学童保育の小1の壁。小1の壁の原因と、小1の壁の皮肉。小1の壁の解消には国の本気が必要だ。

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。子どもの育ちを支える学童保育、保護者の安定した生活を支える学童保育、そして社会を支える学童保育を支援する「学童保育運営支援」の重要性と必要性を訴えています。学童保育の問題や課題の解決に向け、ぜひ皆様もお気軽に、学童保育に関するお困りごと、その他どんなことでも、ご相談やご依頼をお寄せください。講演、セミナー等をご検討ください。

 学童保育の世界で、もっとも世間一般に報じられると言っていいものが「小1の壁」でしょう。すでに旧ツイッターにも「#学童落ちた」の投稿がみられるようになりました。小1の壁については当ブログでも何度も取り上げていますが、何度でも取り上げなければならないぐらい、重要な問題です。そして、複雑な問題でもあります。

 まず小1の壁を考えるにあたって、「2つの小1の壁」があることを確認しておきましょう。
・原則的な小1の壁=新1年生が学童保育所(この場合、放課後児童クラブ。以下同じ)に入所できず待機児童となること。その結果として、保護者の就労に重大な影響を及ぼしてしまうこと。
・質の向上としての小1の壁=新1年生になって学童保育所に入所できたものの、利用上の問題において保護者の就労に相当な影響を及ぼしてしまうこと。施設の開所閉所時間と保護者の送迎の都合が合わない、弁当用意の負担、保護者会参加の負担、子どもの行き渋りなど。その結果、保護者のワークライフバランスと学童保育所の利用の都合がうまく合致せず、早期に学童保育所を退所せざるを得なくなること。

〇小1の壁の原因。小1の壁がどうして発生するのか
 まず、小1の壁は、最近になって問題になったのではありません。報道される機会がこの数年増えているだけで、ずっと前から新1年生の保護者を悩ませています。インターネットで検索して過去の状況を調べてみると、2005年(平成17年)の厚生労働省の調査結果が出てきました。およそ20年近く前になりますが、その時点で学童保育の待機児童は11,360人、待機児童を出しているクラブは2,169となっています。直近の2023年(令和5年)は16,276人の待機児童となっています。(待機児童を出しているクラブ数の調査結果は示されていません)。
 国は2007年(平成19年)に「放課後子どもプラン」を策定して、放課後子供教室と放課後児童健全育成事業(いわゆる狭義の学童保育)を一体して整備する方針を掲げて地方自治体の取り組みを促してきました。次いで2014年(平成26年)7月に「放課後子ども総合プラン」を策定し、明確に「小1の壁打破」を掲げました。そして2018年(平成30年)9月に「新・放課後子ども総合プラン」でさらに小1の壁解消の取り組みを進めてきたのですが、結果はご存じの通りです。つまり、時代が進むにつれて本来なら種々の問題は解消されていくことが期待されるのに、学童保育の待機児童に関しては、状況が悪化しつつあるということなのです。

 学童保育の小1の壁は悪化し続けている。つまり、小1の壁は高くなりつつあり、かつ、分厚くなりつつある。しかも壁の枚数が増えている(開所閉所時刻による送迎の壁、弁当の壁、保護者会役員の壁、行き渋りの壁など)。実はその先には小4の壁もある。

 学童保育は、壁だらけなのです。

 しかも実は重要な事実があります。小1の壁がある地域に住んでいる子育て世帯の保護者さんは悔しがるでしょうが、小1の壁が全くない地域も、日本のあちこちにあります。つまり、なんら心配することなく、学童保育を利用して子育てと仕事の両立ができる地域が、実は結構あるのです。

 小1の壁は、子育て世帯に不公平です。小1の壁で頭を抱える子育て世帯と、小1の壁?なにそれ?と、学童保育の利用にあたって心配することない子育て世帯がいるのです。学童保育(この場合、放課後児童健全育成事業のこと)は、本来なら国民がすべて等しく享受してよいはずの児童福祉サービスなのに、子育て世帯が受けられるこのサービスには差が生じているのです。その差が明確となっているものの代表的なものが、小1の壁なるものです。

 小1の壁がどうして発生するのかの本題ですが、答えは簡単です。「学童保育の施設数が足りない」からです。なぜ足りないのか。学童保育所を設置するには、2つのパターンがあります。まず、市区町村が予算を組んで設置するパターン。この場合、市区町村が自前で施設を用意するか、民間事業者に補助金を出して施設を新たに(改築も含む)用意させるか、に分かれます。もう1つのパターンが、民間事業者が自前で用意した施設を学童保育所として利用するようにすることです。施設の整備から始めるか、またはすでにある施設を学童保育所として利用を始めるか、ということですね。

 このいずれの方策をとっても、施設が足りない、正確には、施設で受け入れられる児童数が、施設を利用したい児童数を下回るから、小1の壁が生じるのです。市区町村は常に新1年生など小学生の児童数の予測を念入りに行っています。学童保育所の利用が見込まれる人数も、地方版子ども子育て会議で想定しています。およそ、学童保育所を必要とする人数の予測はできているのです。それなら、その予測を上回る程度のペースで施設整備をすればいいはずです。なのに、施設が足りず待機児童が出ます。ではなぜ施設が足りないのか。それは、市区町村に「お金がない」からです。つまり、市区町村が、学童保育所の施設を増やすために使うお金がないからです。
 小1の壁の原因は「学童保育所の数が足りない」のであり、施設が足りないのは「市区町村が予算を出せない」からです。
 市区町村が、学童に使えるお金がないとは、どういうことでしょうか。これも2つに分かれます。1つは「文字通り、財政事情が厳しくて、学童保育所を増やしたくても予算が振り分けられない」。もう1つは「学童保育所の整備よりも、他のことにお金を使ったほうが良いと市区町村が考えている。優先順位の問題で、市区町村がお金を振り分けたいと考えている事項にお金を割り当てていった結果、学童保育所に割り当てられる予算額が少なくなる」ということです。
 市区町村が、もっと学童保育所の整備に予算を投じられるようにすることこそ大事です。国は、学童保育に割り当てる予算をケチらないでください。もう20年近くも学童保育所の整備に取り組んでいても、状況が悪化し続けているのは、ひとえに国の「本気度のなさ」です。学童保育所の整備に使える補助金を、それこそ次元の異なる少子化対策として、思い切って増額するべきです。つまり、市区町村と都道府県と国が負担する補助金の割合を、時限措置で構わないので劇的に変えて市区町村の負担を軽減するべきです。今も整備については若干の軽減措置がなされていますが、それを大幅に拡充するべきです。(学校外における放課後児童クラブの整備推進(補助引き上げ)は令和5年度から実施、賃貸物件等を活用した放課後児童クラブの受け皿整備の推進(補助引き上げ)は令和6年度に拡充予定です)

 では、小1の壁がない地域はどうしているのでしょうか。これは次の点にも関わります。
〇小1の壁の皮肉。小1の壁が守っているものがある
 小1の壁は子育て世帯にとっては憎い状況です。小1の壁のために仕事をあきらめた、キャリアを変更せざるを得なくなった保護者(それも、たいていは女性)にとっては、その後の人生設計が大きく変化させることを余儀なくされ、それはたいてい、経済的にも不利に働きます。収入が減るのです。キャリアが閉ざされる、一時中断することによる損失はとてつもなく大きいのです。
 しかし小1の壁がない地域の子育て世帯には、このような不利益はありません。だったら、日本全国も、すでに存在している小1の壁がない地域のやり方を見習っていけばいいと誰しも思うでしょう。実際、そのようになりつつあると私は見ています。学童保育における待機児童が出ていない大都市は、たくさんあります。指定都市(いわゆる政令市)と中核市については、こども家庭庁の調査があります。それによると待機児童0人(つまり小1の壁がない)それら大都市は、札幌市、横浜市、川崎市、新潟市、京都市、大阪市、堺市、神戸市、北九州市、福岡市、旭川市、青森市、山形市、水戸市、宇都宮市、高崎市、川越市、川口市、八王子市、福井市、甲府市、長野市、松本市、一宮市、豊田市、大津市、豊中市、八尾市、寝屋川市、明石市、奈良市、鳥取市、呉市、福山市、久留米市、長崎市、大分市です。

 これらの地域のすべてとはいいませんが、およそ想像できるのは2つ。まず「全児童対策事業という、すべての子どもが利用できる施策を講じていること」です。もう1つは「施設の数からして受け入れが適切な人数をはるかに超えても、子どもを受け入れていること」です。要は、「とりあえず、子どもを入所させる」ということ。つまり、学童保育業界での難問の1つである「大規模問題」を生み出しているということです。

 これは逆に言えば、「小1の壁がある地域は、学童保育所に受け入れる子どもの人数を限定しているがゆえに、学童保育所に入れた子ども(と、そこで働く職員)にとっては、過ごすにあたってふさわしい環境が維持されている」ということです。小1の壁が、学童保育所にいる人が過ごしやすいような環境の質を維持しているという、皮肉な結果となっています。これは表向きになりませんが、学童保育の世界の中にいる人の本音では、「小1の壁は、あったほうがいい。学童にいる子どもの生活が守られる」ということを口にする人は実は多いのです。それを表ざたにすると批判されるので決して口外しませんが、そう思っている学童職員は珍しくありません。

 これはとても不幸なことです。学童保育所に入れなかった子どもは、安全安心な場所が確保されず、保護者は育児と仕事の両立ができず、生活が不安定になる。一方で学童保育所に入れたこどもは、それなりの生活環境の中で過ごすことができる。さらにもう一方で、小1の壁がない地域においては、とにかくどんどん子どもを入所させることで、常に大都市のラッシュアワー並みの大混雑の中で放課後や、夏休みなどは朝から過ごしている。ストレスは常に強く感じ、子ども同士のトラブルも多く、学童がまるで監獄にようになっている。

 小1の壁がある地域もない地域も、それぞれに、今の日本の学童保育の状況は、とても子どもに適切な環境が整っているとは言い難い状況なのです。

〇小1の壁は学童保育の貧困の象徴
 このような小1の壁は早く解消していただきたい。それには先に述べたように、国が本気を出して、市区町村がどんどん施設を整備できるように市区町村の財政状況に配慮した補助金の設定をするべきです。少子化の進行で新たな施設整備に及び腰なのは当然です。ですので、民間事業者が自前で用意した施設を学童保育所として利用できるようにするために、学童保育所を運営する民間事業者に補助をすることも私は有効な施策だと考えています。これであれば、無駄に「箱もの」を造ったという批判、何より市区町村が長期間にわたって負担する維持費、固定経費を増やすことはありません。民間活力の導入というのは、こういう面で活用するべきです。
 私のような在野の人間ですら容易に思いつくことを、政治や行政の中心にいる人が思いつかないわけはありません。なんらかの障害があるのでしょう。であれば、それを早期に取っ払って、学童保育の整備を短期間に強力に行うべきです。現状の小1の壁は、学童保育が困り果てている貧困の状況に他なりません。その解消はずばり「カネがあればできる」のです。簡単です。時限措置でいいので、学童保育につぎ込む国の予算を倍増、3倍増していただければ数年で解消できるのです。国の本気が必要です。
 なお、量の改善だけでなく質の改善も当然必要です。特に、小1の壁がない地域の「全児童対策」における、ただ単に子どもの居場所として場を整備するようなものではなく、子どもの育成支援と保護者の子育て支援に注力できるだけの環境整備こそ重要です。「こどもまんなか社会」には、学童保育の整備が必要不可欠です。その最たるものこそ、小1の壁の解消ですよ。

 育成支援を大事にした学童保育所、かつ、社会に必要とされる学童保育所を安定的に運営するために「あい和学童クラブ運営法人」が、多方面でお手伝いできます。弊会は、学童保育の持続的な発展と制度の向上を目指し、種々の提言を重ねています。学童保育の運営のあらゆる場面に関して、豊富な実例をもとに、その運営組織や地域に見合った方策について、その策定のお手伝いをすることが可能です。

 子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。萩原は2024年春に「知られざる学童保育の世界」(仮題)を、寿郎社さんから刊行予定です。ご期待ください!良書ばかりを出版されているとても素晴らしいハイレベルの出版社さんからの出版ですよ!

 (このブログをお読みいただきありがとうございました。少しでも共感できる部分がありましたら、ツイッターで萩原和也のフォローをお願いします。フェイスブックのあい和学童クラブ運営法人のページのフォロワーになっていただけますと、この上ない幸いです。よろしくお願いいたします。ご意見ご感想も、お問合せフォームからお寄せください。出典が明記されていれば、当ブログの引用はご自由になさってください)