職員が130万円を突破して150万円ほどの年収を得るまでの稼ぎになると、「現実的に控除がどうのこうのと気にしなくなる」という印象を私は持ってきました。要は、それくらい自分の収入が増えてくると、数万円だ十数万円だのの節約に、極端に神経質にならないという事でしょう。数万円だって大事な節約だとして気にする人はもちろん気にしますが「まあ、自分の給料も増えてきたし、まあいいか」と思う人も増えてくるのだと私は感じています。

<最も怖いラスボス>
 「壁」は、児童クラブにとっては、雇用する側、シフトを組む側の問題です。働き手が減るのでシフトが組めないことが、壁のもたらす弊害だ、ということです。この「壁」こそ児童クラブにとって恐ろしい。その最初の壁となる最初の103万円の壁が無くなることは、まずは歓迎です。そもそも、最低賃金が急激に上昇しているのに、この壁はその上昇に合わせて上方に引き上げられなかったことが異常だったのですから。103万円ではなくて145万円になったとしても、プラス20時間、年間で入れる勤務時間が増えるのであれば、「今よりマシ」です。

 しかしよく考えてみましょう。確かに有能な職員が扶養の壁を気にしてシフトに入れないのは痛恨のダメージです。「壁で入れなくなった人の代わりがいない」というのは、組織としてはあるまじきことです。同じ程度の資質の職員ではないとしても、代わりに勤務ができるパート・アルバイト職員を確保していなければなりません。それができていない事業者こそ、事業の継続的な遂行を阻む「壁」です。これこそ、児童クラブにとってラスボスとなる壁。つまり、事業者側の「事業執行を適切に行えるだけの能力の壁」です。どんな状況であれ、シフトが(とりあえずは)組めるだけの職員体制を整えるべく普段から努力し、職員を募集し、なかなか求人の応募者が集まらないのであれば、応募者が増えるような雇用労働条件や労働環境を改善するよう努力をすること。これができていない、やろうとしない事業者側こそ、クラブの現場でシフトを組む立場の者を悩ます「壁」なのです。実は壁は、クラブの事業者の中にこそ存在していた。

 このラスボス、私はダブルだと思っています。もう1つのラスボスは、パート・アルバイト職員の「資質の壁」です。これは大変に厳しい壁。アイガー北壁(アルプスの絶壁)か、はたまたヒラリー・ステップ(エベレストの絶壁)か、というぐらい険しい壁です。それはパート・アルバイト職員の時給とも所定労働時間にも関係なく、「児童クラブの仕事を、責任感を自覚して、取り組めるかどうか」です。分かりやすく言えば「私はパート(アルバイト)だから、それはやりません。子どもに何かあっても、それは正規職員の責任です」と、児童クラブの仕事のうち、子どもに関わる複雑な状況の取り組みから逃げる態度のことです。また、施設の一定程度の管理、監督を絶対的に避ける、嫌がる態度のことです。

 これは私は本当に理解ができません。今、世間の多くの仕事で、正規ではない非正規職員であっても、一定程度の責任を持って業務をこなしている職種が当たり前に増えています。もっとも「そういう管理監督責任がある程度必要な仕事に就く者も、正規職員として雇用せよ」という原則論に私は賛成ですしそう目指したいですが、現状においての話をします。パートの店長というのもいろいろな業種で存在しています。なぜ児童クラブは「私はパートだから」で仕事から逃げる人が多いのか。
 これは児童クラブの業界の体質に起因するものでしょう。良く言えば、「正規が頑張りすぎた。パートに気を使ってあれもこれも正規が背負った。または正規が自らの責任感でなんでも抱え込んだ」。悪く言えば、「児童や保護者の個人情報に関わることはパートに知らせない、伝えない、信用できないから任せない」という、2つの体質があったのではないでしょうか。私は現場を見てそう感じてきました。

 また、これはあまり言いたくはないですが、さほど時給や賃金が高くない児童クラブの仕事ですから、「社会人として必要な資質を必ずしも備えていない人が多く応募してきた」という現実も確実にあるでしょう。「え、そんな無責任なことをするんだ」という非常勤職員の人に実に多く、遭遇してきました。「そんなことでは、他の仕事は務まらないだろう。あ、だから児童クラブに応募してきたんだ。人手不足だから誰でも採用しちゃうからね」ということです。正規職員や上司の指示を無視する、決められた取り決めを守らない、職場の取り決め以前に人として通常は振るまわない態度や暴言を平気でする、ということです。

 個々の家計や所得の状況によるので一概には言えませんが、たまたま巡り合った児童クラブの仕事に、その意義を認めて「この仕事は本当に大切だ」として研修や勉強にも励み、最初は週3~4日、1日数時間の勤務だったのが週5日になって雇用保険に入り、週30時間勤務になって社会保険にも入り、正規雇用を目指す人もいれば正規雇用こそ求めないものの準正規職員的な立場で正規職員を的確に支援しながらクラブで重要な仕事をこなしていく。そういう人も、それなりにいました。それこそ、児童クラブの仕事に本来は備わっている重大な責任を負って働くことを理解し、大切なこととして受け止めてくれた人です。こういう人は、児童クラブのアイガー北壁やヒラリー・ステップを乗りこえた人です。そして児童クラブの多くはそのような壁を乗り越えた非正規雇用の人によって、なんとか支えられているのです。

 児童クラブにおいてはパート・アルバイト職員といった非正規雇用、非常勤職員は本当に大事です。職責に見合う賃金を支払ってどんどんクラブで活躍してほしい。そのための邪魔となる103万円だか130万円だかのカネの壁を政策的な配慮で撤廃し、もう1つのラスボス、責任を理解して仕事に向き合うことの意識の壁もまた事業者の意識改革、生産性向上の意欲をもって乗り越えてほしいものです。結局、最後は、職員の利益になり、それが子どもの利益になります。「居心地の良い、質の高い児童クラブの実現」ですから。

<おわりに:PR>
 弊会代表萩原ですが、2024年に行われた第56回社会保険労務士試験に合格しました。これから所定の研修を経て2025年秋に社会保険労務士として登録を目指します。登録の暁には、「日本で最も放課後児童クラブに詳しい社会保険労務士」として活動できるよう精進して参ります。皆様にはぜひお気軽にご依頼、ご用命ください。

 放課後児童クラブについて、萩原なりの意見をまとめた本が、2024年7月20日に寿郎社(札幌市)さんから出版されました。本のタイトルは、「知られざる〈学童保育〉の世界 問題だらけの社会インフラ」です。(わたしの目を通してみてきた)児童クラブの現実をありのままに伝え、苦労する職員、保護者、そして子どものことを伝えたく、私は本を書きました。学童に入って困らないためにどうすればいい? 小1の壁を回避する方法は?どうしたら低賃金から抜け出せる?難しい問題に私なりに答えを示している本です。それも、児童クラブがもっともっとよりよくなるために活動する「運営支援」の一つの手段です。どうかぜひ、1人でも多くの人に、本を手に取っていただきたいと願っております。注文は出版社「寿郎社」さんへ直接メールで、または書店、ネット、または萩原まで直接お寄せください。お近くに書店がない方は、アマゾンや楽天ブックスが便利です。寿郎社さんへメールで注文の方は「萩原から勧められた」とメールにぜひご記載ください。
(関東の方は萩原から直接お渡しでも大丈夫です。書店購入より1冊100円、お得に購入できます!大口注文、大歓迎です。どうかご検討ください!事業運営資金に困っている非営利の児童クラブ運営事業者さんはぜひご相談ください。運営支援として、この書籍を活用したご提案ができます。)

 現在、放課後児童クラブを舞台にした小説を執筆中です。とある町の学童保育所に就職した新人支援員が次々に出会う出来事、難問と、児童クラブに関わる人たちの人間模様を、なかなか世間に知られていない放課後児童クラブの運営の実態や制度を背景に描く小説です。新人職員の成長ストーリーであり、人間ドラマであり、児童クラブの制度の問題点を訴える社会性も備えた、ボリュームたっぷりの小説になりそうです。放課後児童クラブを舞台にした小説は、なかなかないのではないのでしょうか。児童クラブの運営に密接にかかわった筆者だからこそ描ける「学童小説」です。出版にご興味、ご関心ある方はぜひ弊会までご連絡ください。ドラマや映画、漫画の原作にも十分たえられる素材だと確信しています。ぜひご連絡、お待ちしております。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の事業運営をサポートします。リスクマネジメント、クライシスコントロールの重要性をお伝え出来ます。子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、議員の方々、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。セミナー、勉強会の講師にぜひお声がけください。個別の事業者運営の支援、フォローも可能です、ぜひご相談ください。

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