虐待禁止条例改正案騒動が示したのは、学童保育が知られていないことと、子どもを守る意識が低いこと。

 学童保育運営者をサポートする「あい和学童クラブ運営法人」代表の萩原和也です。子どもの育ちを支える学童保育、保護者の安定した生活を支える学童保育、そして社会を支える学童保育を支援する「学童保育運営支援」の重要性と必要性を訴えています。学童保育事業の質的向上のためにぜひ、講演、セミナー等をご検討ください。

 埼玉県の虐待禁止条例の改正案は、報道の通り、提案者の自民党県議団が撤回を表明しました。報道も、SNSも、「よかった」「働く親が守られた」との反応で一杯です。この問題を熱心に報道(というか、ネット上で記事を無料で読めるように)している東京新聞の記事を一部引用します。10月10日22時26分公開の記事です。
「田村団長は内容について「瑕疵はなかった」と正当化した上で、登下校に防犯ブザーを持たせるなど各家庭で安全に配慮していれば放置にならず「心配の声のほとんどは虐待に当たらない」と従来と異なる見解を示した。既に条例で規定する「安全配慮義務」が果たされていれば虐待に当たらないとした。これまで説明しなかったのは「安全配慮義務は大前提で当たり前すぎた」と釈明した。改正案を再提出するかどうかは「ゼロベースで全く何も考えていない」と答えた。」
「取り下げの理由について田村琢実団長は「説明不足」としたが、内容や手続きに「瑕疵はなかった」と問題ではないような発言をした。説明不足よりも内容に問題があったからこそ、これほどの反発が巻き起こったのではないか。保護者らの感覚との乖離かいりは深刻といえる。
 改正案は県議団で6月にプロジェクトチームを設置し議論した上でまとめたものだという。県議団58人のうち女性はわずか3人。田村団長は、男女比は影響していないとの見方を示したが、育児を女性が中心となって担っていることの多い現状では、当事者性を欠いているのは否めない。」(引用ここまで)

 この記事からも、執筆した記者が条例改正に反対のスタンスを持っていることが読み取れます。「正当化」という文言があるためです。
 前日のブログで私は指摘しましたが、58人の県議団で女性が3人ということで当事者性を欠いていると記事にあることは、私はむしろ偏った考えだと指摘します。男女比の数値に絶対的な価値を求めていることで、誤りです。県議団に女性議員が少なくとも、条例の改正案を作成する過程で、子育て当事者にしっかりリサーチして子育て当事者の置かれている状況をくみ取っていれば、当事者性は担保できます。女性県議が少ないから現状への理解を欠いた改正案が出来たというのは、誤った見方です。むろん、女性県議が少ないこと自体は大問題です。女性県議が男性と同数程度まで存在していないことが不自然です。むしろ多くなっても良い。というか、男女の割合を意識して選ばれるより、「議員としての能力」で選ばれるべきです。そこに男女は関係ありません。

 内容に問題があったから保護者から反発を受けたという記事の指摘はその通りでしょう。しかし、もっと本質的に追及するべき問題があります。「子どもを家に残したままじゃないと働けない」という状況があったとして、その状況を「子どもは留守番ができるし、何ら問題ない。学童保育の利用も必要ない」という理解と、「本当は子どもだけにしたくない。学童保育所が利用できるなら利用したいが、利用できない」という理解の、おそらく双方の保護者がいるはずです。このうち、「留守番に問題はない」という考え方の保護者には、その考え方は、子どもの最善の利益にそぐわないよ、「こどもまんなか社会」にはそぐわないよ、ということをしっかり指摘することが必要なのです。子どもを子どもだけで放置することは、やはり問題です。子どもは安全安心の世界に住むことが子どもの権利です。その世界を作ることは大人の責任です。

 なお、子どもだけで留守番させても大丈夫という理解が、「うちの地域は、近所の人が気を配ってくれて、時々、声をかけてくれる」「地域社会で子どもを見守る目があって、パトロールも頻繁にあって、不審者にも敏感になっている」という状況があるなら、それはそれで安心できる根拠があるので、私はそれなら子どもだけの留守番でも構わないと考えています。

 さて、東京新聞の記事で気になることがありました。「改正案では、小学3年生以下の子どもを家などに放置することは虐待に当たるとして禁止。」とあります。以前から、私は、この条例改正案が、小学3年生で線引きをしている理由をいろいろ考えていたのです。小4の壁を意識したのかな?と、なんとなく思っていたのですが、東京新聞に次の記事を読んでその理由が判明しました。10月10日15時9分公開の記事です。
Q 学童の待機児童など、子育てしやすくなる環境整備は。
 A まさにその点がこの条例で目指したところ。社会全体で子育てしていく環境づくりを、今、不足している部分を強化していくことを条例の政策効果として考えていた。小学3年以下は、学童保育に必ず入所させなければならないと法律にある。達成できていない市町村もある。加速度的に県がバックアップしていく姿勢を示しているつもりだったが、私どもが考えていた方向性ではないところに世論が動いてしまったところがある。今後のわれわれの課題とさせていただきたい。」

 記者と、自民党県議団の田村琢実団長との質疑応答です。田村氏は、学童保育所は小学3年生まで利用できるという理解でした。法律にそうある、ということですが、当然、間違っています。かつては「おおむね10歳」となっていた利用児童は、小学生すべてを対象にすることが2012年の児童福祉法改正で盛り込まれ、2015年から施行されました。よって、田村氏の理解は10年以上前の知識です。
 この田村氏の発言に、その場にいた記者誰もが、間違いを指摘していなかったようです。

 やはり、学童保育の制度については、県会議員という立場であっても、知られていないのだなあと私は残念に思いました。これは、学童保育の業界側の周知努力不足です。もっと学童保育の世界は、発信をしなければなりません。

 今回の改正案騒動では、学童保育の待機児童にも注目が集まりました。この騒動を伝える報道で、匿名の県内自治体の幹部の発言で「(改正案が通れば)県東部の市幹部も「学童指導員の大幅な増加や、外で遊ばせるときの見守りも必要になる。財政負担はばかにならない」と困惑」(毎日新聞10月10日12時39分最終更新)という記事がありました。これはひどい。財政負担が、ばかにならないものであっても、財政措置をしなければならないのです。学童保育の整備は市町村が行うべきことです。これでは、「カネをかけたくない事業に、カネをつぎ込むことになるので迷惑だ」という趣旨にしか、理解できません。
 学童保育は、その制度だけでなく、意義もまた、理解されていないのです。

 学童保育(放課後児童クラブ)や児童館、ファミリーサポートなど子育て支援事業について、その整備と拡充が大幅に遅れていることが、子どもだけで過ごさざるを得ない時間と空間を発生させる原因です。この状況を大幅に改善しなければなりません。その昔、埼玉県は、幼い子どもや小学生が犠牲になった、連続少女誘拐殺人事件の舞台となりました。2018(平成30)年には、新潟市で下校中の小学2年生の女児が連れ去られて殺害された痛ましい事件が起こっています。
 いずれも、子どもだけで過ごしていた時間に連れ去られた悲劇でした。子どもだけで過ごすことに何ら問題はない、という意見は、これらの事件を前に、どのような説得力を持つのでしょう。

 私は、子育て支援事業の整備や、子育て世帯の時短勤務を強力に推し進めることと合わせて、再び、虐待禁止条例を改正していただきたいと心から願います。子どもが巻き込まれる悲惨な事件をゼロにするために、必要だと思うからです。

 「あい和学童クラブ運営法人」は、学童保育の持続的な発展と制度の向上を目指し、種々の提言を重ねています。学童保育の運営のあらゆる場面に関して、豊富な実例をもとに、その運営組織や地域に見合った方策について、その設定のお手伝いすることが可能です。

 育成支援の質の向上に直結する研修、教育の機会を提供するとともに、個々の学童保育所運営者様へ、安全安心な子どもの居場所づくりとその運営手法において、学童保育組織運営について豊富な経験を持つ代表が、自治体や学童保育運営事業者に講演や具体的な助言、アドバイスを行うことが可能です。もちろん、外部の人材として運営主体の信頼性アップにご協力することも可能です。

 子育て支援と学童保育の運営者の方、そして行政の子育て支援と学童保育担当者の方、ぜひとも子どもたちの安全と安心を守る場所づくりのために、一緒に考えていきましょう。どんなことでも「あい和学童クラブ運営法人」に、ご相談ください。子育て支援の拡充に伴い、今後ますます重要視されていく子どもの居場所づくり事業の充実のため、一緒に取り組んでいきましょう。

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